平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

文字の大きさ
306 / 363
後日談 黛家の妊婦さん3

(167)車で買い物

しおりを挟む
前話の続きです。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 今回二人が車で向かったのは赤ちゃん用品やオモチャの専門店。姉妹店となる子供のオモチャの専門店とセットとなっている、広い駐車場のある郊外型の大規模店舗だ。

「車だとかなり近く感じるね」
「そうだな」

 駅周辺の地域から川を渡った国道沿いにあり、玲子名義の黄色いコロンとした車でマンションを出発すると十五分ほどで到着してしまった。

「私も車、運転出来たらなぁ」

 近いと言っても歩くと四十分以上は優に掛かりそうだ。七海は運転免許を持っていない。自分一人の移動は公共交通機関で事足りたし、こんなに早く結婚して子供を産むことになるなんて少し前は想像もしていなかったから自家用車の必要性を全く感じていなかったのだ。そう言えば実家の両親は二人とも運転が出来て、翔太が小さい頃など必要な時はレンタカーを使っていた、と思い出す。こんな事なら早めに免許だけでも取って置けば良かったなぁ、と七海は小さく後悔してしまう。

「必要だったら俺が運転するから、問題ないだろ?」
「んー、でも忙しいでしょ?まっ……」

 『でも忙しいでしょ?黛君は』と言い掛けて、そこで何とか七海は言葉を飲み込んだ。朝の一件を思い出したのだ。

「……だから、自分が気軽に運転出来たら良いのになって思うよ。今更だけど」
「どっちにしろ、出産後は暫く身動き出来なくなるから教習所には通えないだろ。俺がいないときは遠賀おんがさんの所のタクシー、使えば良いんじゃないか」
「えっ、それは……もういいよ、貸し切りは悪いし」

 通勤で貸し切り契約をしていたハイヤーは産休に入って解除した。黛からは出産まで契約を延長しても良いのではと提案を受けたのだが、無駄な出費は避けたいと七海は考えたのだ。臨時運転手となってくれた遠賀とは毎日の通勤で打ち解けて、結局かなり仲良くなった。だからハイヤーに乗ること自体は楽しめたし、もはや心理的な抵抗は無くなっているのだが、やはり黛に負担をかけてしまうのが気になってしまう。

「貸し切りじゃなくて普通に時間貸しのタクシーで呼べば良いだろ?ただ遠賀さんは忙しいだろうから、もう直接対応はしてくれないかもしれないがな」
「そっか、そうだよね。それなら、もう少し気楽に使えるかな?」

 ただ根っから庶民の七海なので、ちょっとした買い物に気軽にタクシーを使う、と言うのはやはりハードルが高いように思えてしまう。

「新もまたバイトしたいって言ってたから、新に頼んでも良いぞ。荷物持ちも出来るだろうし」

 それなら少しは気楽にお願いできそうだ。ついでに唯も誘って皆でご飯を食べるのも良いかもしれない。たぶんあんな風に新に興味を持つ女性に絡まれたりすることは、滅多にないだろうし……と七海は本屋で遭遇した女性、箕浦のことを思い出す。

 ややあって車は専門店の駐車場に辿り着いた。立体駐車場のゲートを潜り、黛は空いているスペースに車を停める。それから彼は当り前のように助手席に回って七海の扉を開け、手を差し出した。以前はそんな仕草にいちいちドキドキしていた七海だが、一緒に暮らして半年以上経過した今となっては特に動揺を示す事もなくその手を取れるようになった。そしてこれまで長い間黛と付き合って一番、彼のイケメン行動―――と言うかレディーファースト体質が、役に立っている事を彼女は実感している。お腹がここまで大きくなってしまうと、自分一人で立ったり座ったりすることの危うさを痛感させられることがしばしばだからだ。

 このさり気ない支えがどれほど七海の行動の助けになっているか―――いつも当り前のように手を差し伸べてくれる黛に七海は、感謝の念を伝えなくてはと思った。

 助手席から支えられるままに立ち上がり、七海は感謝を込めて夫に笑顔を向ける。



「いつも助けてくれて有難う。黛君みたいな人が旦那様で私―――幸運だなぁ」



 ニッコリ微笑んでそう言うと、黛は目を見開いて驚いたような顔をした。それからフッと目を細め、照れたように笑った。



「七海……名前は?」
「あ」



 片手を握られたまま、もう片方の大きな手で顎を固定される。それから問答無用で口を塞がれた……!

 まばらとは言え駐車場には家族連れも行き交っていて、ふとこちらを見た父親と目が合った。父親は目を離せなくなってしまったのか、こちらを凝視したまま無言で家族を伴って店舗入口の方へ歩いて行く。慌てた七海は空いている手で黛の胸を押し抵抗を試みたが、ガッシリと自分を捕らえる腕から逃れることはかなわない。

 そこでまとわりつくように父親の足元を歩いていた男の子が、父親を見上げてその視線の先にいるこちらに気付きピタリと歩みを止めた。



「ねぇパパ!あのひとたち、キスしてるよ~」



 と大きな声でこちらを指差す。ギョッとした父親が「見るんじゃない」と言って慌てて男の子を抱え、逃げるように店舗入口へと早足で家族を促し始めた。

(ひー!)

 七海の背中を冷や汗がさーっと伝い始めた所で、漸く解放された。

「ひ、人が見て……恥ずかしいから、外ではホントに止めて!」

 真っ赤になって訴える七海の前で、黛は顔色一つ変えず彼女の口元を拭い首を傾げた。

「……恥ずかしいか?」
「恥ずかしいに決まってるでしょお!」

 伝わらなさに拳を握って眉を寄せ、必死で抗議の声を上げる七海。動揺する妻に向かって黛は、周りに女性がいたらついつい見惚れずにはいられないような、それはそれは魅力的な笑顔で微笑んだ。

「良かったな」
「え?」

 そのチグハグな返答に、七海は耳を疑う。



「恥ずかしければ恥ずかしいほど、危機感が増すだろ?最初からこうしとけば良かったんだな。そしたらもっと早く、名前で呼べたのに」



 黛はフッと不敵に笑った。七海は苦虫を潰したような顔で呻いた。

「ううっ……だからと言ってこんなマネしなくても……」
「選ぶのはチャイルドシートだっけ?さっさと見に行こうぜ」

 黛はなおも悔し気に呻る七海の肩を抱くと、上機嫌な様子でで真っ赤になって悶える妻を店へと促したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


余談ですが、玲子の車の保険は運転者限定特約を付けていません。だから新が運転しても大丈夫。

結婚前からの夫婦の懸案事項(黛を七海が名前で呼ぶこと)がいよいよ!解決しそうです(^^;)
振り返ってみると(20)話からの懸案でした。小説時間では一年ほど前、リアル時間では二年ほど前から引き摺ってます。長い…!(@_@)

相変わらずモダモダしている夫婦のお話ですが、
それにも関わらずお読みいただき、誠にありがとうございます!


※GW中はアチコチ遠征しますので、暫く更新はお休みします。
 皆さま、楽しいGWをお過ごしください(´▽`)
 そして、そんな中お仕事予定の方も体に気を付けて頑張って下さい!('ω')ノ
しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

大切にしていた母の形見のネックレスを妹に奪われましたが、それ以降私と妹の運は逆転しました!

四季
恋愛
大切にしていた母の形見のネックレスを妹に奪われましたが、それ以降私と妹の運は逆転しました!

処理中です...