3 / 63
友の涙
しおりを挟む断罪を決めたきっかけは、彼女の涙を見た時だった。
「ジョルジュ様・・・っ、そんな・・・っ」
私の隣で友人のアリアが消え入りそうな声で呟き、ハラハラと涙を流している。
「アリア・・・」
最近元気のない彼女の気晴らしになればと、中庭でのランチに誘った。でもそれは失敗だった。
中庭に繋がる渡り廊下を渡る際に、声が聞こえたのだ。
「やんっ、ジョルジュ様っ。もう無理・・・っ、せっかく服を整えたのにまた脱がそうとしないでぇ。もう2回もしたでしょ?」
「足りない・・・っ、全然足りないんだよデイジー・・・っ」
「ああっ、耳ダメぇ・・・っ」
「「・・・・・・・・・」」
確実に聞いた。
隣の友人の婚約者の名前を。
私達は無表情になった顔を見合わせ、互いに頷き、声のした方向に足音を立てずに近づいた。
すると、渡り廊下から外れた目立たない植え込みの裏で、アリアの婚約者であるジョルジュ様が男爵令嬢を抱きしめている場面に遭遇した。
しかも彼の手は不埒な動きをして男爵令嬢の体を這い回り、片手は令嬢のスカートの中に入りモゾモゾと動いている。
男爵令嬢が「ダメっ、ダメだってばぁ・・・っ」と言いながら男に縋り付いていた。
私は条件反射で左耳のピアスに触れて魔力を流す。
そして冒頭に戻るのだ。
アリア・サージェス。
私の親友が泣いている。
サージェス侯爵令嬢の彼女とは、幼少時から交流を深めてきた。
王家の影だとは言えていないけれど、私はカーライル商会の次期会長、彼女はサージェス家次期女当主として互いに切磋琢磨してきた同志なのだ。
そんな彼女が婚約者に裏切られ、泣いている。
目の前で乳繰り合っているのは宰相子息であるジョルジュ・アイレンベルクと、バロー男爵令嬢。
あの阿婆擦れ、私の婚約者だけでなく陰湿メガネにも手を出していたとは───、
彼らから聞こえる淫らな声と音に、沸々と怒りのボルテージが上がっていく。
いつからこの学園は破廉恥学園になったのかしら?
なんなのこの汚物達。いつからこの学園はこんな無法地帯になったのかしらね?
よくも私の心の友アリアを泣かせたわね。
大体ここ、ランチ時に人通りのある中庭よ?
そんな所で何2人で盛ってるのかしら。
既に2回したとか言っていたから、もしかして授業サボって盛ってたって事?宰相子息が?
夏休み明けから彼らはBクラスに落ちたから学校にいるのかいないのかわからなくなってしまった。
卒業の学年でクラスが落ちるなど、高位貴族の中では前代未聞なのにまるで堪えてない様子。
発情期のおバカさん2人は盛り上がって深い口づけを始めたけれど、校舎から話し声が聞こえた途端に2人は離れ、「嘘!もう昼休み!?」と慌てふためきながら逃げるようにしてその場を離れた。
ちょうど校舎の柱の影にいた私達の姿に気づかずに。
───宰相子息も落ちぶれたものね。
昼食を食べに生徒達が次々に中庭に集まってくる。
でも私達はまだ中庭の広場に出られないでいた。
「アリア、コレを使ってちょうだい」
彼女にハンカチを差し出す。彼女は「ありがとう。ブリジット・・・」とか細い声で受け取り、涙を拭った。
「私が中庭でランチを誘ったばかりに…、ごめんなさい…」
「いいえ、貴女のせいじゃないわ。学園に入学する前から、何となくこうなる事はわかっていたの。彼とはあまり上手くいってなかったから…。実際不貞を目の当たりにして心が抉られたけど、きっと、諦めなさいという何かの掲示なのでしょう」
そう言ってアリアは儚く微笑んだ。
「それはつまり、婚約破棄を決断すると?」
「そうね・・・私、もうあの人を好きでいることに疲れてしまったの。私はあの人の好みじゃないみたいでね、可愛げがなくて生意気なんですって。もう、あの人のことでこれ以上傷つきたくないのよ。ジョルジュ様があの女性をお好きなら、もう私の関係ないところでお好きに行動なさったら良いのだわ」
アリア・・・。
「その言葉を待ってたわ!アリア!!」
「え!?」
私はアリア様の両腕を掴み、堪らず感情をむき出しにしてしまう。
「私、あの阿婆擦れと、それに群がる無能な貴族令息達に堪忍袋の緒が切れましたの」
「ブ・・・ブリジット・・・?」
スン・・・と無表情&低い声で言ったのが怖かったのか、アリアの綺麗な瞳が揺れた。
「実は私も婚約破棄を検討して証拠を集めている最中なの。そしたらあの阿婆擦れさん、私の婚約者だけでなく、他の殿方とも関係を持ってるのよ。そして今、ジョルジュ様にも触手を伸ばしている事が判明したわ」
私の言葉を聞いて、アリアの表情もスン・・・と消えた。
「まあ、あの方、ジョルジュ様だけでなくブリジットの婚約者様とも懇意に・・・?」
「ええ。それはもう糸同士が絡まって解けないくらい懇意にされてたわ。だからもう解くのも面倒くさいんで、そんな糸屑はハサミで切って捨ててしまおうかと思ってるのよ。ふふふっ」
にっこりしながら言うと、アリアの目がキラキラしてきた。
そして強い眼差しで私を見て、
「ブリジット、そのお話、詳しく聞かせてちょうだい!」
「ええ。いいわよ。ではランチをいただきながら話しましょう。腹が減っては戦は出来ぬと言いますからね」
「初めて聞いたわ。そんな言葉」
「東洋の国の言い伝えのようなものよ」
「まあ!流石ブリジットは博識ね!」
良かった。
少し気持ちが前向きになれたようだわ。
彼女の家であるサージェス侯爵家は、代々外交を担っている家門で語学や目利きに長けていて、諸外国の情勢に詳しい。
そして彼女はサージェス侯爵家の跡取り。次期女当主。
卒業したら人脈作りに隣国の大学に入学する事が決まっている。もちろん婚約者であるジョルジュ様も一緒にね。
ジョルジュ様は宰相子息だけど、次男なのでサージェス家に婿に入る立場。
それなのに、アレよ?
あり得ませんわ。
ちなみに、私の婚約者も同じ婿入りの立場。
カーライル侯爵家の跡取りである私に婿入りする予定だったのだけど、あんな色事に弱い男、私の伴侶としても影としても役に立たない。
あんなゴミ、もう要らないわ。
417
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる