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流される②

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「大丈夫なのに」
「大丈夫じゃありません!」

 ここは会社とは割と近いけど、最寄りの路線からは外れているので、住んでる人がいないはずだった。
 でも、木佐さんの家は、二つの路線のちょうど中間で、昨夜は直帰だったから、いつもと違うルートで帰ってきて、私たちを見つけてしまったらしい。
 他にもそんな人がいるかもしれない。
 そう思うと、手なんて繋いでいられない。
 木佐さんは深追いすることなく、私を先導して歩いた。
 途中、パン屋さんに寄り、朝食用のパンを買い、十五分ほどで、木佐さんのマンションに着く。
 そこは繁華街から少し入っただけなのに、住宅地が広がっていて、意外だった。
 低層マンションの三階でエレベーターを降りるとすぐの部屋が木佐さんのもので、彼はドアの鍵を開けると、中に通してくれた。

(男の人の部屋に入るのは初めてだわ)

 ワンルームマンションだから、造りは私の部屋とさして変わらず、入ってすぐ居室がある。
 手前にはグレーと黒のツートンカラーのラグ、チャコールグレーのソファー、ダークブラウンのローテーブル、テレビ、その奥にはベッドが見えた。
 ローテーブルには本や雑誌や郵便物が積み重なってたり、ベッドは布団が起きぬけのままの形でめくれていたり、パジャマが乗ったりしていたけれど、男性の一人暮らしの割にすっきりしてオシャレな部屋だった。
 
「着替えるから、その辺に座ってて。コートはこっちに掛けようか」

 私のと自分のコートを玄関のポールにかけると、木佐さんは私の腰を押して、ソファーに誘導した。
 木佐さんは着替えると言ったわりにキッキンへ行って、電気ケトルに水を注ぎ、スイッチを入れた。

「コーヒー淹れるけど、飲む?」
「はい。ありがとうございます」

 ドリップを用意してから、木佐さんはチェストの前に移動した。
 背広を脱いでハンガーに掛け、ネクタイを緩める。
 ワンルームだから、当たり前なんだけど、目の前で着替えられて、顔が熱くなってくる。

「よかったらコーヒー淹れましょうか?」
「うん、ありがとう」

 お湯が沸いた音がしたので、声をかけると、振り向いた木佐さんは目を細めて答えた。
 コーヒーを淹れていると、木佐さんの着替えを意識しないで済む。
 コーヒーの粉に少しお湯を垂らして蒸らすと、芳しい香りが立ちのぼった。
 お湯を回し入れていると、着替えた木佐さんが隣に来た。
 カーキの薄手のセーターとブラックジーンズに着替えていた。色の組み合わせがオシャレだ。
 お皿を出して、さっき買ったパンを乗せる。
 木佐さんはカレーパンに明太子フランス、私はアンパンを選んだ。どれもちょうど焼きたてだった。
 木佐さんが出してくれた揃いのカップにコーヒーを注ぐ。
 ローテーブルにパンとコーヒーを運ぶと、私たちは横並びでソファーに座った。
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