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エピローグ

そしてまた燃え上がる

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 春。それは別れと新たな出会いの季節。そして新たな人生の幕開けとされる季節。我らが学生も卒業シーズンを終え、入学シーズンに入り、サークル勧誘が盛んになる季節となった。

 だがまるで俺には関係のない出来事であった。

 約一年の休学。今期から復学し、友人は皆無。知り合いにはできるだけ会いたくない。こんな俺にとって桜の季節とは学生が飲んで酔って潰れるのを他所から眺めるだけの季節である。

 つまるところボッチである。

 本来ならば休学仲間である桜庭か北御門あたりとつるむことになるのだが、あろうことかそいつらはそのまま退学していった。

 俺が目覚めてから復学まで色々あった

 まずは全ての人々の記憶が元に戻った。戻るタイミングは妹が人知を超えた人力で行っていたため、まちまちであったが今では漏れなく記憶が戻っている。工藤さんのような例が他にも数例あったらしいが、流石にこれで妹を責めるのはお門違いゆえ文句はほとんど出なかった。

 事件自体は精霊が起こした世界規模のテロとして扱われることになる。解決済みゆえ隠されていた情報は伏せられることなく公開されるに至った。大体は俺が知っている内容であったが、精霊を殺すべきという意見を抑えるべくアンジェラが人に寄り添う精霊として仕立て上げられたのには笑ってしまった。あの記憶を奪って回っていた姿とはまた別人で、愛ある精霊として樹神さんに紹介されて辟易とした顔をテレビでお茶の間に放送された。それでも美少女に成長した容姿からダウナー系金髪少女としてロリコンどものアイドルになった。妹はどうにかこのムーブメントに乗っかってアンジェラをヒマワリに加入させられないか企てているとのこと。

 また、今回の事件において桜庭はテロリスト、人類の裏切り者、海外じゃあユダなんて呼ばれ方をしていた。本人は工藤さんを取り戻すためならなんでもしただけで本人に裏切りの意志はない。傍迷惑野郎なだけである。だがケイオスへのトドメ、乱入騒ぎに世界中で戦いを見守っていた者は首を傾げた。結果として記憶は取り戻せたということもあって、俺と戦いたかったことを最大限良い方に捉えた結果、桜庭はケイオス陣営に潜入していたスパイということになった。

 それで許されるのがプロゲーマーのネームバリューというものらしい。

 不祥事を起こしてもシレっと復帰している芸能人はずるい。

 こちとら大したことをしてなくてもアンチが付きまとうというのに。

 英雄になった桜庭であるが、多方面に迷惑をかけたことは許されなかったらしく今は奉仕活動、プロゲーマーとして稼いだ金は寄付する、退魔師へ電脳世界における力の使い方のレクチャーなど馬車馬の如くただ働きさせられていた。そちらが忙しく大学は退学することになったらしい。

 まあ、本人にしてみればそんなことは些事でしかない。記憶が戻った工藤さんに本気で説教されて一か月くらい口も聞いて貰えなかったことの方が遥かに堪えていた。

 同じく退学した北御門であるが、こちらは桜庭とは違って栄転であった。今回上手いこと事件に関わっていたことで上の覚えがよくなりお声がかかったとのことだった。似たような所では西野さん、堂島さん辺りも昇進するらしい。その中で北御門だけは不服そうな顔をしていた。自分の実力じゃないのに、と吐露したら西野さん堂島さんに「青いなぁ」と笑われていた。

 今回の事件に関わった人でいうと辞職した電脳科学庁大臣であるが、今回の功労が内々で認められたらしく樹神さんら地上に残り続ける神からの覚えも良くなり、次の選挙後にポストを用意されるとのことだ。ゆくゆくは総理大臣候補に立候補しようと息まいているらしい。いい年なのに元気なことだ。

 あとは……そうだなバイト先の店長も関わったといえば関わっていた。俺と桜庭がいなくなり、どうしようと頭を悩んでいたところ、天樹会が迷惑をかけたと天樹会所属の若い人や中高年の方がバイトやパートで入ることになったらしい。その中で一人の女性と良い関係になり、籍を入れるという話も出てきているらしい。悪さのできない良い人ゆえ天樹会の幹部に勧誘するという話も挙がっているらしいが「天樹会の幹部って地元の人が皆入りたがるアレでしょ? 自分なんかじゃとてもとても」とあのギラギラ社長たちの説明会を知っているのか珍しく断固拒否の構えを見せたという。「それがまた良い」というのが天樹会での店長の評価であった。

 我が女神シオミンこと汐見柚子は今回の事件を機に世界中に名が知られるようになる。アイドルから世界的アーティストとして広まり、ビックデータを活用して多言語キャラをも確立。ソロでワールドワイドに活躍する一方、ヒマワリとしての活動も精力的に行っていた。休む暇もなさそうで心配であるが本人は「早めに確かめたいことがあるから今は少しでも無理しておきたいの」と言っても聞かなそうであった。

 神になった妹はというと、配信業も引き続き行いながら先日女子高生に復帰した。元々通っていた高校では諸々の事情から受け入れ態勢が厳しいということから、やんごとなき方も通うという由緒正しい私立高校への転校となった。神でさえも受け入れる懐の深い学校ではあるが、通う方々もいい所のお坊ちゃま、お嬢様であり、そこに妹が入ることに問題はないのかと心配にはなる。品行方正な学校ゆえイジメなどはないと思うが、主に学業面で遅れを取りそうではある。素質が悪くても親の資金力で成長してきた方々とまさしく何の努力もしてこなかった正真正銘の馬鹿ではどうしようもない差がある。来年の春発売するゴシップ紙で「神様が留年!」という見出しを見ないよう願うばかりである。

 さて皆何かしら前へ進んでいる。それも前向きな方向で。

 俺はどうだろうか。

 世界を救ったのにも関わらず元の評判が悪すぎて英雄に成り損ね、一人留年し、学内に友人はおらず、シオミンの配信を糧に生き延びるだけ。元の生活に戻ったといえばそこまでであるが旅館での快適な生活と比べると凄まじく荒んだ日常だろう。今は妹も学校があるため、ちゃんと家を借りて別で暮らしている。本当の本当に一人ぼっちなのだ。バイトもしていないためここ数日まともに声を出した記憶すらない。

 里で知り合った雪女と一反木綿からたまに連絡が届くことがある。

 内容はだいたい「人間社会が辛くなったらいつでも帰っておいで」と末尾に嘲笑する顔文字が添えられたものである。心配してるのか煽りたいのかハッキリしろという内容であったが、今の俺には効果抜群ゆえ止めてもらいたい。本当に帰ってしまいそうになる。

 来年には就活が控え、インターンやら勉強やらを頑張らなければならないというのに。

 その前に病んでしまいそうになる。

 元に戻っただけなのに辛い。

 一度贅沢を知ったら元の生活に戻れなくなるというが、昔の人は上手いこと言ったもんだ。

 何か趣味でも作ろうか。免許を取ったし、ドライブを趣味にするのもいいだろう。電脳世界の発達でマイナー趣味になってしまったが、現代ならばリーズナブルに楽しめる趣味の一つだ。車本体が少々値が張るが、ガソリン代に車検代は昔に比べればだいぶ安くなっていた。

 ただ懸念として今以上に一人で完結してしまう趣味ゆえボッチが進行しそうな感が否めない。

 アッシー君と呼ばれたパシリになるにも最低限度のコミュニケーション能力が問われてしまうため、俺には難しい。そう思うと上に愛され、下に馬鹿にされる潤滑油的存在であるパシリはとてつもないコミュニケーション能力の持ち主なのではなかろうか。

 就活で「私は潤滑油です」という言説が流行った時代があると聞くが、当時の就活生は皆コミュニケーション能力が高い人間ばかりだったのだろう。ああ、当時に生まれていなくてよかった。今の時代に適合できているかは別として。

 そんな馬鹿なことを考えていたら妹からのメッセージで「天樹会に来て欲しいって樹神が言ってた」とお呼び出しがかかった。

 天樹会へ赴くと二人きりの応接間で開口一番で樹神さんは言った。

「新しい世界が生まれたんやけど、助けてくれへん?」

 すかさずこう返した。

「大学が忙しいのでお断りします」

 嘘である。嘘も方便である。

「バイトだと思うてやってくれへん? バイト代弾むで」

 免許取得で金欠なのは間違いないから儲かるバイトなら助かりはする。ただそれ以上に厄介ごとの香りがプンプンする。

「内容は?」

「お、やってくれる?」

「聞いてから判断します」

「いけずやなぁ」

 樹神さんはタブレット端末を操作して俺に渡してくる。

 そこに映るのは様々な壮大な景色が映る写真だった。

 雲を突き抜け山に根付く大樹。

 発光する氷塊が浮かぶ大海。

 虹色の湖。

 巨大な惑星が夜空に見える空。

 点々と生い茂る森が存在する広大な砂漠。

 どれも良く作られた実写的CGだと言わんばかりのリアリティの無さであった。

「これはどこかの電脳世界ですか?」

「そうだともいえるし、そうでないともいえる」

 歯切れが悪い。

 樹神さんは一度タブレット端末を受け取り、ちょっとした操作をしてから俺にもう一度渡す。

 切り替わった画面には汐見が映っていた。雲を突き抜け山に根付く大樹を背景にして。

「お兄さん久しぶり。元気だった」

 手を振る汐見は「録画だから返事とかはいらないよ」と言って、背景を見せるように画面端に移動する。

「じゃじゃーん! これを見てください。ここはとある電脳世界であって、電脳世界ではない世界となります。ではここがなんなのかというとマイマイが作っちゃった世界になんです!」

 頭が痛くなることを汐見は言った。

「なんでもバラバラだった電脳世界の神様の力が一つになった余波でできちゃったみたい。天地創造ってやつを起こしちゃうなんて本物の神様みたいだよね。実際、本物の神様なんだけど。マイマイは良い意味で神様っぽくないからね」

 画面の中央に汐見が戻る。

「今はマイマイが招待した人しか入れない閉じられた世界なんだけど、迷い込みやすい体質の人とかが入って意識が戻らないって件が起きちゃってるの。それに新しい世界だから神様とかも新しく生まれるんじゃないかっていうのが宮内庁の見解で、そういう経験のない神様達を導く役が欲しいの。お兄さんとお兄さんの中にいるアンジェラちゃんのコンビなら上手いこと対処できそうって白羽の矢が立ったのがお呼び出しの理由。だから協力して欲しいなって」

 ああ、俺はまた面倒ごとに巻き込まれようとしている。

 だが何と言おうと俺は拒否する。

 我が女神を駆り出せばなんとかなると思ったら大間違いだ。

「最後に一つ。この世界なんだけど違う世界のルールで運用されてて、汐見も本物の人間として扱われるみたい。愛の結晶も作れるって。手伝ってくれないと、どこぞの馬の骨と愛を育んじゃうかもなぁ」

 動画はそこで途切れた。

「どうや。やってくれるか?」

「浅学非才の身ですが尽力させていただきます」

 スパーンと頭をはたかれた。背後に現れたアンジェラに。

「貴方の守護天使から浮気する気かしら?」

 凄まじい怒気を放つアンジェラ。

「痴話喧嘩ならあとにしてくれへん?」とニマニマ笑う樹神さん。

「申し訳ございません。主人があまりに見苦しかったため」

「ええよええよ。キャバクラの営業メールに本気になる旦那っぽくて面白かったから」

 我が女神をキャバクラの営業メールとはなんという言い草だ。

「んでやってくれる?」

「謹んでお受けいたします」とアンジェラは恭しく頭を下げた。

 どちらにせよ受けるのであれば叩かれ損なのではなかろうか。





****





 数日後、俺は人類未踏の地を踏んでいた。

 空に浮かぶ島。

 弱い弾力性の土でできた島は歩いているだけで飛んでしまいそうになる。

 そこから見下ろす大地は圧巻の一言に尽きた。

 およそ人が想像しうる幻想的な風景の全てがそこにあった。

「死ぬ前に見ておきたい風景だな」

 そう呟いたら隣の妹が「にーちゃんがそれ言うのシャレにならないからやめて」と怒られてしまった。

 後ろから桜庭がひょこっと顔を出す。

「馬鹿と煙は高いところが好きって言うからな。まー、凄い景色なのは同意するけど」

「お、舞香。ここにも馬鹿がいたぞ」

「お前に言われたくねえよ」

「私たちみんなバカなんだから言い合ってもしかたなくない?」

 俺と桜庭は声を合わせて「そりゃそうだ」と肩を竦めた。

 桜庭は言う。

「危険のない世界だ。力さえ使わなきゃ死ぬことはない。そのうち解放して人で賑わうことになるだろうな」

「どれくらい先になるかわっかんないけどね。生まれたばかりの神様たちの成長速度えっぐいから下手したら来年にはオープンするかもしれないけど」

 俺は言った。

「人がいない世界は見納めかぁ」

「人を入れるのは反対派か?」

「そうじゃねえよ。ただせっかく俺らが一番乗りなのに何もできないの勿体ねえなって」

 妹がピコーンと閃いた顔をする。

「じゃあさ! 配信とか動画にしちゃおうよ! どうせいつか発表するんだしエンターテインメント的に、私たちが一番乗りだって証明するためにもさ! そんで自慢し尽くそうよ!」

 俺は尋ねる。

「また炎上するぞ」

「おーおーにーちゃんもしかしてビビってる?」

 妹に煽り散らかされる。加えて桜庭が合いの手を入れてくる。

「やってやろうじゃねえか!」

 こうして配信で自慢し尽くした結果、俺のアンチの手による大炎上。

 工藤さん、汐見、アンジェラ、樹神さんがフォローに入るも火の勢いは収まらず、結果想定よりも早くオープンすることになってしまった。





****





 後に現代の創造神話と呼ばれる事件はこれにて幕引き。

 妹が電脳世界の神になり、巻き込まれた兄は務めを果たした。

 だが悲しいことに創造神話は終わっても人生は続いていく。

 電脳世界探索にかまけすぎて留年しかけたり、アピールポイントが何もないし炎上した事実が色濃く残っていたせいで就活全敗したり、何又かしているナンパ野郎扱いされて誰にするか決断を求められたりする。あまりのストレスに呆れた影が復活し寄り添ってくれることもあった。

 どれも学生時代に起こった出来事である。

 いつも世界が終わったと絶望したがなんとかなってきた。

 世界は辛く厳しいし、理不尽に溢れてる。世界の方が間違ってることが山ほどある。

 けれど折れるぐらいなら面白おかしく騒いで生きていこう。

 そういう心意気で生きていこう。

 心を燃やして生きていこう。

 そしてまた炎上するのだ。
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