32 / 63
キス魔
しおりを挟む「んっ……、んんっ」
今まで紙と万年筆の音しかしなかった私の執務室で、淫らな水音が響いている。
先程までお茶を飲んで休憩していたはずなのに、何故か私はエゼルの膝の上に横抱きにされ、深い口付けを受けていた。
「ん……、好きだよブリジット」
「んんっ……!」
エゼルから結婚の申し込みを受けて数週間、彼のキャラはすっかり甘々モード全開で私はついていけず、振り回されっぱなしだ。
しかもエゼルはキス魔らしい。隙があればすかさず唇を重ねてくるのだ。破廉恥過ぎる!と何度注意しても、どこ吹く風でスルーしまくる。
一回頭を叩いて『いい加減にしなさい!』と怒鳴ったら、
『……大人しくしてたら、その間にまた他の男に盗られるかもしれないだろ……』──と、切なげな顔をして言うから何も言えなくなった。
愛する者を奪われる苦しさは、私も知っているからだ。
それがトラウマのように自分の心を蝕むことも……。
そしてエゼルが私を想ってくれていた年月と、私とイアンの事をどんな想いで見てたのだろうと想像すると、知らない所で私がエゼルを傷つけ続けてきた事は容易に想像できる。
────正直に言う。
絆されてしまっている自信がある。本当にエゼルが嫌なら魔法をぶっ放してでも抵抗するもの。
こんなに強く求められた事がないから対応が分からないのもあるけど、エゼルを傷つけてしまう事に抵抗があるのは確かだった。
こうして私に縋るように、今まで言えなかった想いを全部ぶつけてくるエゼルを拒んだら、エゼルまで失う気がして怖くなった。
もう恋愛の仕方がわからない。
ずっと失わないでいる方法がわからない。
自信がない。
失うくらいなら、恋愛なんかしない方がいいって思ってたけど、恋愛してもしなくても、結局失う時は失うのだ。
イアンのように────。
リップ音を立てて、不意にエゼルが唇を離した。
「口付けしてるのに上の空だな?」
「……ご、ごめ────いや、私謝る必要なくない?仕事中にこんな事するエゼルが悪いよね?」
「今は休憩中だし。それにさっきまでお前も気持ちよさそうにしてたじゃん」
「言い方‼︎」
明け透けな物言いに私の顔は真っ赤になってしまう。その様子を見て、エゼルは綺麗な顔でクスクスと笑った。
「お前あの変態共の不貞映像を無表情でガン見してたのに、自分の事になるといっぱいいっぱいだな。可愛い」
「……っ‼︎ わ、私はエゼルと違って慣れてないんだから仕方ないでしょ‼︎ キスするのだってエゼルが初めてだったんだから‼︎」
「……え……マジで……? イアンとはしてないのか?」
「してないわよ。頬や額ならあるけど、唇はした事ない」
「…………」
「……エゼル?」
目を大きく見開いて固まってしまったエゼルの顔の前で手を振ると、ゆっくりとエゼルの顔が色づき、最後は耳まで真っ赤になった。
そして私の体をぎゅっと抱きしめる。
「ちょ……エゼル‼︎ 苦しい!」
「すっごい嬉しい」
「え?」
「ブリジットの初めてのキスの相手、俺なんだ?すごく嬉しい。あー、幸せ」
また私の肩に頭を乗せてグリグリと擦り付けてくる。どうやらエゼルの癖らしい。マーキングされてるような気分だわ。
「エゼルみたいに慣れてないからとっくに知ってるのかと思ってたけど」
「は?俺だって慣れてないよ。俺の初めてもお前だよ」
「はああ!?あんながっつり上級者なキスしといてそんなの信じられるわけないでしょ!私の知らない所で全部経験済みだったんじゃないの?」
「んなわけあるか!俺は子供の頃からお前が好きなんだから他の女に触るわけないだろ。慣れてるように見えるのは知識だけは玄人並みにあるからじゃないか?なんせここ最近、編集作業で他人のセックス観まくってるからな。お前が望めばいろんなプレイが出来ると思うぞ」
「望まないし‼︎ 仕事中に卑猥な話をするな!」
「お前が振った話題だろうが……」
振ってないし、エゼルとそんな事するとかまだ想像出来ない!──でも、ドレイク公爵家から正式に婚約の申込みをされた以上、近々答えを出さなくちゃいけない。
エゼルと夫婦になる──か。
確かに、条件だけで見ればカーライル侯爵家に申し分ない人材よね。私の思い描く商品を魔道具にしてこの世界に生み出してくれるし、影の仕事にも理解がある。
それに、影の者としても素質が高いと思う。
お母様がすぐに断らず私に委ねたのは、お母様もエゼルを認めているからだろう。
あとは私の気持ち次第────。
いっそのこと、前世の記憶を消す魔道具が欲しいわ……
「ところでブリジット、学園の噂だが、いつまで放置するつもりだ?あの馬鹿共、すっかり阿婆擦れに乗せられて婚約破棄しようと企んでいるみたいだぞ」
「え?それホント?」
「ああ、俺アイツらの持ち物に小型の録音機つけてるから、それで知った」
いつの間に──。
「父親達の注意が全然効いてないみたいね」
王子に関してはマライア様が直々に締め上げたらしいけど、彼はマライア様に対して劣等感しか抱いてないから、素直に言うことなんか聞きやしないでしょうね……。
「まあ、今となっちゃ父親達も処罰対象になっちまったから、息子を諌めた所で破滅は避けられないだろう」
「──そうね」
いつの時代も、どんなに平和に見えても、水面下で悪事を働く者は必ず現れる。だから私達のような影の仕事がなくなる事はない。
前に母がそう言っていたのを思い出した。
298
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする
夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、
……つもりだった。
夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。
「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」
そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。
「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」
女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。
※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。
ヘンリック(王太子)が主役となります。
また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる