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婚約破棄の代償
しおりを挟む朝食の場に顔を出すなり、両親が私の顔を見て苦笑いをする。
「ブリジット、───これはまたすごい顔だね?」
「目がすっごい腫れてるじゃない。今日が休日で良かったわね。後で侍女にフェイシャルマッサージしてもらいなさい」
「───はい」
昨日エゼルは、どうやら寝落ちした私をベットに運んで帰ったらしい。
絶対アイメイクが取れて目の周りが真っ黒だったはずだけど、きれいに取れていたからエゼルが拭いてくれたのだろう。
部屋から食堂に来るまでにすれ違った使用人達が私の顔を見てギョッとした顔をしたのが居た堪れなかったわ・・・。
「じゃあ、早速本題に入ろうか。昨日正式にブリジットとイアンの婚約は、ハネス家の有責で破棄されたよ。慰謝料や賠償請求の件で揉めたらイアンの素行調査結果でも見せようかと思ってたんだけど、夫人の逮捕でハネス伯爵も憔悴していてね。今回の事を口外しない条件の上でこちらに有利な事業契約を結んでくれた。これでカーライル商会はますます安泰だね」
父の話によると、カーライル商会の発送業務を手数料並みの低価格で全面的に引き受けてくれたそうだ。
そんなタダ働き同然の契約で揉めないのかと疑問に思ったが、夫人の事が社交界に出ればハネス家の致命傷になるのと、他国の取引先を紹介する事で手を打ったらしい。
「まあ、ビジネスだから多少は向こうにも旨味がないとこちらにヘイトが溜まってしまうからね。その辺は利益を小出しにして末永くビジネスライクなお付き合いをしてもらうさ」
「さすがレンス!これでカーライル商会の物流コストが7割減よ?来年の純利益の計算楽しみだわ~」
母の瞳がお金になっている幻覚が見えるわ・・・。
「───それからイアンの処遇についてだが・・・」
父の言葉に、胸に重石が乗ったように重い気分になる。
「話すのやめようか?」
「いいえ、聞きます」
「そうか・・・、───彼は・・・学園を辞めて国を出る事になったよ」
「国外追放!?どうして!?」
確かにイアンは王子達の情事を覗くという変態まがいの行動を取ってしまったけれど、彼らのように私を貶めたわけでもないし、ましてやあの母親のように犯罪を犯したわけでもない。
「浮気しただけで国外追放だなんて、罰が重すぎない?」
「まさか浮気された貴女からそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
「・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・これがどんな感情なのか、自分でもよくわからない。
イアンの境遇に同情しているのか、
人の人生を壊した罪悪感なのか、
それとも───ただの偽善なのか。
「言っただろう、ブリジット。我々は神ではない。犯した罪に見合った処罰を王命という名のもとに下すだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。公の場でも裁ける者は裁判所と騎士団に委ねるが、今回のように公にする事で民の生活に支障が出る場合は秘密裏に処する。過分な罰を与える事は王家の影にも許されない」
「じゃあ、イアンはそれに見合った罪を犯したってこと?」
「違うよ。話は最後まで聞きなさい」
「───ごめんなさい・・・」
今日の私は冷静さを欠いている。いつもの私じゃない。落ち着かなくちゃ。
王家の影としての両親の言葉を、振る舞いを、ちゃんと見なくちゃ───。
「先程ハネス伯爵に他国の取引先を紹介するって言っただろう?だから隣国にハネス物流会社の支社を作る事になったんだ。イアンはそこで修行する事が決まった」
「じゃあ、廃嫡はされずに済んだの?」
「ああ。というか、マライア様がそれを許さなかった」
マライア様が?
「私とイアンがハネス家に着いた時に、近衞騎士団長がまだ彼と話していてね、彼に王太女命令を下していたんだ。『イアン・ハネスの除籍は認められない。もしその手続きを乙が取った場合、次男が生まれた時からの期間すべてに対して保護責任者遺棄罪を適用し、乙を処罰する』ってね」
「保護責任者遺棄罪・・・」
「ハネス伯爵は妻の不貞とイアンが実子ではない事は知っていたが、妻の犯罪やイアンが虐待を受けている事は知らなかった。使用人で知っている者はいたが買収されていて情報を隠蔽されてたんだ。それで命拾いしたようなものだが、夫としても父親としても伯爵がクズたった事には代わりない。本来の務めを果たしていたなら、不貞も虐待も、殺人すらも防げた可能性が高いからな。故意ではないが、妻の犯罪のきっかけにハネス伯爵も一因であると見做されたんだよ。だが彼はイアンに愛情は与えなくても衣食住と教育はしっかりやってたから、現段階で罪に問うのは難しいんだ。イアンも既に成人してるしな」
「そうですか・・・」
「まあ、これで実質ハネス家の会社はカーライル商会の傘下に入ったようなものね。イアンとの婚約時の契約内容より好条件で、結果オーライよ。だから貴方も、もう気にしなくていいわ」
「・・・お母様」
婚約破棄の代償は、ハネス伯爵家にとって大打撃となった。婚約で得られるはずだった利益を失い、儲けのない仕事が舞い込む結果となった。
更にいつ今回の不祥事が社交界に漏れ出るのかビクビクしながら過ごす事になり、ハネス伯爵は一生カーライル侯爵家に頭が上がらなくなった。
更に次期女王のマライア様に悪い意味で存在を覚えられてしまっている。今後会社の成長には、これから新しく出す隣国の支社の業績がカギとなるだろう。
なんの経験もないイアンは相当な苦労をする予定らしい。
それでも母親の事から逃れられるなら、その方がイアンにとって良いと思う。新しい場所で、頑張ってほしい。
───結局、憎みきれなかったな。
「あ、そうそう。隣国の支社はうちが紹介した取引先を相手にしてもらう事になるからな。粗相があってはいけない。だからイアンに『覗き趣味は封印しろよ。お前がしっかり働いているか、うちの者がお前を定期的にこっそり覗きに行くからな』と釘刺しておいたよ。顔面蒼白で口をパクパクさせてたな」
父はクックックッと黒い笑みを浮かべながら朝食を食べている。
最後に、婚約者の父親に秘密を知られていたと知ったイアンの居た堪れない心中を思うと、父は悪趣味だなと思う反面、娘の為に小さな仕返しをしてくれたのだとわかり、少し胸のつかえが取れた気がした。
私は両親に大事にされているらしい。
知ってたけど、改めて嬉しく思った。
『お前には俺がいる』
そしてエゼルにも。
昨日エゼルに抱きしめられた時の彼の香りや、意外と逞しかった体躯を思い出し、少しだけ胸が騒いだ。
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