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第二部 第六章 新たな装備

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 数日後、オフの日に商店街の連中とスポンサー契約を終えたとメリーから連絡を受け、装備を受け取りに来ていた。

 皆の着替えを集会所の会議室で待っていた。

「それにしても、スポンサー制を復活する日がくるとは思わなんだのぅ。ふぉふぉふぉ。これもグレイズの人徳というべきか」

 一緒に待っているおばばが淹れてくれた紅茶をすする。

 一度途絶えたスポンサー制を復活させる最初のパーティーとして俺たちの追放者アウトキャストが選ばれたのだが、契約を主導しているのはメリーであり、簡単に二〇〇万ウェルのスポンサー料を集めた才覚には脱帽している。

「メリーの才覚が素晴らしいだけさ。それと、おばばたちの懐が温まった時機も味方してる。俺たちが広告塔としてSランク冒険者になれば、出資してくれた店にも客が多少なりともくるだろうさ」

「最近は若い子たちがグレイズたちの真似をし始めたからねぇ。礼儀正しい子には商店街も優しくするつもりじゃぞ。かつては街の治安維持も冒険者に依頼していたからのぅ。あの時代に戻るといいねぇ」

 おばばがふぅとため息を吐いていた。

 おばばが言うあの時代とは、冒険者と商店街と冒険者ギルドが協力して街の治安を守っていた時代のことだ。

 今みたいに犯罪者まがいの冒険者もいたが、そこら辺は先輩冒険者がキチンと教育して悪さをさせていなかったが、今のブラックミルズはベテランと呼ばれる冒険者たちが冒険者ランク至上主義から発生したダンジョン攻略法によって育った者たちが多く、若い冒険者への色々な経験の継承が断絶している状況であった。

 そんな状況もダンジョン販売店を開設する際には、駆け出しや中堅になり立てのパーティーが俺たちと一緒に潜るようになり、俺が教えた探索技術をファーマやカーラ、アウリース、メリーたちが一緒に潜っている冒険者たちに教えてあげていることで少しずつ改善の兆しが見えてきている。

「まぁ、有望株がいたら贔屓にしてやってくれ」

「スポンサー候補のパーティーは幾つか見繕ってあるわい。商店街も稼いでくれる冒険者がいなけりゃ買ってもらないしのぅ。グレイズの教えを受けた雪兎スノーラビットとか鉄剣アイアンブレイドなんかも候補だねぇ」

「おお、あいつらか。地道にコツコツと頑張っているからな。できれば応援してやってくれ」

 二パーティーとも俺が世話を焼いていたパーティーで、そろそろ中堅として金が必要になってくるころあいである時期に突入している。

 そういった資金繰りが苦しい時期に、スポンサーとして装備更新代を支えてくれると実力以上の背伸びをして高額依頼に手を出す必要が無くなり、実力不足で怪我をしたり死んだりする者が減れば中堅層が充実していくと思われる。

 昔に比べて中堅のベテラン冒険者と言われる層がゴッソリと抜け落ちているのは、ダンジョン攻略法によって一気に上級冒険者にランクアップした者もいるが、それ以上に廃業したり、死んだりした者の数が膨大な数になっていたのだ。

「冒険者ギルドもアルマが納品依頼料を改訂してくれしのぅ。冒険者たちも多少は腰を据えて自分たちの実力を養うようになるだろうさ」

「そうなってくれるといいな。若い奴が死に急ぐのは余り良いことじゃないからな」

 おばばと紅茶を飲みながらブラックミルズの未来について話していると、最初に着替えを終えたファーマが会議室内に入ってきた。

「グレイズさんっ! 見て、見て―。綺麗な赤い文字が入ったのー」

 最初に目に飛び込んできたのは、白を基調としたスリットの入った武闘服である陽炎の服の胸元から下腹部にかけて、赤い文字で『愛らしさナンバーワン。グレイズ嫁レースはファーマちゃんに清き一票を!!』と刺繍されていた。

「ブホッ!!」

 思わずすすっていた紅茶を噴き出してしまう。

「ちょっ! なっ! なんだそれ! スポンサー契約だったはずだろっ!」

 ファーマの後ろからボーション屋の夫婦がニコリと笑っている。彼らがファーマの服にあの文言を入れたスポンサー様のようだ。

「推しのファーマちゃんがスポンサー契約者を探しているってメリーから聞いてなぁ。こらあぁ、うちが名乗り出るしかないって考えたわけだ。どうだ、グレイズ。ファーマちゃんに似合うだろ」

「ごめんね。グレイズさん、もうちょっと派手にしてあげようと思ったんだけど結構予算が掛かったの。ファーマちゃんが次に装備更新する時はもっと派手にしてあげられるようにいっぱい稼がせてもらうからね」

「ポーション屋のおじちゃんとおばちゃんがファーマのスポンサーになってくれたのー。ねぇ、ねぇ、グレイズさん似合うー?」

 ファーマがくるりと回ってスポンサー入りの装備を見せていた。

 目立つ、明らかにあの文言がもの凄く目立つ。というか、俺の結婚での賭けをもはや商店街の連中は隠す気がないらしい。

「ファーマ、本当にそれでいいのか? 嫌なら、別に着なくてもいいだぞ。お金に関しては何とかなるからな」

「ファーマはこれがいいー。お気に入り―」

 本人が喜んでいるようなので、スポンサー様へのツッコミは一応我慢しておくことにした。

 だが、絶対にこれは若い冒険者連中からから俺がかわれることは請け合いだろう。

 動揺した心を落ち着けようと、注ぎ直した紅茶を口に運ぶ。

「グレイズっ! 素晴らしい装備にしてくれた。文字が浮かぶとは不思議」

 会議室のドアを開けて入ってきたのは、カーラであった。

 青を基調とした丈の長いローブである精霊王の聖衣に身を包んでいるが、金色に輝く文字が聖衣の表面に浮かび上がっていた。

「ブホッ!!」

 目に飛び込んだ文字に再び紅茶を噴き出す。

 文言としては『クール&ビューティーなカーラちゃんはグレイズの嫁率一〇〇%(当社調べ)』ってデカデカと浮かび上がっている。

「いやぁー。浮き文字仕込むのに金が掛かったぜ。昔なじみの錬金術師に頼んで久しぶりに浮き文字を作ってもらった。娘がカーラお姉様を推すなら絶対これだって言ってきかなくてなぁ。いやぁ、参った。参った。これからいっぱい稼がないとな」

「グレイズ、酒場の親父さんと娘さんが綺麗な文字を入れてくれた。コレ、凄い技術。文字が浮いている。不思議」

 珍しい浮き文字にカーラの知的探求心が鷲掴みされているようだが、かか

「あー、カーラ君。その内容に問題はないか?」

「内容に問題? 問題ない。事実だし」

 聖衣に仕込まれて浮かび上がっている文字はインパクト大であった。

「そ、そうか……」

「酒場の親父のやつ奮発しやがったなぁ……。浮き文字なんて何十年ぶりだ。くそう、これじゃあファーマちゃんが……」

 ポーション屋の主人が悔しそうに酒場の親父を見ていた。

 一体何を争っているのかと頭を抱えたくなる。

 商店街の連中に玩具にされている気もするが、スポンサー料を出してもらっている関係上、本人たちが嫌がらない限りは俺も口出しをする気はなかった。

「あ、あのグレイズさん。見てもらっていいですか……」

 ファーマとカーラの装備に入れられた文字にため息を吐いていると、背後から背中を叩く者がいた。

 振り返るとそこにはアウリースがいた。

「アウリースか。アウリースは普通の――っ!!!」

 黒を基調とした布地面積の少ない服と足首まである長いコートであるデモンズコートを着たアウリースに入れられた白い文字に言葉に詰まってしまった。

 コートの裾にデカデカと書かれた文字は『グレイズ専用!! 見るなっ! 見たら殺す!』だった。

「今回はアウリースちゃんが一大決心をしたから、おばさん応援してあげたのよ。これなら、他の男からのやらしい視線にさらされることは減るからね。後はダンジョンの中で誘惑すれば―」

「女将さんっ! そ、そんな。無理です。これだけでも恥ずかしいのに…‥‥」

 下着屋の女将がアウリースを焚きつけているが、ちょっとこれはあらぬ嫌疑を俺にかけられそうな気がしてならない。

「あ、あの。アウリース。俺専用って書いてある気がするんだが……」

「あ、は、はいっ! グレイズさん専用ですっ! はっ! そういう意味じゃなくて……。いや、そういう意味もあるんですけど、違ってて、ああ、その」

「やっべえな。下着屋の女将の奴、隠し玉あるって余裕ぶっこいてたけどアレかー。インパクトが半端ねぇな。カーラちゃんの浮き文字が霞んじまう」

 下着屋の女将が付けた文字に酒場の親父もポーション屋の若旦那も敗北感を感じているようだ。

 俺も負けそうである。アウリースのこれは明らかに外堀を埋められた気がしてならない。残るのは内堀のみだが、この分だと早々に陥落してもおかしくなかった。

「ひぇひぇひぇ、みんな屋号を入れないで何の宣伝をしてるかねぇ」

 おばばがニヤニヤと笑っているが、俺はこの賭けには神様も参加していると知っているためあまり笑えない状況だ。

 早いところ俺の結婚ネタ以外の娯楽を、このブラックミルズに供給しないとな……。

「ごめんね。グレイズさん。みんながこんな悪ふざけに莫大なスポンサー料を払うとは思わなかったの」

 少しばかり打ちひしがれていた俺に声をかけたのは、メリーであった。

「ああ、メリーか。まぁ、商店街の連中のことだから仕方ないさ……。みんなが嫌でないなら別に俺がからかわれるだけだしな。これで装備代が浮くならいいってことさ。ただ、スポンサー制を若い奴らが誤解しないかだけ不安なんだが……」

 メリーは銀色に輝く神殿騎士の鎧を着込んでいるが、スポンサーが入れた文字らしいものが見えないでいた。

「ごめん、本当にごめんね。グレイズさん」

 申し訳なさそうな顔でメリーがスッと吸収の大盾を差し出してきた。そこには『正妻予約済み』っとデカデカと大書されている。

「グレイズの奴がグズグズ言いやがるから、他の男に掻っ攫われないようにスポンサー契約してまで悪い虫を追い払っておるんじゃわい」

「細工屋の親父さんが屋号なんざいいから、この文字入れろってうるさくってね……。他の子もその商店街の人たちが……」
「細工屋が既成事実化しようとしているとは……。これはマズいわね」

 下着屋の女将が盾に書かれた文字を見て

「ああ、うん。おおよそ理解している。みんなが嫌でないなら別にいいぞ」

 すでにあきらめの境地に達している。いずれ、通らねばならぬ道が早まったというだけのことだと思うことにした。

「ひぇひぇひぇ。グレイズはモテモテじゃのぅ。これでまた参加者が増えるじゃろうな」

「自由にしてくれ……」

 俺はグッタリとして椅子に背を委ねるとぬるくなった紅茶を口に含んでいた。

 その後、スポンサー契約書の確認と表示期間の確認。破損時の修繕等の諸条件の確認をした後で正式に装備が引き渡された。

 このあたりの契約書はキチンとした物を作り、あとに続くであろう若い奴も商店街側も困らないようにと、しっかりと俺の意見も入れさせてもらっている。

 こうして、ブラックミルズで断絶していたスポンサー制は俺の嫁レースの宣伝媒体という奇異な形で復活することとなった。

 おかげでしばらくの間、若い男性冒険者からやっかみと嫉妬と羨望が入り混じった視線に晒されるし、セーラがみんなの装備を見て、羨ましそうにしているのを見たメリーがダンジョン販売店に使うエプロンに『グレイズ御用達、手出し厳禁!!』と入れたエプロンを贈ってグレイがキレかかるのを他のおっさんずが押さえるという場面に遭遇していた。
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