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秘された祝詞
壱
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*
三月下旬、神修は間もなく旅立つ卒業生たちのために満開の桃の花を咲かせていた。
教壇に立つ薫の話を聞き流しながら窓の外をじっと見つめていた泰紀は、昨日から妙な胸騒ぎを感じていた。
何が悪い予感がするような妙なざわつきだった。明日のことを考えて緊張しているのか、それとも別の何かか。
「はい、じゃあホームルームは終わりね。春休みの宿題ちゃんとやってくるんだよ、泰紀」
名前を呼ばれてハッと顔をあげる。その時、下校時刻を知らせる鐘が鳴り響いて、勢いよく立ち上がった。同時に机の横に掛けていた鞄を肩にかけ、脱兎の如く教室を飛び出す。
「ちょっと待てちょっと待て」
襟首を掴まれる感覚がして振り返ると、薫の形代が己を捕まえていた。
「薫先生、俺いちばん早い車で帰りたいんだよ! 離してくれよ!」
「その前にひとつ聞きたいことがあるの。すぐ解放してあげるから」
唇を尖らせた泰紀が勢いよく形代の手を振り払って、歩いてくる薫を「なんだよ?」と見上げる。
「巫寿たちから、連絡あった?」
ここ数週間、何度も何度も色んな大人たちから尋ねられた質問だった。
クラスメイトの五人が黙って神修を立ち去った。
どこへ行ったのか、何が目的なのか。幾度となく尋ねられたが「知らない」の一点張りで通している。
実際に彼らがどこにいるのかは把握していないし、最終目的は知っていても今何をしているのかは全くもって分からないので嘘はついていないはずだ。
「ない」
泰紀がそう即答すると、困ったように首をさすった薫がため息をこぼす。
連絡だって一度たりとも届いていない。これも嘘じゃない。
「嘘じゃないね? 隠し事もなしだよ?」
「だから知らないってば! じゃあな、また四月!」
扉を塞ぐように立っていた薫の脇をすり抜けて廊下に飛び出す。授業終わりの学生たちが、これから始まる春休みに思いを馳せて軽やかな足取りで歩いている。
そのまま迷わず寮へ走る。自室に飛び込んで、枕の下に隠していたそれを取り出した。
紐が通された木札だ。表面には「通行許可札」とあり裏面は御札のように崩した字で何かが書かれている。恐らく本庁内に貼ってある結界を通り抜けるための札なのだろう。
クラスメイトたちと別れた夜、直前に恵衣からこれを手渡されてあることを頼まれた。
『泰紀、ひとつ頼めるか』
普段は憮然とした態度で己を小馬鹿にするように鼻で笑う男が、真剣な顔で話しかけてきた。
『な、なんだよ。お前が下手に出てくると怖いんだけど』
『これ、受け取れ』
そう言って渡されたのがこの木札だった。
『本庁の中を自由に歩き回れる札だ。これを使って本庁内の資料室から、空亡戦に関する禄輪禰宜の報告書を探し出してくれ』
その真剣な目には心当たりがあった。誰かを守りたいと心から願う奴の目立った。
断る理由はない。今晩ここで袂を分かつことになったとしても、目指している場所は同じだと思っていた。
力強く木札を受け取った。
『俺からもひとついいか?』
ん?と恵衣が首を傾げる。
『慶賀のこと、頼む。あいつ無茶ばっかりするからさ、またバカなことしないようにしっかり見張っててくれ』
唯一無二の親友は、さっきから一度も目が合わなかった。何度か話しかけようとしたけれど、その背中は自分を頑なに拒んでいた。
『ああ、任せろ』
ふっ、と目を細めて笑った恵衣が頷く。こんなによく笑うやつだったか?と少々奇妙に思いながら「頼む」ともう一度恵衣の肩を叩いた。
「決行は、明日だ」
窓の外に目をやって小さく呟く。
力強く木札を握りしめた。
三月下旬、神修は間もなく旅立つ卒業生たちのために満開の桃の花を咲かせていた。
教壇に立つ薫の話を聞き流しながら窓の外をじっと見つめていた泰紀は、昨日から妙な胸騒ぎを感じていた。
何が悪い予感がするような妙なざわつきだった。明日のことを考えて緊張しているのか、それとも別の何かか。
「はい、じゃあホームルームは終わりね。春休みの宿題ちゃんとやってくるんだよ、泰紀」
名前を呼ばれてハッと顔をあげる。その時、下校時刻を知らせる鐘が鳴り響いて、勢いよく立ち上がった。同時に机の横に掛けていた鞄を肩にかけ、脱兎の如く教室を飛び出す。
「ちょっと待てちょっと待て」
襟首を掴まれる感覚がして振り返ると、薫の形代が己を捕まえていた。
「薫先生、俺いちばん早い車で帰りたいんだよ! 離してくれよ!」
「その前にひとつ聞きたいことがあるの。すぐ解放してあげるから」
唇を尖らせた泰紀が勢いよく形代の手を振り払って、歩いてくる薫を「なんだよ?」と見上げる。
「巫寿たちから、連絡あった?」
ここ数週間、何度も何度も色んな大人たちから尋ねられた質問だった。
クラスメイトの五人が黙って神修を立ち去った。
どこへ行ったのか、何が目的なのか。幾度となく尋ねられたが「知らない」の一点張りで通している。
実際に彼らがどこにいるのかは把握していないし、最終目的は知っていても今何をしているのかは全くもって分からないので嘘はついていないはずだ。
「ない」
泰紀がそう即答すると、困ったように首をさすった薫がため息をこぼす。
連絡だって一度たりとも届いていない。これも嘘じゃない。
「嘘じゃないね? 隠し事もなしだよ?」
「だから知らないってば! じゃあな、また四月!」
扉を塞ぐように立っていた薫の脇をすり抜けて廊下に飛び出す。授業終わりの学生たちが、これから始まる春休みに思いを馳せて軽やかな足取りで歩いている。
そのまま迷わず寮へ走る。自室に飛び込んで、枕の下に隠していたそれを取り出した。
紐が通された木札だ。表面には「通行許可札」とあり裏面は御札のように崩した字で何かが書かれている。恐らく本庁内に貼ってある結界を通り抜けるための札なのだろう。
クラスメイトたちと別れた夜、直前に恵衣からこれを手渡されてあることを頼まれた。
『泰紀、ひとつ頼めるか』
普段は憮然とした態度で己を小馬鹿にするように鼻で笑う男が、真剣な顔で話しかけてきた。
『な、なんだよ。お前が下手に出てくると怖いんだけど』
『これ、受け取れ』
そう言って渡されたのがこの木札だった。
『本庁の中を自由に歩き回れる札だ。これを使って本庁内の資料室から、空亡戦に関する禄輪禰宜の報告書を探し出してくれ』
その真剣な目には心当たりがあった。誰かを守りたいと心から願う奴の目立った。
断る理由はない。今晩ここで袂を分かつことになったとしても、目指している場所は同じだと思っていた。
力強く木札を受け取った。
『俺からもひとついいか?』
ん?と恵衣が首を傾げる。
『慶賀のこと、頼む。あいつ無茶ばっかりするからさ、またバカなことしないようにしっかり見張っててくれ』
唯一無二の親友は、さっきから一度も目が合わなかった。何度か話しかけようとしたけれど、その背中は自分を頑なに拒んでいた。
『ああ、任せろ』
ふっ、と目を細めて笑った恵衣が頷く。こんなによく笑うやつだったか?と少々奇妙に思いながら「頼む」ともう一度恵衣の肩を叩いた。
「決行は、明日だ」
窓の外に目をやって小さく呟く。
力強く木札を握りしめた。
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