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第4章 RONDO-FINALE
op.16 春風吹き渡る時(6)
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ヴィオの母、マルガレーテの私室の前はシンとしていた。
元々病弱である母の居室は、侯爵家の中でも使用人の通行量の少ない場所に設けられている。普段は日当たりの良い場所なのだが、冬に閉ざされた今の時期は廊下も薄暗かった。
「今は眠っていらっしゃいます」
夕刻、マルガレーテの私室を訪ねたヴィオに部屋から出てきた侍女が申し訳なさそうに口にした。
マルガレーテの侍女であるアンネッテは侯爵家が抱える医師の娘で、もの静かだが聡明な娘だった。本来の侍女が持つ流行のファッションや嗜好品の知識の代わりに、彼女はマルガレーテに必要不可欠な医療の知識を持っている。
ディートリヒが是非にと頼んで入ってもらっている人だ。
「それに起きていても今はお会いにならない方が良いかと思います」
「そんなに悪いのか?」
「それもあるのですが……」
かすかにアンネッテの声が曇る。
「実は三日前に旦那様の訃報が奥様の耳に入ったのです」
「あぁ。フォルトナーから聞いたよ。酷く取り乱されていたと」
ディートリヒの訃報が届いた時、マルガレーテはようやく病状が落ち着き体調が安定してきていた。
そんな彼女の耳に間違えても最愛の夫の訃報が入らないようにと、ルートヴィヒは厳重にその事実を秘していたという。
だがヴィオも予想していた通り、そういった噂が回るのは早い。
正式にルートヴィヒから公表されていない事が、余計に噂の勢いに火を付けたのだろう。憶測込みの噂が使用人達の間で飛び交い、三日前久しぶりに中庭を散歩をしていたマルガレーテの耳に〝偶然〟使用人の噂話が入ってしまった。
マルガレーテのショックはいかほどのものだったろうか。
彼女はその足でルートヴィヒの執務室を訪ね真意を問うたという。正直な叔父はマルガレーテに嘘を付くことが出来ず、夫の訃報を聞いたマルガレーテはその場で気を失ったらしい。
事の次第を聞いたルートヴィヒは激怒して、噂をした使用人に対して即日屋敷から叩き出したと聞く。
今まで屋敷の人事はディートリヒの領分だから、と決して手を入れなかったと言うのにだ。
「……奥様は錯乱しておいでなのです。起きている間も旦那様の死を認識してる時としていない時がございます。記憶の断線が激しいので、正直息子であるヴィクトル様のことを認識できるかどうかも分かりません。なので、また日を改めて頂けないでしょうか。申し訳ありません」
「頭を上げてくれ。貴女に非がある訳じゃない。三日前から昼夜問わずずっと付き添ってくれていると聞いている。貴女には感謝しかない」
「勿体無いお言葉です」
そう言ってアンネッテが頭を下げたその時、不意にカタリと扉の向こうで音がした。誰か他に使用人がいるのだろうか、とヴィオが思ったその矢先『アニー?』とか細い女性の声がした。
ハッとしたようにアンネッテが慌ててヴィオに礼をして、部屋へと取って返す。ヴィオも察して、その場を去ろうとしたがそれより扉が開く方が早かった。
「良かった。こんなところにいたのね──」
久々に聞いた母の声は酷く幼いものだった。一瞬見た母の目はどこか朧げで、いつも緩く結われている上品なブルネットの髪は緩やかに波打って背中に流れていた。
「奥様、どうぞお部屋に」
そう言ってアンネッテがマルガレーテの視線を遮るように前に立つ。その瞬間、不意に引き攣ったような声がマルガレーテから上がった。
「──ディル?」
それは、あまりに頼りなくか細い声だった。少なくともその場から足早に立ち去ろうとしていたヴィオが、思わず足を止めてしまう程度には。
「待って、ディルでしょう──?」
「奥様違います、どうか部屋に──っ」
「どうして──。お待ちになって、貴方……」
無視すべきだ。そう思った。
どれだけマルガレーテの声が弱く切実なものだろうと、ヴィオはすぐにその場から立ち去るべきだ。そう思うのに──。
「……っ」
凍りついたように足が動かなかった。
『ヴィクトル、あのね──』
しっとりとした母の上品な声が耳の裏で蘇る。どれだけディートリヒの帰りが遅かろうと、会える時間が短かろうと、マルガレーテはヴィオの前では落ち着いた母として振る舞った。決して弱さを見せまいと、していた。
だけど今、マルガレーテの声にははっきりと心細さが表れていた。
その声を無視できるほど、非情になれなかった。わずかな逡巡。その時間でマルガレーテはヴィオのところに追いついていた。
背中にそっと躊躇いがちな手が触れる。良かった、と心から安堵した声が背後から零れ落ちた。コツリと背中にかかった重みに、息が詰まる。
「酷い夢を見たの。貴方がいなくなる夢を……。そんな筈はないのに。貴方は最期までずっとそばにいてくださると約束して下さったもの。貴方が約束を破るはずがないのに。私より先に、貴方が天に召される事なんて、あるはずがないのに──」
めまいがしそうだった。
息を吐き出すことさえ困難に思えた。
マルガレーテの言葉は、かつて父と母の間にあった会話をいとも簡単に想像させる。
マルガレーテは元より自分が夫より長生きするとは思っておらず、ヴィオのいない場所ではそれを夫に話していたのだ。その不安を包み込むように、ディートリヒが最後までそばにいると口にしたことは想像に難くない。だけど現実は──。
「……、……っ」
奥歯を噛んで、呼吸を落ち着ける。マルガレーテの声はまるで寄る辺を失った幼子のようだった。
今の母に、違います、と。
俺は貴女の息子です、と。
そう口にする事がどうして出来るだろうか。
代わりに目を閉じて、父の声を思い起こす。
母と話していた時の記憶を冷静に引き摺り出す。聞き慣れたリズムと、穏やかなトーン。
顔を伏せたまま、覚悟を決めて息を吸う。
行き場のない感情を無理やり意識の底に押し込めて蓋をして、何度もなぞった旋律を奏でるように落ち着いた声を絞り出した。
「『すまない、メグ。まだ仕事があるんだ。後で必ず会いに行くから、部屋で待っていてくれるかい?』」
ふっと背後にいるマルガレーテの気配が動く。背中にかかった重みがなくなり、代わりに『えぇ』と少女のような声が答える。
「えぇ、貴方。引き留めてしまってごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまったわ」
「奥様、どうぞこちらへ」
タイミングを見計らったようにアンネッテがマルガレーテを誘導する。
マルガレーテの手が離れると同時に、決して急がずヴィオも廊下を歩き出す。
チラチラとマルガレーテがこちらを振り返っている視線を感じた。
一足一足が鉛のように重かった。
扉が閉まる音を背後に聞いて、廊下を曲がる。
階段にたどり着いたところで、どっと疲れを感じて壁にもたれかかった。そのまま崩れ落ちてしまいたい気分だったが、流石に廊下でそんな振る舞いは出来ない。
その時、不意に人の気配がしてヴィオは視線を前に向けた。
「ヴィクトル、貴様……っ!」
「……っ」
何か言う前に距離を詰めたルートヴィヒに、胸ぐらを掴まれていた。壁に押さえつけられて一瞬息ができなくなる。
「義姉上は今面会も出来ない状態なのだ! 余計な心労を与えるな──!」
何の話だ、と混乱する。いつもなら冷静に流せたかもしれないが、今のヴィオには余裕などなかった。
(人が、どんな気持ちで……っ)
たった今、少しも母の状態を理解出来ていなかった事を自覚した。
マルガレーテにとってどれ程夫の存在が支えだったのか、ヴィオなりに分かっているつもりだった。つもりだっただけだ。
帰ったら母上にリコルドでの事を話さないといけない、と思っていた。母が父の死を受け止められたら、父が最後に助けた兄弟のことをどう話そうか、とそう考えていた。
(〝どう〟話すだと?)
その考えがもはや思い上がりだった。父の死そのものを受け止められない相手に、実の息子を夫と思わないと保っていられない状態の相手に、父の死因をどう話すかだなんて──。
『たった一人のお子が男の子で良かったですわね』
『ヴィクトル様にもご兄弟がいらっしゃったら、きっともっと賑やかですのに』
悪意のある言葉も、悪気のない言葉も。ヴィオが幼い頃から母に注がれていた毒を知っている。あふれて、こぼれて。当に彼女の器は用を為さなくなっていて──。マルガレーテの心の平穏は、今となっては日毎の運に任せるしかない。
「俺が母上を訪ねることまで貴方に制限される謂れはありません。貴方の義理の姉である前にあの人は俺の母親だ……っ」
「──っ」
ルートヴィヒが目を見開いて、強い口調で言い返したヴィオの顔を見る。戸惑ったように口をかすかに動かして、やがて苦しげに息を吐き出した。
「……それは、そうだ」
襟元が緩む。その隙を逃さずに力尽くで手を振り解くと、乱れた襟元を片手で乱暴に直して、ヴィオはケホっと息を吐き出す。ルートヴィヒはというと、呆然としたようにヴィオを掴んだ手を見ている。そして顔を伏せると、静かに口を開く。
「お前の、言う通りだ。……すまない」
「……叔父上?」
怪訝に思って問いかけると、ハッとしてルートヴィヒが顔を上げた。そしていつものように難しい顔になると、仏頂面のまま、もう部屋に戻れ、と口にする。
「義姉上の容態は見ての通りだ。しばらく部屋には近づくな」
「言われなくてもそうします」
ヴィオの返事にフン、と鼻を鳴らしてルートヴィヒが去っていく。だがその態度は執務室で会った時ほど高圧的ではなかった。
だが、不意に疑問が浮かぶ。
(どうして叔父上がここに?)
この先はマルガレーテの私室と、すぐに対応できるようにと用意されたアンネッテの客室くらいしかない。
順当に行けばマルガレーテの見舞いだろうが、先程ルートヴィヒが言った通りマルガレーテは面会できる状態ではないのだ。
その事に何かが引っかかったが、その違和感の正体は結局分からないまま、ヴィオは自分の部屋へと戻った。
元々病弱である母の居室は、侯爵家の中でも使用人の通行量の少ない場所に設けられている。普段は日当たりの良い場所なのだが、冬に閉ざされた今の時期は廊下も薄暗かった。
「今は眠っていらっしゃいます」
夕刻、マルガレーテの私室を訪ねたヴィオに部屋から出てきた侍女が申し訳なさそうに口にした。
マルガレーテの侍女であるアンネッテは侯爵家が抱える医師の娘で、もの静かだが聡明な娘だった。本来の侍女が持つ流行のファッションや嗜好品の知識の代わりに、彼女はマルガレーテに必要不可欠な医療の知識を持っている。
ディートリヒが是非にと頼んで入ってもらっている人だ。
「それに起きていても今はお会いにならない方が良いかと思います」
「そんなに悪いのか?」
「それもあるのですが……」
かすかにアンネッテの声が曇る。
「実は三日前に旦那様の訃報が奥様の耳に入ったのです」
「あぁ。フォルトナーから聞いたよ。酷く取り乱されていたと」
ディートリヒの訃報が届いた時、マルガレーテはようやく病状が落ち着き体調が安定してきていた。
そんな彼女の耳に間違えても最愛の夫の訃報が入らないようにと、ルートヴィヒは厳重にその事実を秘していたという。
だがヴィオも予想していた通り、そういった噂が回るのは早い。
正式にルートヴィヒから公表されていない事が、余計に噂の勢いに火を付けたのだろう。憶測込みの噂が使用人達の間で飛び交い、三日前久しぶりに中庭を散歩をしていたマルガレーテの耳に〝偶然〟使用人の噂話が入ってしまった。
マルガレーテのショックはいかほどのものだったろうか。
彼女はその足でルートヴィヒの執務室を訪ね真意を問うたという。正直な叔父はマルガレーテに嘘を付くことが出来ず、夫の訃報を聞いたマルガレーテはその場で気を失ったらしい。
事の次第を聞いたルートヴィヒは激怒して、噂をした使用人に対して即日屋敷から叩き出したと聞く。
今まで屋敷の人事はディートリヒの領分だから、と決して手を入れなかったと言うのにだ。
「……奥様は錯乱しておいでなのです。起きている間も旦那様の死を認識してる時としていない時がございます。記憶の断線が激しいので、正直息子であるヴィクトル様のことを認識できるかどうかも分かりません。なので、また日を改めて頂けないでしょうか。申し訳ありません」
「頭を上げてくれ。貴女に非がある訳じゃない。三日前から昼夜問わずずっと付き添ってくれていると聞いている。貴女には感謝しかない」
「勿体無いお言葉です」
そう言ってアンネッテが頭を下げたその時、不意にカタリと扉の向こうで音がした。誰か他に使用人がいるのだろうか、とヴィオが思ったその矢先『アニー?』とか細い女性の声がした。
ハッとしたようにアンネッテが慌ててヴィオに礼をして、部屋へと取って返す。ヴィオも察して、その場を去ろうとしたがそれより扉が開く方が早かった。
「良かった。こんなところにいたのね──」
久々に聞いた母の声は酷く幼いものだった。一瞬見た母の目はどこか朧げで、いつも緩く結われている上品なブルネットの髪は緩やかに波打って背中に流れていた。
「奥様、どうぞお部屋に」
そう言ってアンネッテがマルガレーテの視線を遮るように前に立つ。その瞬間、不意に引き攣ったような声がマルガレーテから上がった。
「──ディル?」
それは、あまりに頼りなくか細い声だった。少なくともその場から足早に立ち去ろうとしていたヴィオが、思わず足を止めてしまう程度には。
「待って、ディルでしょう──?」
「奥様違います、どうか部屋に──っ」
「どうして──。お待ちになって、貴方……」
無視すべきだ。そう思った。
どれだけマルガレーテの声が弱く切実なものだろうと、ヴィオはすぐにその場から立ち去るべきだ。そう思うのに──。
「……っ」
凍りついたように足が動かなかった。
『ヴィクトル、あのね──』
しっとりとした母の上品な声が耳の裏で蘇る。どれだけディートリヒの帰りが遅かろうと、会える時間が短かろうと、マルガレーテはヴィオの前では落ち着いた母として振る舞った。決して弱さを見せまいと、していた。
だけど今、マルガレーテの声にははっきりと心細さが表れていた。
その声を無視できるほど、非情になれなかった。わずかな逡巡。その時間でマルガレーテはヴィオのところに追いついていた。
背中にそっと躊躇いがちな手が触れる。良かった、と心から安堵した声が背後から零れ落ちた。コツリと背中にかかった重みに、息が詰まる。
「酷い夢を見たの。貴方がいなくなる夢を……。そんな筈はないのに。貴方は最期までずっとそばにいてくださると約束して下さったもの。貴方が約束を破るはずがないのに。私より先に、貴方が天に召される事なんて、あるはずがないのに──」
めまいがしそうだった。
息を吐き出すことさえ困難に思えた。
マルガレーテの言葉は、かつて父と母の間にあった会話をいとも簡単に想像させる。
マルガレーテは元より自分が夫より長生きするとは思っておらず、ヴィオのいない場所ではそれを夫に話していたのだ。その不安を包み込むように、ディートリヒが最後までそばにいると口にしたことは想像に難くない。だけど現実は──。
「……、……っ」
奥歯を噛んで、呼吸を落ち着ける。マルガレーテの声はまるで寄る辺を失った幼子のようだった。
今の母に、違います、と。
俺は貴女の息子です、と。
そう口にする事がどうして出来るだろうか。
代わりに目を閉じて、父の声を思い起こす。
母と話していた時の記憶を冷静に引き摺り出す。聞き慣れたリズムと、穏やかなトーン。
顔を伏せたまま、覚悟を決めて息を吸う。
行き場のない感情を無理やり意識の底に押し込めて蓋をして、何度もなぞった旋律を奏でるように落ち着いた声を絞り出した。
「『すまない、メグ。まだ仕事があるんだ。後で必ず会いに行くから、部屋で待っていてくれるかい?』」
ふっと背後にいるマルガレーテの気配が動く。背中にかかった重みがなくなり、代わりに『えぇ』と少女のような声が答える。
「えぇ、貴方。引き留めてしまってごめんなさい。お仕事の邪魔をしてしまったわ」
「奥様、どうぞこちらへ」
タイミングを見計らったようにアンネッテがマルガレーテを誘導する。
マルガレーテの手が離れると同時に、決して急がずヴィオも廊下を歩き出す。
チラチラとマルガレーテがこちらを振り返っている視線を感じた。
一足一足が鉛のように重かった。
扉が閉まる音を背後に聞いて、廊下を曲がる。
階段にたどり着いたところで、どっと疲れを感じて壁にもたれかかった。そのまま崩れ落ちてしまいたい気分だったが、流石に廊下でそんな振る舞いは出来ない。
その時、不意に人の気配がしてヴィオは視線を前に向けた。
「ヴィクトル、貴様……っ!」
「……っ」
何か言う前に距離を詰めたルートヴィヒに、胸ぐらを掴まれていた。壁に押さえつけられて一瞬息ができなくなる。
「義姉上は今面会も出来ない状態なのだ! 余計な心労を与えるな──!」
何の話だ、と混乱する。いつもなら冷静に流せたかもしれないが、今のヴィオには余裕などなかった。
(人が、どんな気持ちで……っ)
たった今、少しも母の状態を理解出来ていなかった事を自覚した。
マルガレーテにとってどれ程夫の存在が支えだったのか、ヴィオなりに分かっているつもりだった。つもりだっただけだ。
帰ったら母上にリコルドでの事を話さないといけない、と思っていた。母が父の死を受け止められたら、父が最後に助けた兄弟のことをどう話そうか、とそう考えていた。
(〝どう〟話すだと?)
その考えがもはや思い上がりだった。父の死そのものを受け止められない相手に、実の息子を夫と思わないと保っていられない状態の相手に、父の死因をどう話すかだなんて──。
『たった一人のお子が男の子で良かったですわね』
『ヴィクトル様にもご兄弟がいらっしゃったら、きっともっと賑やかですのに』
悪意のある言葉も、悪気のない言葉も。ヴィオが幼い頃から母に注がれていた毒を知っている。あふれて、こぼれて。当に彼女の器は用を為さなくなっていて──。マルガレーテの心の平穏は、今となっては日毎の運に任せるしかない。
「俺が母上を訪ねることまで貴方に制限される謂れはありません。貴方の義理の姉である前にあの人は俺の母親だ……っ」
「──っ」
ルートヴィヒが目を見開いて、強い口調で言い返したヴィオの顔を見る。戸惑ったように口をかすかに動かして、やがて苦しげに息を吐き出した。
「……それは、そうだ」
襟元が緩む。その隙を逃さずに力尽くで手を振り解くと、乱れた襟元を片手で乱暴に直して、ヴィオはケホっと息を吐き出す。ルートヴィヒはというと、呆然としたようにヴィオを掴んだ手を見ている。そして顔を伏せると、静かに口を開く。
「お前の、言う通りだ。……すまない」
「……叔父上?」
怪訝に思って問いかけると、ハッとしてルートヴィヒが顔を上げた。そしていつものように難しい顔になると、仏頂面のまま、もう部屋に戻れ、と口にする。
「義姉上の容態は見ての通りだ。しばらく部屋には近づくな」
「言われなくてもそうします」
ヴィオの返事にフン、と鼻を鳴らしてルートヴィヒが去っていく。だがその態度は執務室で会った時ほど高圧的ではなかった。
だが、不意に疑問が浮かぶ。
(どうして叔父上がここに?)
この先はマルガレーテの私室と、すぐに対応できるようにと用意されたアンネッテの客室くらいしかない。
順当に行けばマルガレーテの見舞いだろうが、先程ルートヴィヒが言った通りマルガレーテは面会できる状態ではないのだ。
その事に何かが引っかかったが、その違和感の正体は結局分からないまま、ヴィオは自分の部屋へと戻った。
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