59 / 363
本編 平凡地味子ですが『魔性の女』と呼ばれています。
46.ヨモギ大福をいただきました
しおりを挟む
土曜日の朝、黛は当直帰りに七海のバイト先に大福屋に寄った。
ガードレールに体重を預けて、七海が出て来るのをボーッと待つ。するとガラス戸を開けて、待ち人が現れた。
「よぉ」
「黛君……」
手を上げて声を掛けると、七海は「あっ」と叫んだ。そしてクルリと今出て来た引き戸に向き直り、ガラッと開けるや否や大福堂の中へ戻ってしまう。
上げた手をゆっくりと下ろし、黛は胸を押さえた。
(まさか俺を見て逃げたのか?)
月曜日。勇気を出して電話をし、混乱していた七海に助けを求められた。しかし急患が入りすぐに電話を切らなければならなかった。
酔っぱらったサラリーマンが割ったグラスで手をザックリと切り、同じく酔っぱらった同僚に抱えられて近所にある個人外科病院を訪れた。緊急病院の指定は無かったが無下に追い返せる状況では無く、酔っぱらいの相手をしながら黛は傷口を縫った。要領を得ない話しかしない五十代絡みの酩酊した男達の対応を夢中で終えた後、時計を仰ぎ見ると午前一時を軽く通り越していた。
後始末をし仮眠をとったが、目を覚ました後居ても立ってもいられずシャワーを浴びて飛び出した。七海のスマホに事前に連絡をする事は出来なかった。
『もー連絡すんな!』
と最初の絶交宣言の後言い放たれた言葉を思い出し、七海が何に怒っているか全く見当の付かない黛は何が彼女の地雷なのかサッパリ分からなかったからだ。
昨日は何かあったのか動揺して普通に接してくれたようだが、朝になって改めて怒りがぶり返すと言う可能性は拭いきれない。
しかしその心配は杞憂に終わり、七海は怒りを蒸し返さず不審そうな素振りを見せながらも黛の勧めに応じて車に乗ってくれた。その時普通に話をする事ができ、黛は密かに胸を撫で下ろしたのだった。
話の途中でまた七海とすれ違ってしまいそうになり―――自分が何か地雷を踏んだか、彼女の気持ちを逆撫でしたのだと気が付いた。何が理由かはやっぱりよく分からないのだが。
黛はあまり人に好感を持たれない。
仕事では気を遣うが、プライベートで自分の考えを偽って他人におもねる事を大して重要視しなかったからだ。
一方七海は黛と違い、他人に嫌われるような事は無い。自然にしていても他人の気分を逆なでするような言葉を選ばないからだ。
七海はいつも思いも寄らない反応を見せる。
黛の言動や行動に腹を立てる事もあれば、喜ぶ事もある。普通の女子が怒って離れて言ってしまうような事に対して、ケロリとしていたり。
そして一度だけ。
七海は黛の前で涙を見せた事がある。
全くもって、七海の考えている事は黛にとって謎ばかりだ。
だからきっと、今抱いた黛の杞憂も予想も、七海はサラリと躱してしまうのだろう。
だから七海が黛の顔を見た途端大福屋に戻ってしまった後、彼はもう少しだけ辛抱して待つことにした。
悪い解釈をすれば『逃げた』ととれる。そう思うだけで背中を嫌な汗が伝う気がしたが―――しかし忘れ物か何かを思い出したのかもしれない。ガラス戸を開けて黛を見た七海の顔を思い起こす。その表情に嫌悪感は……無かったように思う。
黛はジリジリとする胸の内を押さえながら、表面だけは涼しい顔でその場に居座り続けた。
暫くすると七海は袋を手に、ガラスの引き戸をガラガラと開けて店を出て来た。
そして黛に歩み寄って来るとそれをそのまま彼の目の前に突き出した。
「あげる」
「え?」
「ヨモギ大福。限定品だから早く買わないと売り切れちゃうの。お礼に貰って?」
「お礼?」
七海が怒っていない事に内心盛大に安堵しつつ、心当たりの無い黛は首を傾げた。
「えっとー……その、『彼氏の振り』?助かったよ。結局まだ黛君の事は公表していないけど、提案して貰った事で随分気持ちが落ち着いたの。立川さんの誘いも断れたし、課の先輩にもちゃんと挨拶できた。岬さんにはまだ無視されるけど……」
「別に俺は何もしていない。七海の普段の行いの成果じゃないか?―――まあ、でもくれると言う物は貰うけど」
自分が何もしていない、と言うのは正直な感想だった。黛は普段思っている事を口に出しただけだし、彼の思い付きや提案がそれほど七海のサポートになったとは思えなかった。小さな助けになったとしても、それは普段の七海の姿勢が無ければ効果が発揮されるものでは無いのだから。
だからそんな些細な事に感謝を示されるとは、思っても見なかった。
袋を受け取ると、一気に緊張が緩む。
七海がその様子を見てホッとしたように微笑んだので―――彼の胸にも温かい物が込み上げて来たのだった。
ガードレールに体重を預けて、七海が出て来るのをボーッと待つ。するとガラス戸を開けて、待ち人が現れた。
「よぉ」
「黛君……」
手を上げて声を掛けると、七海は「あっ」と叫んだ。そしてクルリと今出て来た引き戸に向き直り、ガラッと開けるや否や大福堂の中へ戻ってしまう。
上げた手をゆっくりと下ろし、黛は胸を押さえた。
(まさか俺を見て逃げたのか?)
月曜日。勇気を出して電話をし、混乱していた七海に助けを求められた。しかし急患が入りすぐに電話を切らなければならなかった。
酔っぱらったサラリーマンが割ったグラスで手をザックリと切り、同じく酔っぱらった同僚に抱えられて近所にある個人外科病院を訪れた。緊急病院の指定は無かったが無下に追い返せる状況では無く、酔っぱらいの相手をしながら黛は傷口を縫った。要領を得ない話しかしない五十代絡みの酩酊した男達の対応を夢中で終えた後、時計を仰ぎ見ると午前一時を軽く通り越していた。
後始末をし仮眠をとったが、目を覚ました後居ても立ってもいられずシャワーを浴びて飛び出した。七海のスマホに事前に連絡をする事は出来なかった。
『もー連絡すんな!』
と最初の絶交宣言の後言い放たれた言葉を思い出し、七海が何に怒っているか全く見当の付かない黛は何が彼女の地雷なのかサッパリ分からなかったからだ。
昨日は何かあったのか動揺して普通に接してくれたようだが、朝になって改めて怒りがぶり返すと言う可能性は拭いきれない。
しかしその心配は杞憂に終わり、七海は怒りを蒸し返さず不審そうな素振りを見せながらも黛の勧めに応じて車に乗ってくれた。その時普通に話をする事ができ、黛は密かに胸を撫で下ろしたのだった。
話の途中でまた七海とすれ違ってしまいそうになり―――自分が何か地雷を踏んだか、彼女の気持ちを逆撫でしたのだと気が付いた。何が理由かはやっぱりよく分からないのだが。
黛はあまり人に好感を持たれない。
仕事では気を遣うが、プライベートで自分の考えを偽って他人におもねる事を大して重要視しなかったからだ。
一方七海は黛と違い、他人に嫌われるような事は無い。自然にしていても他人の気分を逆なでするような言葉を選ばないからだ。
七海はいつも思いも寄らない反応を見せる。
黛の言動や行動に腹を立てる事もあれば、喜ぶ事もある。普通の女子が怒って離れて言ってしまうような事に対して、ケロリとしていたり。
そして一度だけ。
七海は黛の前で涙を見せた事がある。
全くもって、七海の考えている事は黛にとって謎ばかりだ。
だからきっと、今抱いた黛の杞憂も予想も、七海はサラリと躱してしまうのだろう。
だから七海が黛の顔を見た途端大福屋に戻ってしまった後、彼はもう少しだけ辛抱して待つことにした。
悪い解釈をすれば『逃げた』ととれる。そう思うだけで背中を嫌な汗が伝う気がしたが―――しかし忘れ物か何かを思い出したのかもしれない。ガラス戸を開けて黛を見た七海の顔を思い起こす。その表情に嫌悪感は……無かったように思う。
黛はジリジリとする胸の内を押さえながら、表面だけは涼しい顔でその場に居座り続けた。
暫くすると七海は袋を手に、ガラスの引き戸をガラガラと開けて店を出て来た。
そして黛に歩み寄って来るとそれをそのまま彼の目の前に突き出した。
「あげる」
「え?」
「ヨモギ大福。限定品だから早く買わないと売り切れちゃうの。お礼に貰って?」
「お礼?」
七海が怒っていない事に内心盛大に安堵しつつ、心当たりの無い黛は首を傾げた。
「えっとー……その、『彼氏の振り』?助かったよ。結局まだ黛君の事は公表していないけど、提案して貰った事で随分気持ちが落ち着いたの。立川さんの誘いも断れたし、課の先輩にもちゃんと挨拶できた。岬さんにはまだ無視されるけど……」
「別に俺は何もしていない。七海の普段の行いの成果じゃないか?―――まあ、でもくれると言う物は貰うけど」
自分が何もしていない、と言うのは正直な感想だった。黛は普段思っている事を口に出しただけだし、彼の思い付きや提案がそれほど七海のサポートになったとは思えなかった。小さな助けになったとしても、それは普段の七海の姿勢が無ければ効果が発揮されるものでは無いのだから。
だからそんな些細な事に感謝を示されるとは、思っても見なかった。
袋を受け取ると、一気に緊張が緩む。
七海がその様子を見てホッとしたように微笑んだので―――彼の胸にも温かい物が込み上げて来たのだった。
33
あなたにおすすめの小説
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。
BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。
父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した!
メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる