浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

文字の大きさ
15 / 63

14話『トルネアへの道すがら』

しおりを挟む



「……そろそろ休憩にいたしましょう」

御者台からグレイの声がして、馬車がゆっくりと止まった。

うとうとしていたレオニスの頭が、膝の上でわずかに動く。

私が声をかける前に、彼はふと目を開けて、軽く瞬きをした。

「着きましたよ」

そう言おうとした瞬間、レオニスは静かに身を起こし――次の瞬間、何も言わずに私の身体を抱き上げた。


「えっ、ちょっ、えぇ!?」

「歩けないだろう?」


低く短い言葉。
毎度ながら……感覚がない。


「そうですけどっ!」


抗議しようとしたけれど、そのまま扉の外へ出た瞬間、夜の冷たい空気に包まれて、言葉が喉の奥で止まった。

外はすっかり暮れていて、街道沿いの小さな休憩所に焚き火の灯が揺れている。
馬の吐息が白く、夜霧がほのかに立ちこめていた。


腕の中のレオニスは、無言のまま歩を進める。
私が少しでも身じろぎをすれば、その腕に力がこもるのがわかる。


「少しすれば……自分で歩けますから」

「そうか?」

そう言いながら、彼は離さなかった。


そのまま休憩所の前に着くと、ようやく私をそっと下ろしてくれた。
温かな手の感触が、離れたあともしばらく残っている。


や、やりづらいなあ、もう。



レオニスが私を下ろすと、「少し見てくる」とだけ言って、馬の様子を確かめにその場を離れた。

冷たい夜気の中、私は石の腰掛けにそっと腰を下ろす。

火の粉がぱちぱちと弾け、灯火の橙が足もとを淡く照らしていた。

その場に残ったのは私とグレイだけになった。

焚き火の光がゆらゆらと揺れて、あたりには馬の鼻息と、薪のはぜる音だけが響いている。


「お顔色が、良くなられましたね」

「え?」


不意に声をかけられて振り向くと、グレイは湯気の立つカップを差し出しながら、意味ありげに微笑んでいた。


「ここ数日、レオニス様はほとんどお休みになっていませんでしたから」

「……」

「ですが今日は……ぐっすりと。おそらく久しぶりに“安眠”されたのでしょう。安心しました」


「……何が言いたいの?」

「いえ?」


その一言だけを残す。

穏やかな微笑み。

焚き火の灯が彼の横顔を照らし、その微笑みがどこか“すべてお見通し”のように見えて、私はなんとなくカップを持つ手に力を込めた。


「グレイって……何歳なの?」


ぽつりと聞くと、湯気の向こうで彼がきょとんと瞬いた。
焚き火の光が頬を照らして、いつもより柔らかい顔をしている。

──黒髪にほのかな白い光が混じって、整ってるけど落ち着いてる。

背筋が伸びていて、手の動きがやけに丁寧。

(……若いわよね? 三十手前くらい?)


「三十六です」

「え、意外といってた」


思わず口をついて出ると、グレイは小さく笑った。


「レオニス様とは、もう長い付き合いですので」


にっこり。と。

なにその笑顔胡散臭い。


「何でもわかってる顔してるわよね」

「奥様よりは」


どーゆー意味よ!!

知ってるわよ、原作読んでたんだから!!


「グレイって、レオニスとはいつから一緒に?」


何気なく聞いたつもりだった。

けれど、カップを口に運んでいた彼の手が、ふと止まる。

焚き火の火が、ぱちりと弾けた。



「もう、二十年ほどになります」

「そんなに……?」

「ええ。北部の前線都市で軍を率いておられた頃からです」


遠くを見るような目をして、グレイは淡く笑った。


「当時の殿下は、よく笑うお方でした。身分を隠して兵舎に現れては、若い兵たちと一緒に食堂で飯を食べ、剣を振り……雪の降る夜にも、灯り一つで報告書を読んでおられた」


(……想像通りの堅物だ)



「それが今のように、あまり笑わなくなられたのはいつ頃か……」

「あ、元々ああじゃなかったの」

「リディア様とご結婚なされてからですね」


う、わー。童貞のこじらせ愛ですか。


「好きすぎて笑えなくなったんじゃない?」

「そう思われますか?」

「そうじゃないならなんなのよ」


こちとら原作知ってるんだからね!?(2回目)




「ところで――奥様は、一体何者ですか?」


突然の切り込みに、手が止まった。
焚き火の音だけがやけに大きく聞こえる。


「……な、何を言ってるの?」

「いえ」


グレイは穏やかな微笑を浮かべたまま、こちらをじっと見つめた。

その瞳の奥が、鋭く光る。


「私の知るセレーネ様とは、ずいぶんと……変わられたように見えまして。まるで――別人のように」


背筋がすっと冷たくなる。


「わ、私は私よ」

「そうでしょうか。以前の奥様は、あれほどまでにレオニス様にご執心でいらしたのに」

「……心変わりなんて、誰にでも起こるでしょう?
あんな扱われ方してれば、誰だって愛想尽きるわ」

「まあ、確かに」

グレイは唇の端をわずかに上げて、湯気の向こうで静かに笑った。


「それが――功を奏したのですね」

「……は?」

「ローレンス家のご援助は、喉から手が出るほど有難いものでした。ですから、お二人のご関係が円満であればあるほど、私としては助かります」


焚き火がぱちりと弾ける。


「……なんなのよそれ。遠回しに何言ってるの?」

「奥様」


グレイは丁寧に一礼し、声を落とした。


「お二人が“微笑ましく”見えるという話です」



おっさん、何ゆうとんじゃい。




「残念だけど、その未来はないわ」


火の粉がぱち、と弾けた。
私の声はそれに紛れて、夜気の中に溶ける。

グレイの穏やかな笑みが、わずかに揺らいだ。


「……そんなことを言わずに」

「私がどうこう出来る問題じゃないのよ」


唇を噛み、焚き火を見つめる。
その橙の光が、私の顔を硬く照らしていた。


「まるで――未来を知っておられるような物言いですね」

「だとしたら?」



沈黙。
ふたりの視線が交錯し、炎のはぜる音だけが響いた。

その時。



「――随分と仲がいいんだな」


低く響く声に、空気が張りつめた。
振り向くと、レオニスが焚き火の向こうに立っていた。

外套の裾を風に揺らし、目だけが夜の光を映している。


機嫌悪そうすぎてびっくりする。



「大公様」


グレイが静かに立ち上がる。 


「奥様に、旅の疲れを癒やしていただいておりました」


穏やかな口調。

まるで張りつめた空気に水をさすように、彼の声が焚き火の音に溶けていく。


レオニスは黙ってグレイを一瞥し、「そうか」とだけ答えて視線を私に戻した。


「足はもう大丈夫か?」  


表情は相変わらず無愛想なのに、その声音の奥には、
ほんのわずかな安堵が滲んでいる気がした。 



「えっ?ああ、だ、大丈夫」

「のこりの道はもう不要だ」

「あ、いいの?」

「……」


わずかに眉を寄せたその顔は、どう見ても“良くはなさそう”で。

なのに、どうしてだろう。

そんな彼が少しだけ人間らしく見えて、思わず笑ってしまった。


「じゃあいいのね」



ちょっと意地悪にそういうと、すごく悲しそうな顔をするから。



「痩せ我慢するなら言わなきゃいいのに」



結局私は、残りの道中も足を痺れさせるのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...