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番外編
神童とテスト
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「ディーン?今日はなんだか元気が無いわね。私の分のゼリーも食べる?それほどプルプルはしていないけれど。」
母上が僕にゼリーを差し出しながら言った。
何故、母上はいつも僕がデザートで釣られると思っているのか?
「母上、今日、僕はミレーヌを泣かせてしまいました。」
僕はゼリーを受け取りながら呟くように言った。
「えっ?あなたが?ミレーヌちゃんを?」
母上が、信じられない、という表情で驚く。
最近母上は、無表情の素顔に、淑女の仮面をつけて、更に第二妃の仮面を乗せていた顔から仮面をよく落としている、翡翠宮の中でだけ、だが。
それでも僕には母上の感情を読み取る事が出来ている、不思議な事だけど。
「ディーン?私って、そんな感じなの?なんで仮面の重ね掛けになってるの?」
フェルナンド、僕は口に出していたのか?
そう思ってフェルナンドを見れば、笑うのを堪えるように口元をムズムズさせながら、大きく頷いていた。
「失礼しました。素の表情の母上は若く見える、と言いたかったのです。」
これは、本当だ。母上は感情の読み取り難い、無表情のような顔立ちをしているせいで、実年齢が少し年上に見えてしまうのだ。
「そうかしら?何か誤魔化されているような気がするけど。それよりもミレーヌちゃんの事だったわね。
それであなたが本当にミレーヌちゃんを泣かしたの?」
母上にそう聞かれれば、昼間の事を思い出して暗い気持ちになる。
母上にお願いして、僕は3つの授業をミレーヌと一緒に受ける事が出来るようになった。兄上も居る筈だが、気分屋なのか、単に出たく無い授業であるのか、そんなに一緒になる事は無い。
ミレーヌと只一緒に受けるだけだが、僕はそれで満足していた。それなのに2ヶ月が経った頃から、ミレーヌの様子が少しおかしくなった。
考えてみると、それは授業で確認テストが行われるようになってからだった。授業の内容をしっかり把握しているか、という習熟度を見る程度の簡単なテストだ。
最初は簡単な問題を数問解くだけだったのが、授業内容が難しくなれば、テストの問題にも変化が出る。
「一緒だね。」
と、満点のテストを見せ合っていたのが、一問、二問、とミレーヌが解答を間違えるようになってきた。
そんなの別におかしい事でも悪い事でもなんでもない。
だってまだミレーヌは7歳なんだぞ?
誰だって間違える事もあるし、『絶対、間違えないヤツ』なんて居るわけがない。
・・・・居た!
僕は人が言うところの神童だった。
テストで満点以外、取った事などなかったから全く気づかなかった。僕の失態だ!
そうして気づいて見れば、テストを見せ合った後、ミレーヌは少し元気が無かった。それでも次に会うと、凄く気合いを入れて授業に取り組んでいた。けれど、どこかでミスをしてまで満点を逃してしまう。
そんな事が数回会った今日、授業が終わった時、珍しく授業に参加していたアレが言ったんだ。
「なんだ、ディーンでも満点が取れるんだな。ミレーヌ、2つも下のディーンに負けるなんてダメだな。」
兄上が屈託なく笑って言ったんだ。その言葉に酷く傷ついたような顔をしたミレーヌは、既に涙目になっていた。
それに気づかない兄上は、そのまま言葉を続ける。
「授業なんて馬鹿だから受けるものだ、と母上が言っていたが、ディーンは頑張ったんだな。流石、俺の弟だ。偉いぞ!」
そう言って、俺の頭をぐりぐりと撫で回した。
そう、兄上は悪い奴では無いんだ。
王妃にペットの様に溺愛され、言われた言葉をそのまま鵜呑みにする。言葉の意味を考えず振る舞うが、王宮の使用人や庭師であっても態度は変えない。僕にだって会えばこんな風な態度で気軽に話しかけてくるんだ。
でも、今のは無神経過ぎるだろ!普段、碌に授業を受けていないお前の解答用紙は、一問しか正解が無いじゃないか。それで何で考え無しにミレーヌにダメ出ししているんだよ。
僕が兄上に構われている内に、気が付けばミレーヌの姿は部屋から居なくなっていた。慌てていつもの場所に探しに行けば、地面に突っ伏しているミレーヌの後ろ姿と泣き声が聞こえてきた。
「うわ~んっ。わ、私だって頑張っているのに。ちっちゃい子に負けないように、お家に帰ってから勉強して、次は勝つぞ、って、いっぱい、いっぱいお勉強したのに。でも、いつも負けちゃうんだもんっ。悔しいよぉ~。」
ちっちゃい子、、、、。
いや、今はそれどころじゃない。ミレーヌは僕の所為で泣いているんだ!
どうしたらいい?
僕は声を掛けていいの?
僕は焦って、ポケットに手を突っ込む。手に持っていた本が落ちて大きな音を立てた。
「ディーン、さま、、、。」
大きな音に振り返ったミレーヌはまだ大粒の涙をポロポロと零している。
「ミ、ミレーヌは泣き虫だなっ。ほら、甘いお菓子を食べて泣き止みなよ。」
僕は慌てて、ポケットに入れていた甘い砂糖菓子をミレーヌの口に押し込んだ。
慌てていたから袋にあるだけ、口に突っ込んでしまって、ミレーヌの頬袋は、ぱんぱんになってしまった。
いきなりの事に驚いているミレーヌは、もっと目を丸くして涙も止まったみたいだった。
口をモゴモゴさせていたミレーヌは、砂糖菓子が美味しかったのか、ちょっと嬉しそうな顔になったんだ。
「ディーン様、このお菓子、美味しいです。」
泣き顔を見られた恥ずかしさからか、頬を染めて言ったミレーヌはうんと可愛かった。
「~というような事がございました。ハムスターのように頬をぱんぱんにしていたシルフィード嬢は、私の目から見ても可愛らしゅうございました。」
おい、なんでフェルナンドが説明しているんだ。
「そっか~。ミレーヌちゃん、頑張り屋さんだものねぇ。その上、負けず嫌いだったか。ディーンに負けない様にたくさん頑張っているんだね。で、それでディーンはどうするの?」
「・・・・・どうもしません。」
「ん?」
僕は少し俯いて言った。
「僕に勝とう、と頑張って勉強をするミレーヌに、僕は何も言う事はありません。頑張っているミレーヌに態と負けるような事も絶対にしません。」
「そうだねぇ。ミレーヌちゃんの頑張りに応えるには、ディーンも全力を出さないとダメよね。
ミレーヌちゃんがディーンに対して思う気持ちは、自分自身で消化していくしかないもの。
ディーンは待っているしかないけど、ミレーヌちゃんなら大丈夫だと思うよ。」
母上はそう言って僕の頭を撫でてくれた。今日はよく頭を撫でられる日だな。
そうして次のテストの時もやっぱり僕は満点で、ミレーヌは惜しくも一問、間違えてしまった。
「今度こそはディーン様に勝てると思ったのにな。」
ミレーヌはちょっと不貞腐れたような顔をして言ったけど、顔は笑ったままだった。
「次こそは私の方が勝つからね。」
そう言ってミレーヌは僕の方に手のひらを差し出してきた。
僕は少し考えてから、ポケットの中に手を入れて、料理長の自信作、『改良版 ぷるぷるゼリー』の包みをミレーヌの手のひらに置いた。
ミレーヌはちょっと変な顔をしたけれど、包みを開いて中身を口に入れると、『美味しいっ!』と嬉しそうに両手をほっぺにつけていた。
後でフェルナンドに
「ディーン様、アレは握手を求めていたのですよ。」
と、澄ました顔で言われたが、そういう事は僕がポケットに手を入れた時点で言って欲しかった。
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いつもお読み下さりありがとうございます。
短編『傾国の美女は表舞台をひた走る』(前・中・後編 +番外編2話ぐらい)を今日から投稿します。
この作品よりもかなり前に書いていた作品なのですが、どうにもラストが締まらなくて放置していました。
なんとか手直しして投稿する事にしましたが、粗も多く、オチもすぐに予想出来る作品です。
それでもいいよ、と思って下さった方は、お暇な時にでもお読み頂ければ嬉しいです。
母上が僕にゼリーを差し出しながら言った。
何故、母上はいつも僕がデザートで釣られると思っているのか?
「母上、今日、僕はミレーヌを泣かせてしまいました。」
僕はゼリーを受け取りながら呟くように言った。
「えっ?あなたが?ミレーヌちゃんを?」
母上が、信じられない、という表情で驚く。
最近母上は、無表情の素顔に、淑女の仮面をつけて、更に第二妃の仮面を乗せていた顔から仮面をよく落としている、翡翠宮の中でだけ、だが。
それでも僕には母上の感情を読み取る事が出来ている、不思議な事だけど。
「ディーン?私って、そんな感じなの?なんで仮面の重ね掛けになってるの?」
フェルナンド、僕は口に出していたのか?
そう思ってフェルナンドを見れば、笑うのを堪えるように口元をムズムズさせながら、大きく頷いていた。
「失礼しました。素の表情の母上は若く見える、と言いたかったのです。」
これは、本当だ。母上は感情の読み取り難い、無表情のような顔立ちをしているせいで、実年齢が少し年上に見えてしまうのだ。
「そうかしら?何か誤魔化されているような気がするけど。それよりもミレーヌちゃんの事だったわね。
それであなたが本当にミレーヌちゃんを泣かしたの?」
母上にそう聞かれれば、昼間の事を思い出して暗い気持ちになる。
母上にお願いして、僕は3つの授業をミレーヌと一緒に受ける事が出来るようになった。兄上も居る筈だが、気分屋なのか、単に出たく無い授業であるのか、そんなに一緒になる事は無い。
ミレーヌと只一緒に受けるだけだが、僕はそれで満足していた。それなのに2ヶ月が経った頃から、ミレーヌの様子が少しおかしくなった。
考えてみると、それは授業で確認テストが行われるようになってからだった。授業の内容をしっかり把握しているか、という習熟度を見る程度の簡単なテストだ。
最初は簡単な問題を数問解くだけだったのが、授業内容が難しくなれば、テストの問題にも変化が出る。
「一緒だね。」
と、満点のテストを見せ合っていたのが、一問、二問、とミレーヌが解答を間違えるようになってきた。
そんなの別におかしい事でも悪い事でもなんでもない。
だってまだミレーヌは7歳なんだぞ?
誰だって間違える事もあるし、『絶対、間違えないヤツ』なんて居るわけがない。
・・・・居た!
僕は人が言うところの神童だった。
テストで満点以外、取った事などなかったから全く気づかなかった。僕の失態だ!
そうして気づいて見れば、テストを見せ合った後、ミレーヌは少し元気が無かった。それでも次に会うと、凄く気合いを入れて授業に取り組んでいた。けれど、どこかでミスをしてまで満点を逃してしまう。
そんな事が数回会った今日、授業が終わった時、珍しく授業に参加していたアレが言ったんだ。
「なんだ、ディーンでも満点が取れるんだな。ミレーヌ、2つも下のディーンに負けるなんてダメだな。」
兄上が屈託なく笑って言ったんだ。その言葉に酷く傷ついたような顔をしたミレーヌは、既に涙目になっていた。
それに気づかない兄上は、そのまま言葉を続ける。
「授業なんて馬鹿だから受けるものだ、と母上が言っていたが、ディーンは頑張ったんだな。流石、俺の弟だ。偉いぞ!」
そう言って、俺の頭をぐりぐりと撫で回した。
そう、兄上は悪い奴では無いんだ。
王妃にペットの様に溺愛され、言われた言葉をそのまま鵜呑みにする。言葉の意味を考えず振る舞うが、王宮の使用人や庭師であっても態度は変えない。僕にだって会えばこんな風な態度で気軽に話しかけてくるんだ。
でも、今のは無神経過ぎるだろ!普段、碌に授業を受けていないお前の解答用紙は、一問しか正解が無いじゃないか。それで何で考え無しにミレーヌにダメ出ししているんだよ。
僕が兄上に構われている内に、気が付けばミレーヌの姿は部屋から居なくなっていた。慌てていつもの場所に探しに行けば、地面に突っ伏しているミレーヌの後ろ姿と泣き声が聞こえてきた。
「うわ~んっ。わ、私だって頑張っているのに。ちっちゃい子に負けないように、お家に帰ってから勉強して、次は勝つぞ、って、いっぱい、いっぱいお勉強したのに。でも、いつも負けちゃうんだもんっ。悔しいよぉ~。」
ちっちゃい子、、、、。
いや、今はそれどころじゃない。ミレーヌは僕の所為で泣いているんだ!
どうしたらいい?
僕は声を掛けていいの?
僕は焦って、ポケットに手を突っ込む。手に持っていた本が落ちて大きな音を立てた。
「ディーン、さま、、、。」
大きな音に振り返ったミレーヌはまだ大粒の涙をポロポロと零している。
「ミ、ミレーヌは泣き虫だなっ。ほら、甘いお菓子を食べて泣き止みなよ。」
僕は慌てて、ポケットに入れていた甘い砂糖菓子をミレーヌの口に押し込んだ。
慌てていたから袋にあるだけ、口に突っ込んでしまって、ミレーヌの頬袋は、ぱんぱんになってしまった。
いきなりの事に驚いているミレーヌは、もっと目を丸くして涙も止まったみたいだった。
口をモゴモゴさせていたミレーヌは、砂糖菓子が美味しかったのか、ちょっと嬉しそうな顔になったんだ。
「ディーン様、このお菓子、美味しいです。」
泣き顔を見られた恥ずかしさからか、頬を染めて言ったミレーヌはうんと可愛かった。
「~というような事がございました。ハムスターのように頬をぱんぱんにしていたシルフィード嬢は、私の目から見ても可愛らしゅうございました。」
おい、なんでフェルナンドが説明しているんだ。
「そっか~。ミレーヌちゃん、頑張り屋さんだものねぇ。その上、負けず嫌いだったか。ディーンに負けない様にたくさん頑張っているんだね。で、それでディーンはどうするの?」
「・・・・・どうもしません。」
「ん?」
僕は少し俯いて言った。
「僕に勝とう、と頑張って勉強をするミレーヌに、僕は何も言う事はありません。頑張っているミレーヌに態と負けるような事も絶対にしません。」
「そうだねぇ。ミレーヌちゃんの頑張りに応えるには、ディーンも全力を出さないとダメよね。
ミレーヌちゃんがディーンに対して思う気持ちは、自分自身で消化していくしかないもの。
ディーンは待っているしかないけど、ミレーヌちゃんなら大丈夫だと思うよ。」
母上はそう言って僕の頭を撫でてくれた。今日はよく頭を撫でられる日だな。
そうして次のテストの時もやっぱり僕は満点で、ミレーヌは惜しくも一問、間違えてしまった。
「今度こそはディーン様に勝てると思ったのにな。」
ミレーヌはちょっと不貞腐れたような顔をして言ったけど、顔は笑ったままだった。
「次こそは私の方が勝つからね。」
そう言ってミレーヌは僕の方に手のひらを差し出してきた。
僕は少し考えてから、ポケットの中に手を入れて、料理長の自信作、『改良版 ぷるぷるゼリー』の包みをミレーヌの手のひらに置いた。
ミレーヌはちょっと変な顔をしたけれど、包みを開いて中身を口に入れると、『美味しいっ!』と嬉しそうに両手をほっぺにつけていた。
後でフェルナンドに
「ディーン様、アレは握手を求めていたのですよ。」
と、澄ました顔で言われたが、そういう事は僕がポケットに手を入れた時点で言って欲しかった。
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いつもお読み下さりありがとうございます。
短編『傾国の美女は表舞台をひた走る』(前・中・後編 +番外編2話ぐらい)を今日から投稿します。
この作品よりもかなり前に書いていた作品なのですが、どうにもラストが締まらなくて放置していました。
なんとか手直しして投稿する事にしましたが、粗も多く、オチもすぐに予想出来る作品です。
それでもいいよ、と思って下さった方は、お暇な時にでもお読み頂ければ嬉しいです。
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