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ネズミになったご令嬢③
しおりを挟む回想を終えたネズミのスカーレット様は、机の上でさめざめ泣いていた。
「口付けの寸前だったのよ……こんな姿になるなんて、何の天罰かとおもいましたわ」
「えーと……それで、どうして私がスカーレット様ということに?」
「そこはとっさに。スカーレットは暗殺者に命を狙われていて、魔女に相談した結果、姿を交換することになったと」
このネズミは魔女の遣いということにしたわ、とスカーレット様は言いのける。だけど、私はにわかに信じられない。
「その話を、殿下は本当に信じたと……?」
「そうなんですの。殿方はロマンチストなのね」
それは……ロマンチストというのかなあ?
ともあれ、殿下がその法螺を信じたとして。私がやることはひとまず副作用の確認だ。使用者に天罰が下るという話は一般的ではないはずだが。
私は本棚の祖母の教本を漁る。私のレシピは全部祖母から引き継いだもの。おばあちゃんが知らないことは私も……
「なので効果が切れるまで、あなたが私のフリをしてくださいまし」
「はい……」
うーん。おばあちゃんの手書きの文字は少々読み辛いなぁ。惚れ薬自体に副作用があるとすれば、やっぱり幻覚や眠気が服用者に起こる。変化の作用が出るとすれば、むしろ魔物よけを誤って服用してしまった場合みたいだけど……。
「三日後には結婚式の予定ですが。それまでに最低限の振る舞いを覚えてくださいまし。そもそも、この薬はいつ解けるものなんですの? 惚れ薬の効果は短時間と仰っていましたけど」
「あー……惚れ薬は契を十回交わしたら解けるはずです。薬で無理やり恋愛感情を引き起こしたとしても、維持させるのは魔女の力でも難しく……十夜も閨を共にしたら、相手の真実の姿が見えるとされていますね」
「十回……仕方ないわね。大切な初夜が他の人に取られるのは不本意だけど……自業自得だわ。今はとにかく家に迷惑かけないことを優先しないと……」
あれは臭いで魔物を遠ざけるものだから、わざわざ服用する人なんて……それに木こりさん以外に作ったことないしなぁ。なんて、適当に相槌打ちながら本を読み進めるも……。
ん? 今、なんの話してた?
私は本から顔をあげる。
「すみません。初夜が十回って誰の話ですか?」
「ちょっとちゃんと人の話聞いてますの? あなたが薬が解けるまで殿下のお相手をするのよ?」
「はい?」
え、私が? 初夜……誰と? 殿下? 殿下って……はい!!!!????
「えーと、どうしてそんな話に?」
「結婚披露宴の夜から、寝室は夫婦一緒になるに決まってるじゃない。むしろ何もない方が問題あるでしょ」
あーそうなの? そーだよね。新婚さんになるんですもんね……誰が? まさか私が????
私が目をぱちくりしていると、ネズミのスカーレット様が「もうっ!」て地団駄を踏む。
「いい加減腹を括りなさいっ、アリス! あなただって殿下に薬をもった一助を買ってしまったのだから、バレたら打首はなるかもしれないのよっ!」
「うち、くび……⁉」
それは嫌……私は森の片隅でひっそりこっそり細く長く生きていって、いつかおばあちゃんのように人々に頼りにされる魔女になるのが夢なんだ……。
私は固唾を呑み込んだ。やるしかない……!
「わ、私は何をすればいいですか……?」
「ふんっ、ようやく覚悟が決まったのね。いい? わたくしたちは一連托生なのですから。わたくしも本気でやりますからね」
こうして、私は一流の御令嬢マナーを徹夜でネズミに講義されたのだ。
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