落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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怪しげな魔道具

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魔法学院敷地内の地下高深度。

暗黒竜の気配を漂わせる怪しげな魔道具の前で、リリスはう~んと唸って考え込んでいた。

「でもどうして暗黒竜の気配を・・・・・」

ふと呟いたリリスにユリアスが口を開いた。

「それなんだがね。儂はこの施設に纏わる記録を人工知能に依頼して、片っ端から調べた。その記録から、この施設の元の持ち主であるレミア族の賢者ドルネア様が一時期、暗黒竜の魔導士と交流していた事が分かったのだ。それでその事をデルフィ殿に尋ねたところ、その該当者がいたと言う事なのだよ。」

ユリアスはそう言うとデルフィの側に視線を向けた。
デルフィはユリアスの言葉に軽く頷いた。

「該当者が居たと言っても伝説のレベルだ。竜族は過去の伝承を魔力の形で宝玉に封印する事がある。そして数千年から数万年前の宝玉が、竜の棲み処であった場所の跡から発掘されることが稀にあるのだ。
儂の研究施設に保管されている幾つかの宝玉の中に、ヴェルグと言う名の魔導士が居た事が分かった。このヴェルグは暗黒竜でありながら仲間と群れず、自身の研究に没頭していた事、そして極めて空間魔法のスキルに突出していた事が分かっている。」

「更に彼に纏わる伝承の中には、異世界にも行き来していたとも言われているのだ。それで儂も気になってこの魔道具を調べてみたところ、微かながらこの魔道具の内部に時空の歪が生じている事が分かった。」

「だがそこから先が全く分からない。暗礁に乗り上げていた矢先、ユリアス殿が土の亜神を呼んでみようと言い出したのだ。」

デルフィの言葉にチャーリーはニヤッと笑い、しゃがみ込んだままリリスに手を振った。

「それでチャーリーがここに居るわけね。腰の軽いのはありがたいけど。それで私を呼んだ理由って何?」

リリスの問い掛けにチャーリーはその場で立ち上がり、魔道具に手を掛けながら口を開いた。

「ここまでの話で何となくわかったやろ? 暗黒竜の加護と異世界に纏わるスキルを持つ君なら、この魔道具を稼働させる者としてのスペックを満たしているんやないかな?」

「そう言われればそうなのかも知れないけど・・・・・」

躊躇いながらリリスは魔道具に近付いた。
試しに暗黒竜の加護を発動させてみよう。
そう思ってリリスは闇魔法を発動させ、その魔力を循環させた。
闇魔法の発動と共に自動的に暗黒竜の加護が発動され、その影響でリリスの身体から妖気や瘴気が若干放たれ始めた。

闇魔法の魔力を魔道具に放ちながらクイーングレイスの名を心の中で唱えると、魔道具の上で魔力が一点に集結し、直径1mほどの球体となった。
その中に目を赤く光らせる竜の頭部が現われた。

クイーングレイスの頭部だ。

クイーングレイスはリリスをじっと見つめ、その場に居た全員に伝わる仕様でリリスに念話を送ってきた。
それは情報を共有させようと言う意図なのだろう。

(私を呼び出したのはこの魔道具の事なのね。)

(そうなのよ。この魔道具が暗黒竜の魔導士ヴェルグと、レミア族の賢者ドルネア様との共同研究で造られた可能性があると考えられているの。)

リリスの念話を受け、クイーングレイスはその眼下の魔道具をじっと見つめた。

(確かにヴェルグの気配がする・・・・・。ヴェルグは暗黒竜の中では孤高の魔導士だったのよ。でもレミア族の賢者と研究成果を提供し合っていたのは聞いていたわ。)

(ヴェルグは異世界にも通じるような特殊なスキルを持っていたそうよ。この魔道具の内部に時空の歪が発生している要因は、おそらくこの魔道具から転移させた端末の行き先が、この世界と異世界との境界線の異世界側にある亜空間だからだと思うわよ。)

クイーングレイスの念話に賢者達はう~んと唸った。

「確かにそれは在り得る事やね。」

チャーリーが呟いた声に、クイーングレイスの頭部がギョッとした表情を見せた。

(何であんたがここに居るのよ。)

「何でって言われてもねえ。僕もレミア族の研究者の一員やからね。」

(何時からそんなちっぽけな事があんたの仕事になったのよ。そもそも土の亜神って、地上の全ての事象を安定させる存在じゃなかったかしら?)

「そう。それは僕の本業や。でも僕の本当の出番は大災厄を受けた地上の後始末やけどね。それに今はリリスが居るから、この世界の土魔法は安定的に発動される。僕がシャカリキに働く必要も無い状況やね。」

(良く言うわね。あんたが居なければこの星の地殻の安定状態が保てないって聞いたわよ。)

「誰からそんな事を聞いたんや? ああ、ロスティアの奴やな。個人情報を無断で開示したらあかんで。」

念話と会話のやり取りと言う不思議な状況が続いているが、クイーングレイスの念話はその場に居る全員が聞き取れるように配慮されているので、普通の会話と何ら変わらない。
これは一時的に可視化したクイーングレイスが、その存在を少しでも長く維持する為に、魔力の消費量の少ない念話を使っているからだ。

(まあ、あんたの事は後回しで良いわよ。問題はこれ!)

クイーングレイスはそう言ってチャーリーとのやり取りを中断すると、リリスに視線を向けた。

(この魔道具に暗黒竜の気配を纏った魔力を注いでも、完全には動かないと思うわよ。とりあえずやってみなさい。)

リリスは言われるままに闇魔法の魔力を魔道具に注ぎ込んだ。
魔道具はブーンと鈍い音を立てて動作し始めた。
だが数分で動作が停止し、全く動かなくなってしまった。

「暗黒竜の気配を纏った魔力でも動かんのか?」

デルフィの言葉にリリスは首を傾げた。
その様子を見てクイーングレイスは再度リリスに念話を送った。

(今の魔道具の動作を見ると、転移させた端末の所在は確認出来たようね。でも回収出来ないのは、やはり異世界との境界線を越えなければならないからだと思うわ。)

(リリス。あんたが持っている異世界渡航に纏わるスキルを発動させて、もう一度やってみなさい。)

それって異世界通行手形の事ね。
でもそんなものを発動させて大丈夫かしら?

若干躊躇いながら、リリスは異世界通行手形を発動させた。
リリスの足首がじんじんと熱くなり、白い靄が足元から生じてきた。

このまま魔力を注いでみよう。

そう思ってリリスは闇魔法の魔力を魔道具に注ぎ込んだ。
魔道具は先ほどと同じように、ブーンと鈍い音を立てて動作し始めた。
ここまでは前回と同じだ。
だがその数分後、ピンッと言う音を立てて魔道具がガタガタと振動し始めた。

(回収出来たようね。)

魔道具の前に小さな光球が現われ、そのまま形を現していく。
そこに出現したのは直径が50cmほどの魔金属製の球体だ。
シューッと音を立てながら、その上半分が横にスライドしていく。
その中を興味深く賢者達が覗き込んだ。
念のため両手に亜空間シールドを纏わらせ、デルフィがその中身を取り出した。

「うん? これは何だ?」

デルフィの手に包み込まれているのは、真っ黒な竜だった。
大きさは全長が5cmほどで、翼を畳んだ竜の姿である。

「それは玩具か?」

リクードの言葉にデルフィも首を傾げた。
だがそれを見てチャーリーが口を開いた。

「そいつ、生きてるで。」

ええっ!と驚きユリアス達もその竜を凝視した。
だが動く気配は全く無い。

試しにリリスが少し魔力を注ぐと、竜の身体がピクンと動き、全身が小刻みに震え出した。
だが数分でまた動かなくなってしまった。

「これって何なの? 実体の竜では無いと思うんだけど・・・」

リリスの問い掛けにクイーングレイスも少し黙り込んだ。

(これって不思議な存在よね。一見使い魔のように見えるんだけど、もしそうだとすれば、その召喚主が何処かに居るはずなんだけどねえ。もしかしてこの魔道具の中に仕込まれているのかしら?)

「いや。魔道具とのつながりは全く切れているぞ。それは現状で確認出来る。」

デルフィはそう言うと、亜空間収納から小さな透明の格納容器を取り出した。
その中に小さな竜を入れ、近くにあったテーブルの上に置いた。

「これは儂の研究施設で監視しておこうか?」

デルフィの言葉に他の賢者達もうんうんと頷いた。

竜の事は竜族の賢者に任せようと言う事だ。

デルフィの指示でリリスはその容器に闇魔法の魔力を注ぎ込んだ。
内部に収納されている小さな竜はその全身を震わせ、仄かに光を放ち始めた。
だが直ぐに動き回る気配は無い。

「まだ永い眠りから覚醒しきってないんやろうな。」

チャーリーはそう言いながら、小さな竜を興味深く見つめた。

その後、可視化の限界を迎えたクイーングレイスは霧のように消え、チャーリーもその場から消えていった。
リリスはユリアスの闇魔法の転移で学生寮の自室に戻ったのだった。




その数日後。

リリスは魔法学院の敷地内にある図書館に居た。

この日は休日なのだが、提出期限が真近に迫っているレポートの作成の為に、一人で図書館を訪れたのだ。
日頃は学業以外の用件で、何かと王族などから呼び出される事の多いリリスである。
それ故にこの時点で、リリスは期限付きの提出物を3つ抱えていた。

仕方が無いわねと思いながら、関連する文献を探すリリス。
受付で魔道具を使って検索した書物を数冊テーブルの上に置き、2時間ほど掛けてレポートの作成を終えたリリスは、疲れた頭を活性化させるべく図書館の外に出た。
そのまま学舎の傍の公園スペースに辿り着き、周囲に誰もいないベンチで背を伸ばした。
低レベルで細胞励起を発動させると、疲れた脳や身体が心地良く癒されていく。

さあ、学生寮に戻ろう。

そう思った矢先、リリスの懐からピンピンと言う通知音が鳴り始めた。
緊急連絡用の魔道具だ。
呼び出した相手はメリンダ王女である。

どうしたのよ。
休日なんだからね。
面倒臭そうに魔道具の通知音を停止させ、そのまま魔道具を介して念話で応答した。

(メル、どうしたの?)

リリスの念話にメリンダ王女の焦るような念話が返ってきた。

(リリス! 今どこに居るの?)

(学舎の傍の公園スペースよ。)

(ああ、丁度良いわ。そこに居てね! ジークがそっちに向かうから!)

ジーク先生が?
何の用件なの?

不安に駆られながら待っていると、数分後にジークが駆け寄ってきた。
ハアハアと息を切らせながら、ジークはリリスに話し掛けた。

「リリス君。すまないが今直ぐにギースのダンジョンに向かって欲しいんだ。」

「ギースのダンジョンですか?」

戸惑うリリスの様子をスルーして、ジークは懐から転移の魔石を取り出した。

それを発動させると、リリスの視界が暗転した。

気が付くとリリスはギースのダンジョンの入り口の扉の前に居た。
その扉の周りを数名の兵士が取り囲み、誰も入れないように封鎖している。
これは何事なのだろうか?

訝し気な目で周囲の様子を見ているリリスに、ジークは状況を話し始めた。

「今日はマーティン君に頼まれて、このダンジョンにリリア君を連れてきたんだよ。彼は妹のリリア君の火魔法の上達を定期的に確かめたいそうだ。それで、彼等は上級貴族なので私が同行していたのだが、リリア君が突然暴れ出してしまって、もはや手を付けられない状態なんだよ。」

うっ!
リリアったら闇落ちしちゃったんじゃないでしょうね。

「それでマーティンさんはどうしたんですか?」

リリスの問い掛けにジークはう~んと唸った。

「それが我々にも分からないんだ。突然私と部下の兵士がダンジョンの外に転移されてしまってね。」

「それじゃあ・・・二人はダンジョンの中に取り残されているんですか?」

「そうなんだよ。それで再度ダンジョンに入ろうとしたのだが、どうしても入れないんだ。まるで中から鍵を掛けたような状態でね。その上に扉の前に立つと声が聞こえてくる。」

そう言いながらジークはダンジョン入り口の扉の前に立った。
それに応じて何処からともなく低い声が聞こえてくる。

「リリスを呼べ。リリスを呼ぶんだ。」

うっ!
名指しで私を呼んでいる。
これってもしかして、ダンジョンマスターのヒックス様の呼ぶ声なの?

ジークの顔を見ると、その声に応えてくれと言いそうな表情をしている。

少し躊躇ったもののリリアの事が心配だ。

意を決してリリスはダンジョンの扉の前に立った。

「リリスです。お呼びですか?」

おそらく呼び出しているのはヒックスだろう。
そう思ってリリスは扉の向こうに話し掛けた。

その途端に扉がカッと明るく光り、リリスはそのまま転移されてしまったのだった。













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