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後日談 黛家の妊婦さん3

(159)モテる男 【前編】

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前話の続きです。

いつもは一話完結なのですが、連載形式で少しずつ投稿します。


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 体験レッスンを終えて本屋で時間を潰しているであろう新に、七海は連絡を入れた。



『終わったよ~。今どこ?』



 するとややあって本屋に向かっている途中、返答があった。

『まだ本屋だよ』
『じゃあ、そっち行くね』
『いいよ、そこに居て。迎えに行くよー('ω')ノ』
『私も本見たいから(`・ω・´)キリッ。それにもうすぐ着きそうだし』
『じゃあ、座れる場所見つけたら待機ね。そこまで行くから』
『OK!もうすぐ着くよ』

 本屋には休憩スペースが思った以上にたくさん用意されている。七海は入口に入ってすぐのソファタイプのベンチに空席を発見した。ゆっくり近づき、心の中で『よっこらしょ』と唱えながら、しかし口には出さずに慎重に腰掛ける。そうして漸く落ち着いたところでスマホを取り出し、新に連絡を入れた。

『エスカレーター下の皮張りソファで待機中。吹き抜けに緑の木があるところだよ』
『了!すぐ行くね(^^)/』

 ぼんやりとエスカレーターを眺めていると、人の群れの向こうにヒョッコリ飛び出た頭が見えた。長髪を一つに纏めた、とても目立つ容姿の背の高い男性が降りて来る。こうして見るとイケメンだよなぁ、やっぱり。などと呑気に思いながら七海が手を振ると、キョロキョロしていた新もこちらを見つけてパッと笑顔になる。ブンブンと無邪気に手を振る様子は、出会ったばかりの小学生の頃と変わらない。
 この懐に容易に滑り込んで来る人懐っこさがあるから、少々我儘だったり突拍子もない発言をしたりしても許せてしまうのかもしれない、と七海は考える。新の行動に時折小言を言いつつも、何だかんだ可愛がってしまう唯を見て『甘いなぁ』と感じることがあったが、やはり年の離れた『弟』に甘くなってしまう気持ちは分かり過ぎるほど分かってしまう。将来翔太が新みたいな、トラブルを呼び込む天然モテ男になってしまったらどうしよう……!なんて一瞬そんな考えがチラリと脳裏を掠めたが、あの子はどちらかというと自分と似てアッサリとした容姿の持ち主だからそんな心配はないだろう、とすぐさま思い直す。



「お待たせ!七海の見たい本ってどんなの?」



 隣にストンと腰を下ろした新が七海に尋ねた。

「えーと、まず子育てとか妊娠関係の本をチェックしたいな。それから雑誌も新しいの手に入れたいし」
「そっか、じゃあ一緒に行こう。荷物持つよ」
「え、大丈夫だよ。軽いし」
「いや、それも込みで龍ちゃんからお小遣い貰うことになってるから。今のところ大して役に立ってないしさ、それぐらいさせてよ」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく……お願いします」
「まかせて!」

 そう言ってキラキラした笑顔で荷物を受け取った新は立ち上がり、流れるような仕草で七海に手を差し出した。七海も遠慮なく杖にさせて貰う事にして、その手を取って立ち上がる。

「本当に助かっちゃう。実は最近立ち上がるのも一苦労なんだよね」
「うん、ドンドン杖にしちゃって良いから。俺結構こういうの得意なんだよね、ほらモデルとかのバイトでそう言う演出、身に付いているからさ」
「新はエスコート、上手だよね。気を遣っているように見せずに気遣うって言うのが上手」

 七海の素直な褒め言葉に、新は照れたように首に手を当てた。

「何?褒めても何にも出ないよ?!」

 照れ隠しに冗談を言う新に、七海は笑った。

「いや、本当に新も成長したなーって思って。その褒美としてお姉さんが美味しいカレーを奢ってあげよう!」
「やった!」

 小さく胸元でガッツポーズをする金欠学生が可愛らしくて、七海はフフフと微笑んだ。

「もちろん、デザートも付けます」
「七海お姉さま!大好き!」
「ハイハイ」

 とご褒美を想像して感激したように目を輝かせる新を見て七海は目を細める。甘え上手な新の言葉を適当にあしらって歩き出そうとしたところで、突然立ちはだかるようにスッと人影が飛び出して来て目を瞠った。



「本田君、久し振りね」



 そこに現れたのは眼鏡を掛けた、サラサラの黒髪を肩のあたりで揃えた理知的な美女だった。しかしその視線は七海を通り越して後ろに立っている、背の高い新に向けられている。余裕のある微笑み方に、大人っぽいけど大学の友達かな?と考えた七海はその視線を追って新を振り返った。



「お久し振り……です」



 そう返す新の表情は強張っていた。そこで七海はピンと来た。

 あ、この女の人はバイト先の『先輩』じゃないだろうか、と。

 そう言った目で改めて見直すと、スタイルの良さと白いサマーセーターの胸のあたりの膨らみの大きさに意識が行ってしまう―――かなり豊かだ。シャツのボタンを外して、あの胸を無防備に晒されたら普通の男性ならクラクラしてフラフラ~と引き寄せられてしまうのではないだろうか?と七海は不謹慎にも想像してしまう。その誘惑から見事逃げ切った新は実はかなり偉いのかもしれない、などと呑気に推測していた。それともモテ過ぎてそう言う誘惑には慣れ切ってしまっているのだろうか……などと他人事のように考えていたら、先ほど素通りしていた視線が、今度はこちらに注がれていることに気が付いた。



「こんにちは」
「あ、こんにちは……」



 ニッコリと微笑まれているのに、何故か目が笑っていないように見える。ヘビに睨まれた蛙のような気分になってしまい、語尾が小さくなってしまった。

 一言話しただけで感じずにはいられない―――この威圧感に長く晒されたら、耐えられそうにない、と。こんな威圧感のある美女にセクハラされたら……と想像して、ますます『新ってば大変だったんだな』と七海の同情心は強まった。

「本田君のお姉さんですか?箕浦と言います。本田君のバイト先で働いていまして、彼には本当に……お世話になりました。バイトが終わってどうしているのかな?って思っていたので、偶然会えて嬉しいです」
「あ、はい……有難うございます」

 『お姉さん』では無いんだけどな……と思わないでも無かったが、彼女からの向かい風のような妙な圧力に反論の余地が見いだせず、七海はただお礼を言うしか出来なかった。
 取りあえずお礼を言って、それから機会があれば訂正すれば良い、と考えて一旦胸にしまう。七海は主張の弱いタイプなので、自分の意見は後回しにするのが常だった。

「せっかくだから何処か入りません?そこのスタバとか。いろいろお話もしたいですし……本田君ったら冷たいんですよ?バイト終わった途端メッセージ送ってもあまり返してくれなくて。ねぇ?あんなに世話したって言うのに」
「え?あ、はぁ。……その、スミマセン。最近忙しくて」

 新は、大きな体を怯えたように縮こませている。というか少なくとも七海にはそう見えた。

「でも『お姉さん』にお会いして分かりました!こう言う付き添いとかで、本当に忙しかったんですね。義理の……お姉さんでしたっけ?」
「ええと……」

 訂正するチャンス!と思い口を開いたが、七海の返答をねじ伏せるように箕浦は、満面の笑顔で続きを強引に繋げた。

「本田君、結構流されちゃうって言うか、断れないタイプ……じゃなくて優しい・・・から!うちの仕事場でもそうだったわよね!女の人に構われて断り切れなくて―――ホント、見ていて気の毒だったんですよ?」
「……」

 其処まで聞いて、七海は漸く理解した。

 この人は七海を唯……つまり『兄嫁』だと勘違いしているのだと。そして何となく新を『杖替わり』に連れ回しているこの状態を、非難しているのかなぁ……と。



 これは―――確かに新の言う通り『モテるのも大変』かもしれない。
 と、七海は思ったのだった。



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もうちょっと、続きます。
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