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アルガド視点

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 階下の運営室ではブラックミルズの冒険者ギルドに所属するギルド職員たちが整列して出迎えていた。

 居並ぶ職員たちの顔からは、領主の嫡男であり貴族であるわたしをお飾りのギルドマスターだと言いたげな表情が浮かんでいる者が多数いた。

 お飾りの腰かけギルドマスターという点においては、彼らの想像も当たっていると言えよう。

 所詮、家を継ぐための点数稼ぎに受けただけの仕事だ。この仕事に対しての熱意など欠片も持ち合わせていない。

 ただ、ブラックミルズの闇市の再整備とともに冒険者ギルドの利益の横領をすることで、自由に使える資産が激増しそうであることだけが、わたしをこの仕事に就かせるモチベーションの維持をさせているのだ。

 一応、冒険者ギルドには顔出しをするつもりだが、実務全般は今まで通りの態勢を維持させるつもりである。

「アルマ殿からの引継ぎは終えた。本日より、ブラックミルズのギルドマスターをアルガド・クレストンだ。冒険者ギルドの運営に関しては素人であるから、お飾りであると思ってくれていい。実務は今まで通りアルマ殿をトップに現体制を維持していくつもりだ」

 居並ぶ職員からホッと安堵の息が漏れ出していく。

 人事の改編があるのではないかと勘繰っていたようで、わたしの言葉を聞いて安心していた者が多数いる。

「ただし、治安維持の部門のみ、わたしの直轄とさせてもらう。この部門に関してはブラックミルズに闇市勢力を蔓延させたとしてオーナーである領主より、厳しく監督せよと言われておる。現治安維持要員だけは、異動を覚悟して欲しい」

 安堵していた職員の一部が慌てていた。きっと、治安維持要員として冒険者ギルドに雇われている密偵たちであろう。

 彼らが居てはヴィケットたちが自由に闇市を開催できないので、ギルドマスターの権限を使い、組織ごと骨抜きにしておくつもりだ。

 これらは方策はヴィケットから提案されたことで、わたしが直轄する予定の治安維持部隊はフラマー商会の闇市実働部隊となる予定である。

 取り締まる側が、闇市を開催すれば、取り締まられる可能性はゼロである。

 まことに安全に大きな取引も行えるようになり、わたしの資産は飛躍的に増大していくことになるだろう。

 そうなれば、マリアンや新しく秘書にする予定のアルマなどと贅沢な暮らしをしても金が尽きることはなくなるであろうと覆われる。

「治安維持部隊を解散させると言われるのか……。それはいくらなんでも不味いのでは、彼らはしくじったのはオレの責任がデカいだけで、新たに編制するとなると実情を把握するのに時間が掛かり過ぎる。そうなったら、ブラックミルズの治安は空白ができちまうじゃないっすか?」

 わたしの打ち出した方針に反対意見を述べたのは、右眼に眼帯をはめたスキンヘッドの男であった。

 アルマの前任のギルドマスターで冒険者上がりのジェイミーとか言う男である。

 こいつがグレイズとかいうチンケな冒険者とつるんで、ヴィケットが進めていたブラックミルズのフラマー商店と闇市を壊滅させた男だ。

 わたしの優雅な独身貴族生活を破壊した男が、のうのうと冒険者ギルドに居座り、しかもわたしの方針に堂々と反対意見を述べている。

「ジェイミー殿、貴殿は二度も失態をしておられるのですぞ。それでもなお、治安維持部隊の解散には不同意と言われるのか?」

 ジェイミー自身が冒険者を引退したあと、冒険者ギルドの治安維持部隊で頭角を現し、父上によってギルドマスターに採用された男であるため、古巣の治安維持部隊を解散させられるのには納得いかないものと思われた。

 けれども、ヴィケットの仕事をスムーズに行わせるため、ここは意地でもわたしの意見を押し通すつもりである。

「なら、聞かせてもらいますが、後任の治安維持部隊は用意できているのですか?」

「それなら心配無用だ。わが私兵が治安維持を行う予定である。すでに一〇〇名ほど集め終えており、ジェイミー殿の心配はご無用である」

 ヴィケットに命じて、すでに闇市に関わる者たちを治安維持部隊として新設されるわたしの私兵として雇うことは済んでいた。あとは、治安維持活動という名目で存在を覆い隠し、闇市を開催して利益を上げるのを待つだけとなってるのだ。

「アルガド殿の私兵だと……。このブラックミルズを私領とするつもりか」

「言葉が過ぎていますな。ジェイミー殿。このブラックミルズは我が父の領地、息子のわたしが私兵を率いてもなんら問題はないかと思うが?」

 ジェイミーの隻眼がわたしを射抜くように見据えている。その視線は、わたしがこれから行おうとすることを見透かしているかのようにも思え、苛立ちを覚える視線であった。

「アルガド殿、治安部隊の再編制の件、ご再考してもらえぬだろうか?」

「くどい!! わたしはオーナーである父上から治安部門をテコ入れせよと厳命を受けておるのだ!! これ以上、抗弁するのであれば、治安部隊の要員は全員解雇させるぞ!」

 ジェイミーの追及を黙らせるために切り札として取っておいた部下たちの解雇をチラつかせていく。

 それと同時に、この男を冒険者ギルドの中に残しておくと危険ではないとの思いが頭をよぎっていた。

 治安部隊要員の解雇の話に及んだことで、職員たちからもざわめきがあがり、運営室内は騒然としていく。

「二度の失敗を父上に赦免してもらった上に、わたしの方針に対して反対をするとは、どういう了見だ! まさかジェイミー殿は先頃捕縛した闇市勢力に加担しているのではないだろうなっ!!」

 ジェイミーの追及を疎ましく思い、彼が一番触れて欲しくない傷を抉った上で、闇市勢力の一員ではないかとのレッテルを貼っていく。

 本来なら、ジェイミーの失態は罪に問われてもおかしくない重大な事案であり、領主である父がなぜ彼を赦免したのかは知らないが、周りから見れば何らかの取引をしたと思われてもおかしくないほど、甘い処置であるのだ。

「あれはもう決着のついた話で……。それにオレは闇市勢力を捕縛した側の人間だ……」

 その触れて欲しくない点を触れられたジェイミーが、口ごもっていく。

「だまらっしゃい! 冒険者ギルド職員として疑義のある職員を見逃すことはできぬ。新ギルドマスターとしてジェイミー殿を職員として残すことはできないと考える。悪いが、新ギルドマスターとしてジェイミー殿の冒険者ギルド職員資格の停止及び解雇を申し渡す!」

「ジェイミーさんを解雇とか意味分かんねぇ」

「なんで、解雇なんだよ。治安維持業務は慣れた者がやった方がいいって言っただけじゃねえか!」

 ジェイミーの解雇通告に治安維持部隊の要員たちから、反対意見が続出していく。

 運営室は喧騒に包まれて、騒がしくなっていた。

「この決定を不服として騒ぐものはジェイミー殿の共犯者として同じく解雇するがいいのか!」

「ま、待て! お前ら、ギルドマスターに逆らうな。オレが首になれば、部下たちの職は確保してくれるのだろうな?」

 ジェイミーは暴発寸前の治安維持部隊要員を抑え、自分の首を差し出すことで、部下たちの職を確保してくれと申し出てきた。

 望んでいた結果をジェイミー自らが申し出てくれていた。

 治安維持要員の連中も内勤に回した後は、資料整理や清掃係などの窓際部署に回す予定をしている。

 ブラックミルズの闇を深く大きなものにするには、彼らの存在は邪魔なのだ。

「よかろう。彼らの罪もジェイミー殿がひっかぶるというのであれば、ジェイミー殿の首一つでことを収めることにしよう

「分かった」

 ジェイミーが部下たちの方へ向き直ると、ぺこりと頭を下げた。

「オレは本日付けで冒険者ギルドの職員を辞める。あとのことはアルマと良く話しあって決めてくれ。それと治安維持部隊の要員は内勤に回されても不貞腐れるなよ」

「ジェイミーさん! なんで、こんなのの言うことを聞くんだよ! 明らかに言ってることがおかしいだろ!」

 ジェイミーは未だ反抗的な言葉を発した部下をぶん殴って地面に転がしていた。

「馬鹿野郎。ギルドマスター殿をこんなの呼ばわりするんじゃねぇ!!」

 ジェイミーが首になったことで、治安維持部隊要員からの反対意見は収束したようだ。

 その様子を見ていた他部署の職員も、反対意見を表明する者はなく、戦々恐々とした顔でわたしの方を見ていた。

 この冒険者ギルドのボスが誰かってのは分かってもらえたようだ。

 ジェイミーがそっと運営室から立ち去るのを見送ると、残った職員に向けて、新任の挨拶を続けることにした。

「さて、色々と引継ぎのトラブルがあったが、わたしは治安維持以外の実務に携わるつもりはない。冒険者ギルドの職員諸君には今まで通りの仕事をしてもらえば結構。では、よろしく頼むぞ」

 わたしは挨拶を終えると、居並ぶ職員たちに一瞥をくれていく。

 大半の職員は、わたしと視線を合わせようとせず、顔を床に向けていた。

 まぁ、ギルドマスターとしての仕事はアルマが片付けるだろうし、わたしには宰相閣下が送り込んでくる婚約者をイビリ倒して婚約破棄をさせるという重大事と、闇市の再開という大きな目的がある。

 その両方を成し遂げるためには余計なことをしている暇は、一瞬たりと言えどもないのだ。

 わたしは新任の挨拶を終えると、冒険者ギルドを後にして、ブラックミルズ滞在中に住む居館にへと帰ることにした。
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