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太っちょのポンちゃん 社会人編9

唯ちゃんと、シェアハウスの住人(5)

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 摘み取った野菜を籠いっぱいに乗せ、俺と本田さんはシェアハウスのキッチンへ向かった。
 キッチンには腰までの高さの棚があって、その棚が接する壁一面が黒板になっている。住人それぞれがその掲示板を利用できるし、時には不動産屋からのお知らせが掲示されることもある。
 まるで鼻歌でも歌っているかのように楽し気に、本田さんはその棚に野菜を彩り良く並べた。それから裏がマグネットになっている『ご自由にお持ちください』と描かれた紙製の小さな看板を野菜の並んだ籠のすぐ横、黒板に貼り付ける。
 シェアハウスの住人に対するサービスで、その野菜は無料で使えるようになっているのだ。タダで使える無農薬の野菜は勿論住人達に大人気で、翌朝になる前に籠がすっかり空になっていることがほとんどだ。それからこれは後から知ったのだが、餃子パーティで振る舞われたサラダにもふんだんに使われていたらしい。

 通例の作業を終了して、彼女は改めて俺に向き直った。

「お待たせしました。それでご相談とは……?」

 俺は本田さんを、ゴミ箱やリサイクルボックスの置かれているスペースまで誘導する。

「ゴミの分別のことなんです。キチンと分別していない人がいるみたいで、時々燃えるゴミにペットボトルが混じっていたりするらしいんです」
「え! そうなんですか?」
「俺、先日たまたまその場面に遭遇したんですが、それに気が付いた人がずっとゴミを入れ替えてくれていたそうなんです。その人にばかりに負担が行くのもあんまりですし、一度管理の方から周知して貰えないでしょうか。直接注意しようにも誰がやっているかは、分からないみたいなんです」

 さっきまでニコニコしていた本田さんの表情が、スッと真面目なものに変わる。

「分かりました。石井と相談して、直ぐ対応しますね」
「有難うございます」

 キッパリと断言する彼女が心なしか、頼もしく見える。小柄で華奢な、ともすると頼りなく見える容姿なのに。快諾の応えを告げた後、彼女は思案気に分別スペースを見渡した。

「……ゴミ箱ごと、一応英語表記はされてますけど、何を捨てるべきか一目で分かる方が良いですよね」

 ゴミ箱には『燃えるゴミ:Burnable』『燃えないゴミ:non-burnable』……などと捨てるべき種類が日本語だけでは無く英語で表記されている。だけど―――

「そうか。外国ではゴミのルールが違うのか!」

 彼女の言わんとする所に、漸く気が付いた。本田さんは、俺の言葉に頷く。

「そうですね。国内でも自治体によって違いますし、国によっては全く分別しない所もあります。勿論入居時に説明はしていますし、こちらで用意した英語版の入居者マニュアルには分別の仕方を掲載しているんですが……読み飛ばしている方がいらっしゃるかもしれません。悪気なく入れる場所を間違って捨ててしまっている可能性もあります」

 俺は電化製品やそう言ったものの説明書があれば、必ず満遍なく目を通す。だから入居マニュアルはチェックしているし頭に入っている。……が、世の中には説明書の類を全く読まないと言う人間もいるそうだから、おざなりにしか目を通していない人もいるだろう。日本人であれば体に染みついて当たり前になっているゴミ捨てルールが、習慣になっていない人ならば、あるいは間違えたままになっている可能性は確かにある。
 少し考えこむように腕組みをして、本田さんはリサイクルボックスが並べられたラックに下がっている薄い冊子を手にする。区のごみの出し方を印刷したもので、日本語版と英語版もある。ただ、ゴミを捨てる時わざわざ手に取ってチェックするかと言うと……面倒だからと、適当に捨ててしまう人もいるかもしれない。

「ごみの出し方を抜粋して大きく印刷したものを、見易いように掲示した方が良いですね。分別一覧の冊子をいちいち開くのは手間ですし」

 直ぐに解決策をパッと切り出す様子に、癒し系のいつもの彼女とは違う一面を垣間見た。

「ご指摘、有難うございます。色々不備な点があって申し訳ありません。ご不便をおかけしますが、出来る限り直ぐに対応致しますね」
「いえ! こちらこそ、細かいことを言って……手間を掛けさせてしまってすみません」

 彼女が礼儀正しく俺に向き直り、頭を下げるのを目にして慌てて首を振る。
 土屋さんにはああ言ったものの、男性の石井さんならともかく、こちらが守ってやりたい衝動にかられるくらい華奢で小柄な本田さんに負担を掛けると思うと、知らず申し訳ない気持ちが湧いて来てしまう。
 それ、全部俺がやっときますから!……なんて、思わず口走りそうになった。

 だけど彼女は慌てる俺を目にして驚いたように目を見開き、それからふわっと柔らかい笑顔を浮かべてこう言ったのだった。

「いえ、これが私の仕事ですから! ご指摘いただけて、返って助かります。また何かお気づきの点があったら、遠慮なく言って下さいね」

 それから「では、失礼します」と丁寧に頭を下げて、彼女はキッチンを出て行った。

 後に残った俺は―――頭を下げた彼女に対して手を上げて応えるのが、精一杯。そのまま暫く彼女が去ったキッチンの出入口を、ぼんやりと眺めて立ち竦んでいたのだった。
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