浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

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58話『天賦』

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 被災地に入ると、崩れかけた建物の間を縫うように、ローレンス家の職人たちが補修作業を進めていた。

 街道の補強、橋梁の再建。
 最新式の測量器具、鉄骨の搬入——そのどれもがローレンス家の圧倒的技術力を物語っている。

 アーヴィングは黙って視察を続けていたが、俺は作業風景を見つめながら、ゆっくり口を開いた。

「……ローレンス家の技術は、やはり素晴らしい。
 今はその力を借りて復旧が進んでいますが——」

 アーヴィングが横目で俺を見る。

「この街が本当に立ち上がるのは、この土地の人間が、復興を“自分たちの手で成し遂げた”と感じた時だけです」

 アーヴィングの眉がわずかに動いた。

「外から与える支援は、必要です。
 ですが、それだけでは人も土地も育ちません」

 俺は瓦礫の山の向こうで、汗を流しながら働く若い職人たちを見つめた。

「彼らは今、ローレンス家の補修技術に触れている。
 この経験は、必ず未来へ残ります。
 数年後には、この土地の職人たち自身が復興の中心になっているはずです」

「……地方自立型の再建、か」

 アーヴィングが小さく呟く。

「はい。
 そしていずれ——この街で培われた技術を、帝国全土へ派遣できる体制を作りたい」

「あの技術を、“外へ出す”というのか?」

「ええ。
 ローレンス家の技術を模倣するだけでなく、彼ら自身が“自分たちの成功例”として誇れる技術を持つべきです」

 俺は続けた。

「災害はどこで起こるかわからない。
 どの地方にも“復興の担い手”が必要です。
 この街が、そのモデルケースになれると考えています」

 アーヴィングの表情が僅かに変わる。
 驚きと、興味と、そして——評価。

「……なるほど、エルバーンの民を育てるというのか」

「はい。
 ローレンス家が支援を続けるのではなく、地方が地方を助け合える帝国を作りたいのです」

 その瞬間、アーヴィングは息を呑んだ。

「……権力強化ではなく、育成ということか」

 俺は首を縦に振った。

「ローレンスの技術は、国を救う武器になります。
 ですがそれを永続的な力に変えるには——各地が自立し、互いを支え合う自立が必要です」

 アーヴィングはしばらく沈黙し、やがて深く息を吐いて言った。

「……君は本当に、大した器を持っているな」

 その声には、もはや戸惑いも疑いもなかった。







 午後三時。
 復興作業も一段落し、職人や兵士たちがいっせいに手を止め始めた。

「さて、休憩だな」

 アーヴィングが腕時計をちらりと見た瞬間——広場の端から、香ばしい甘い香りが風に乗って流れてきた。

「……ん? なんだこの匂いは」

 エルバーン家の使用人たちが大きな籠を抱えて現れ、作業員たちへ次々と焼き菓子を配り始める。

 丸くてこんがりと焼けた、小さなタルト。
 表面には淡い金色のシロップがつややかに光っている。

「甘さが疲れた身体に染みる美味さだ……!」

「うまっ……! 何だこれ!」

 職人たちがざわつき、目を丸くして食べ始めた。

 アーヴィングもひとつ手に取り、じっと見つめてから一口かじる。

「……っ!? これは……」

 明らかに驚いた顔だ。

 砂糖の甘さだけではない、果実の酸味と香りがふわりと広がる。

「エルバーン家の菓子職人は、いつからこんな腕を……?」

 アーヴィングが不思議そうに呟くと、横でタルトを口にした俺も目を見開いた。

「……驚きました。
 焼き立ての香りが、これほど上品に仕上がるとは……」

 使用人が、軽く頭を下げながら言う。

「失礼いたします。それ、セレーネ様のご発案でして」

「——え?」

 アーヴィングの手が止まり、俺も振り返った。

「セレーネが……これを考えたのか?」

「はい。
 “復興作業は体力も気力も使うものだから、甘いものを少しでも”と。
 それに、外で食べやすいよう小さくまとめて、と」

 アーヴィングと俺は同時に息を呑んだ。

「……ですが、子ども達にも大人気でして……まったく数が足りなくて困ります」

 使用人が困り顔で笑うので、俺は思わず吹き出した。

「そうか。……ならば、専用の作業場を作ろう」

 即断の声に、横で控えていたグレイが目を丸くする。

「作業場、でございますか?」

「ああ。
 あの味が安定して供給されるのなら、復興現場だけでなく街全体の活気にもなる。
 材料の保管庫と簡易厨房を併設した施設を——すぐに用意してくれ」

「はっ、承知しました!」

 グレイが駆けていくと、隣でタルトを二口目に運んでいたアーヴィングが、感心したように唸った。

「……ほう。では私も乗せてもらおうか」

「……ローレンス侯が?」

「当たり前だろう。
 あの子に、こんな才能があったとは思わなかった。
 ならばローレンス家として、最大限の支援をするのは当然だ」

 アーヴィングはまったく迷いのない顔だった。

 政治や計算ではなく、ただ娘の能力を誇る父の顔だ。

 俺も思わず微笑む。

「……ありがとうございます。セレーネも喜ぶと思います」

「うむ。あれは昔から気の回る娘だが……ここまでとはな」

 二人が柔らかく笑い合う。




 ——その時。

 少し離れた場所で子どもたちの様子を見守っていたクライヴが、わずかに首を傾げて2人を見ていた。

 青灰色の瞳が、明らかに訝しげだ。



(……昔から気が回る?)



 クライヴの眉が、ほんの少しだけ寄る。



(悪知恵には頭が回るとは思っていたが……あのセレーネお嬢様が?……やはり……おかしい)




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