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ご機嫌なお茶会③
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その低い声音に、私はゾクリと背筋が震えて。手元が狂う。
だって……だって思い出してしまうの! 昨夜のこと。殿下が何度も厭らしく鳴く私を「いいこ」と褒めてくれたこと……!
その結果、ぶれたティーポッドの口は机に紅茶を注ぎ、広がり滴った先は令嬢の膝下へ。桃色だけど落ち着いたドレスに茶色の染みが広がっていく。私が我に返ったのは、その甲高い悲鳴を聞いた時だった。
「きゃっ」
「も、申し訳ございませんっ!」
とっさに拭おうとするも、私もオフホワイトのドレス。いつもみたいにポケットにハンカチや手ぬぐいが入っているわけがない。
あたふたしている間に、駆け寄ったメイドさんや執事さんがあれよあれよと掃除や令嬢へのフォローをし始めた。
濡れてしまった令嬢がドレスを替えるため、下がろうとしている。私はそれを呆然と見ているだけ。そんな私の腰が引き寄せられた。
「俺からもすまない。彼女には昨晩無理をさせてしまったね。実は立っているのがやっとの状態なんだ」
あわわわわわ。で、殿下⁉ 今こんな時にそんな冗談ですか⁉
肩をすくめながら「ここだけの話」と口元で人差し指を立てるルーファス殿下。まわりの令嬢たちは「まぁ」とこそこそ色めきだき、対して件の令嬢は「もう」と唇を尖らす。
「お言葉ですが、淑女に対する軽口にしては下品ではありまして?」
「ははっ。この軽口の分も合わせて、ドレスはきちんと弁償させていただくよ」
「……浮かれすぎて失敗なさらぬよう」
さり際、そのご令嬢は口元を扇で隠しながらも、私を見てくすりと笑って。
私が萎縮していると、殿下は言う。
「気にしないでいいよ。今のはきみにちょっかい出した俺が悪い。それは彼女もわかっているだろう」
「で、ですが――」
「それに、彼女は若くみえるけどクルトの姉君だ。俺も昔から懇意にさせてもらっている。気心知れている相手だから大丈夫だよ――まぁ、きみも承知だろうけどね」
片目を閉じながらそう付け足す殿下に――私は「えぇ」と返しながらも視線を逸した。
えーと……もしや、私がスカーレット様じゃないとバレてる……わけないよね? だって見た目も声も、完全にスカーレットそのものだもの。
その居心地の悪さを崩してくれたのは、クルトさんのお姉さまの隣に座っていた令息さんだった。
「しかしながら、殿下はお変わりになりましたね」
クルトさんのお姉さんの旦那さん……なのかな? ハンカチーフの色がドレスと同じ落ち着いた桃色だ。
そんな男性は苦笑している。
「少し前までにこりともしませんでしたのに。ずいぶんと調子が良さそうじゃないですか」
「そりゃそうだろう。真実の愛が勝手に落っこちてきたんだから」
「……へえ?」
「まぁ、俺が幸せ者だってことだ」
な、なんなんですか。この会話は。皆さん私のことをにやにやと見てきますし……今すぐ森へ帰りたい……。
そんなことを話していると、隅にいたはずのクルトさんがいつの間にか近くに。
「殿下、惚気はほどほどに」
「どうして? 今日は惚気ていい日じゃないのか?」
その苦言に、殿下はなぜかご機嫌で。そしてなぜか、クルトさんは私を睨んでからさっきの男性に「お義兄様、ご挨拶が遅れまして」などと腰を曲げていた。あ……やっぱり私が悪いですよね。そうですよね。はあ……。
肩を落としていると、口に何かが押し込まれる。噛まなくても、それはほろっと口の中で解けた。クッキーだ。
にっこりと嬉しそうな顔で食べさせてきたのは、当然ルーファス殿下で。
「美味しい?」
「……はい」
そう応えておくけれど、私にはそのクッキーの味がまるでわからない。
だって……だって思い出してしまうの! 昨夜のこと。殿下が何度も厭らしく鳴く私を「いいこ」と褒めてくれたこと……!
その結果、ぶれたティーポッドの口は机に紅茶を注ぎ、広がり滴った先は令嬢の膝下へ。桃色だけど落ち着いたドレスに茶色の染みが広がっていく。私が我に返ったのは、その甲高い悲鳴を聞いた時だった。
「きゃっ」
「も、申し訳ございませんっ!」
とっさに拭おうとするも、私もオフホワイトのドレス。いつもみたいにポケットにハンカチや手ぬぐいが入っているわけがない。
あたふたしている間に、駆け寄ったメイドさんや執事さんがあれよあれよと掃除や令嬢へのフォローをし始めた。
濡れてしまった令嬢がドレスを替えるため、下がろうとしている。私はそれを呆然と見ているだけ。そんな私の腰が引き寄せられた。
「俺からもすまない。彼女には昨晩無理をさせてしまったね。実は立っているのがやっとの状態なんだ」
あわわわわわ。で、殿下⁉ 今こんな時にそんな冗談ですか⁉
肩をすくめながら「ここだけの話」と口元で人差し指を立てるルーファス殿下。まわりの令嬢たちは「まぁ」とこそこそ色めきだき、対して件の令嬢は「もう」と唇を尖らす。
「お言葉ですが、淑女に対する軽口にしては下品ではありまして?」
「ははっ。この軽口の分も合わせて、ドレスはきちんと弁償させていただくよ」
「……浮かれすぎて失敗なさらぬよう」
さり際、そのご令嬢は口元を扇で隠しながらも、私を見てくすりと笑って。
私が萎縮していると、殿下は言う。
「気にしないでいいよ。今のはきみにちょっかい出した俺が悪い。それは彼女もわかっているだろう」
「で、ですが――」
「それに、彼女は若くみえるけどクルトの姉君だ。俺も昔から懇意にさせてもらっている。気心知れている相手だから大丈夫だよ――まぁ、きみも承知だろうけどね」
片目を閉じながらそう付け足す殿下に――私は「えぇ」と返しながらも視線を逸した。
えーと……もしや、私がスカーレット様じゃないとバレてる……わけないよね? だって見た目も声も、完全にスカーレットそのものだもの。
その居心地の悪さを崩してくれたのは、クルトさんのお姉さまの隣に座っていた令息さんだった。
「しかしながら、殿下はお変わりになりましたね」
クルトさんのお姉さんの旦那さん……なのかな? ハンカチーフの色がドレスと同じ落ち着いた桃色だ。
そんな男性は苦笑している。
「少し前までにこりともしませんでしたのに。ずいぶんと調子が良さそうじゃないですか」
「そりゃそうだろう。真実の愛が勝手に落っこちてきたんだから」
「……へえ?」
「まぁ、俺が幸せ者だってことだ」
な、なんなんですか。この会話は。皆さん私のことをにやにやと見てきますし……今すぐ森へ帰りたい……。
そんなことを話していると、隅にいたはずのクルトさんがいつの間にか近くに。
「殿下、惚気はほどほどに」
「どうして? 今日は惚気ていい日じゃないのか?」
その苦言に、殿下はなぜかご機嫌で。そしてなぜか、クルトさんは私を睨んでからさっきの男性に「お義兄様、ご挨拶が遅れまして」などと腰を曲げていた。あ……やっぱり私が悪いですよね。そうですよね。はあ……。
肩を落としていると、口に何かが押し込まれる。噛まなくても、それはほろっと口の中で解けた。クッキーだ。
にっこりと嬉しそうな顔で食べさせてきたのは、当然ルーファス殿下で。
「美味しい?」
「……はい」
そう応えておくけれど、私にはそのクッキーの味がまるでわからない。
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