平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

ねがえり太郎

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本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。

46.ヨモギ大福をいただきました

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 土曜日の朝、まゆずみは当直帰りに七海のバイト先に大福屋に寄った。
 ガードレールに体重を預けて、七海が出て来るのをボーッと待つ。するとガラス戸を開けて、待ち人が現れた。

「よぉ」
「黛君……」

 手を上げて声を掛けると、七海は「あっ」と叫んだ。そしてクルリと今出て来た引き戸に向き直り、ガラッと開けるや否や大福堂の中へ戻ってしまう。
 上げた手をゆっくりと下ろし、黛は胸を押さえた。

(まさか俺を見て逃げたのか?)






 月曜日。勇気を出して電話をし、混乱していた七海に助けを求められた。しかし急患が入りすぐに電話を切らなければならなかった。

 酔っぱらったサラリーマンが割ったグラスで手をザックリと切り、同じく酔っぱらった同僚に抱えられて近所にある個人外科病院を訪れた。緊急病院の指定は無かったが無下に追い返せる状況では無く、酔っぱらいの相手をしながら黛は傷口を縫った。要領を得ない話しかしない五十代絡みの酩酊した男達の対応を夢中で終えた後、時計を仰ぎ見ると午前一時を軽く通り越していた。
 後始末をし仮眠をとったが、目を覚ました後居ても立ってもいられずシャワーを浴びて飛び出した。七海のスマホに事前に連絡をする事は出来なかった。

『もー連絡すんな!』

 と最初の絶交宣言の後言い放たれた言葉を思い出し、七海が何に怒っているか全く見当の付かない黛は何が彼女の地雷なのかサッパリ分からなかったからだ。
 昨日は何かあったのか動揺して普通に接してくれたようだが、朝になって改めて怒りがぶり返すと言う可能性は拭いきれない。

 しかしその心配は杞憂に終わり、七海は怒りを蒸し返さず不審そうな素振りを見せながらも黛の勧めに応じて車に乗ってくれた。その時普通に話をする事ができ、黛は密かに胸を撫で下ろしたのだった。
 話の途中でまた七海とすれ違ってしまいそうになり―――自分が何か地雷を踏んだか、彼女の気持ちを逆撫でしたのだと気が付いた。何が理由かはやっぱりよく分からないのだが。

 黛はあまり人に好感を持たれない。
 仕事では気を遣うが、プライベートで自分の考えを偽って他人におもねる事を大して重要視しなかったからだ。
 一方七海は黛と違い、他人に嫌われるような事は無い。自然にしていても他人の気分を逆なでするような言葉を選ばないからだ。

 七海はいつも思いも寄らない反応を見せる。
 黛の言動や行動に腹を立てる事もあれば、喜ぶ事もある。普通の女子が怒って離れて言ってしまうような事に対して、ケロリとしていたり。

 そして一度だけ。
 七海は黛の前で涙を見せた事がある。

 全くもって、七海の考えている事は黛にとって謎ばかりだ。
 だからきっと、今抱いた黛の杞憂も予想も、七海はサラリと躱してしまうのだろう。



 だから七海が黛の顔を見た途端大福屋に戻ってしまった後、彼はもう少しだけ辛抱して待つことにした。

 悪い解釈をすれば『逃げた』ととれる。そう思うだけで背中を嫌な汗が伝う気がしたが―――しかし忘れ物か何かを思い出したのかもしれない。ガラス戸を開けて黛を見た七海の顔を思い起こす。その表情に嫌悪感は……無かったように思う。

 黛はジリジリとする胸の内を押さえながら、表面だけは涼しい顔でその場に居座り続けた。

 暫くすると七海は袋を手に、ガラスの引き戸をガラガラと開けて店を出て来た。
 そして黛に歩み寄って来るとそれをそのまま彼の目の前に突き出した。

「あげる」
「え?」
「ヨモギ大福。限定品だから早く買わないと売り切れちゃうの。お礼に貰って?」
「お礼?」

 七海が怒っていない事に内心盛大に安堵しつつ、心当たりの無い黛は首を傾げた。

「えっとー……その、『彼氏の振り』?助かったよ。結局まだ黛君の事は公表していないけど、提案して貰った事で随分気持ちが落ち着いたの。立川さんの誘いも断れたし、課の先輩にもちゃんと挨拶できた。岬さんにはまだ無視されるけど……」
「別に俺は何もしていない。七海の普段の行いの成果じゃないか?―――まあ、でもくれると言う物は貰うけど」

 自分が何もしていない、と言うのは正直な感想だった。黛は普段思っている事を口に出しただけだし、彼の思い付きや提案がそれほど七海のサポートになったとは思えなかった。小さな助けになったとしても、それは普段の七海の姿勢が無ければ効果が発揮されるものでは無いのだから。
 だからそんな些細な事に感謝を示されるとは、思っても見なかった。



 袋を受け取ると、一気に緊張が緩む。

 七海がその様子を見てホッとしたように微笑んだので―――彼の胸にも温かい物が込み上げて来たのだった。

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