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第二部 第九章 苦難の道
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小型ナイフを手前に引こうとしたメラニアの身体から光が発生し、地面に召喚陣が錬成され始めていた。
だが、今はそんなことに構っている暇はなく、すぐにメラニアに近づくと首筋に当てた小型ナイフの刃を自らの手で握り潰した。
素早く近づき、小型ナイフの刃を握り潰した俺を見たメラニアの目が驚きに見開かれている。
「頼む、頼むから早まらないでくれ。気安く死で償うなんて言葉を使わないでくれ……頼む」
俺の脳裏には育ての父とも慕っていた丁稚奉公の時からずっと勤めていた商店の店主が、借金を苦に追い詰められ首を吊った記憶が蘇っていた。
死んでしまったら、それ以上何もできないんだ。何も……。
「生きてくれ……」
「グレイズ様……。家も王家も国家も捨てたタダの女で、不貞を行った売女と罵られ婚約破棄されたとてつもなく巨大な恥を背負った女でも生きて良いのですか?」
「ああ、構わない。生きてさえいれば汚名を雪ぐ機会もくる!」
「……分かりました。グレイズ様の言う通り、生きて汚名を雪ぐ機会を探します。でも、ちょっとだけ勇気が足りないので、ほんの少しだけグレイズ様の優しさに頼っていいですか?」
メラニアが生きる意志を灯したまっすぐな目で俺を見つめていた。
「ああ、おっさんで商人崩れのしがない冒険者でよければ、いくらでも頼ってくれていいぞ」
小柄な身体のメラニアの肩にそっと手をおくと、メラニアも穏やかなに笑みを浮かべた。
「じゃあ、私たちもメラニアの汚名を雪ぐお手伝いをさせてもらうかしらね。あの日何があったのか教えてくれるかしら、ここにいる全員が、貴方があんなことをする人だと思ってないからね」
メラニアが死ぬ選択を捨てたと見たメリーが俺からは聞きにくいことを聞いてくれていた。
こういった話は異性である俺からは聞かない方がいいと思われた。
「ありがとうございます。わたくしもあの日起きたことはあまり理解していないというのが実情でして……。婚約披露会を終えてアルガド様と宿に戻ると、一緒にワインを飲んだ記憶まではあるのですが……。その後、目覚めた時は隣には、最近アルガド家に出入りしていた商人の男性が寝ていて、怒り狂われたアルガド様によって……。その……男性が殺されてしまい。わたくしの不貞を詰って婚約を破棄されたという次第です。その男性とは婚約披露会の衣装の件で二言、三言交わした記憶はありましたが、そういった仲ではありません。これだけは信じてください」
メラニアがあの日起こったことで覚えていることを喋っていた。
彼女の話を聞いたことで得た情報は、『前日、アルガドとワインを飲んだ』と『目覚めたら、隣に商人の男が寝ていた』と『アルガドに起こされて、その男が殺された』という三つの情報しかない。
汚名を雪ぐにはもう少し情報を集めないと厳しい気がする。
事件が起きた宿の従業員たちに話を聞いてもっと情報を集めないとな。
そんな風にしてメラニアから事情を聴いていると、捜索に参加してくれていた駆け出しや中堅なり立ての冒険者たちがガヤガヤと声を発して集まってきていた。
「あーメラニアちゃん! 良かった。無事だったんだね」
「いやー良かったぁ。あの豚ギルマスに婚約破棄されたって聞いて心配してんだよ」
「グレイズさん、良かったですね。今度はメラニアさんも養うんすか? もう、五人目っすよ。何人嫁にするんすか」
冒険者たちは口々にメラニアの無事を喜び、彼女が起こしたことを責める者は皆無であった。
「皆様、ご迷惑をおかけました。わたくしのためにお時間取らせたようで……。本当に、本当にありがとうございます」
「ゲフン、ゲフン、メラニアを嫁にとかいう話は置いておくとして、無事保護できたのはみんなが手助けしてくれたからだと思っている。上に戻ったら、日当とは別に俺の驕りで、みんなで飲むぞ」
「「「「「やったぁあ!! さすが、『持ってる男グレイズ!!』、ゴチになりますっ!!!」」」」」
捜索に参加していた若い冒険者たちから、喜びの歓声があがっていく。
この数日、捜索に参加して稼げなかった分を補填する意味も込め、飯くらいは奢っても罰は当たらない気がしていた。
「で、でしたら、わたくしは皆様に給仕をさせてもらいます。それくらいはしないと罰が当たりますから」
「メラニアちゃんの給仕で酒が飲めるだって! マジでこの捜索に参加してよかったぜ」
若い男性冒険者たちが、メラニアが給仕してくれると聞いてソワソワしているのが見えた。
「あらー。メラニアだけの給仕で満足なのかしら? 私やアウリース、カーラ、ファーマも給仕してあげるわよ。今回はみんなには追放者のわがまま聞いてもらったからね」
「「「おおぉ!!! 天国か!!!」」」
メリーがメンバー全員で給仕すると言うと、『おっさんず』を含めた中堅なり立ての冒険者たちからも歓声が上がっていた
「ちなみに女性冒険者の子はグレイズさんが給仕してくれるからねー」
「え? 俺もするの」
メリーから突如として女性冒険者への給仕指令下る。
こんな、おっさんが給仕しても喜ばないだろう。
と思ったが、セーラを始めとした年若い女性の冒険者たちから黄色い歓声上がっていた。
「グ、グレイズさんに給仕してもらえるとか、ご褒美としては最高です」
「セーラ、俺はただのおっさんだぞ」
「それがいいんです。大人の男って感じが凄くするグレイズさんの人気は結構凄いんですよ」
「そ、そういうものなのか。よくわからんが」
地上に上がってからの酒盛りにみんなが浮かれていた時、駆け出しの冒険者が一人、大きな声を上げていたのが耳に届いた。
「おっ! 宝箱があったぞ! 見たことない金色に輝く宝箱だ! これは、超レアな宝箱か?」
何やらダンジョンが生成した宝箱を見つけて喜んでいる声が聞こえてきたが、俺はその宝箱の色を聞いて、身体中から冷や汗がドッとでてきていた。
同じくAランクまで上がって深層階層まで到達したことのあるアウリースが、俺と同じように焦った顔をしているのが見える。
「おい! それは、集団転移魔法を仕込んだ魔物だ! 絶対に触るな!」
俺は声の限りに大声を出して、宝箱を発見した冒険者に金色の宝箱に触らないように警告を発していた。
「え? なんだって? 聞こえないっすよ。グレイズさん」
二〇階層以降の深層階に潜ったことのあるベテラン冒険者たちであれば、金色宝箱は知らない場所に飛ばされる可能性の高い危険な魔物だとの共通認識ができているはずだが、低層階で金色宝箱が生成されるなんてあり得ないので、その危険性を知らないのであろう。
まさか、金色宝箱がこんな場所に……。はっ、メラニアの召喚魔術か! あの時、召喚陣で金色宝箱を引き当てたのかもしれん。
俺の発した警告は後方の探索者まで届かなかったようで、部屋の後方から黄金色の光がこちら側に向けてもの凄い勢いで拡がり始めている。
狭い部屋に多数の冒険者が詰めていたため、集団転移トラップから逃げられるスペースはどこにもなかった。
すぐに逃げられないと判断し、それぞれが別個に飛ばされないようにと、手を繋ぐことを周囲に警告することにした。
「やばい、転移が発動したぞ! みんな、バラバラに飛ばされないようにパーティーごとに手を繋げ!! どこに飛ばされるか分からんぞ!」
「グレイズさん! 光がくるよー!」
黄金色の光は後方のパーティーを呑み込んだかと思うと、新たなパーティーを包み込み始めていた。
「メラニア、ファーマ、カーラ、アウリース、メリー、セーラ、ハク、おっさんずも、手を繋げ! ここじゃ光を回避できない!」
「もしかして、わたくしの召喚魔術ですか……。ああ、なんということをしでかしてしまったのかしら……」
「怖いよー。グレイズさん! ファーマどうなっちゃうの」
「これが転移の光。冒険者を苛む悪夢の光と書かれていた」
「こんな低階層で金色宝箱が出るなんて」
「噂でしか聞いたことなかったけど、こんな綺麗な光が、命を奪う可能性もある転移の光なんてね」
「セーラ、しっかりと握れ、オレらも金色宝箱は初めて出会った。どうなるか、分からん。しっかりと手を握っておけ」
「こんなのって……」
俺の近くに寄ったメンバーたちがそれぞれに手を繋ぎ、迫りくる黄金色の光に身構えることにした。
周囲では、俺の警告を聞いた中堅や駆け出しパーティーたちが、同じようにパーティーメンバー同士で手を繋ぎ、かなりのスピードで近づく黄金色に次々に取り込まれていく。
「来るぞ! 身構えろ!」
目前に迫った黄金色の光に、俺たちも取り込まれて行き、身体がフッと軽くなる感触とともに意識が遠のいていくことになった。
だが、今はそんなことに構っている暇はなく、すぐにメラニアに近づくと首筋に当てた小型ナイフの刃を自らの手で握り潰した。
素早く近づき、小型ナイフの刃を握り潰した俺を見たメラニアの目が驚きに見開かれている。
「頼む、頼むから早まらないでくれ。気安く死で償うなんて言葉を使わないでくれ……頼む」
俺の脳裏には育ての父とも慕っていた丁稚奉公の時からずっと勤めていた商店の店主が、借金を苦に追い詰められ首を吊った記憶が蘇っていた。
死んでしまったら、それ以上何もできないんだ。何も……。
「生きてくれ……」
「グレイズ様……。家も王家も国家も捨てたタダの女で、不貞を行った売女と罵られ婚約破棄されたとてつもなく巨大な恥を背負った女でも生きて良いのですか?」
「ああ、構わない。生きてさえいれば汚名を雪ぐ機会もくる!」
「……分かりました。グレイズ様の言う通り、生きて汚名を雪ぐ機会を探します。でも、ちょっとだけ勇気が足りないので、ほんの少しだけグレイズ様の優しさに頼っていいですか?」
メラニアが生きる意志を灯したまっすぐな目で俺を見つめていた。
「ああ、おっさんで商人崩れのしがない冒険者でよければ、いくらでも頼ってくれていいぞ」
小柄な身体のメラニアの肩にそっと手をおくと、メラニアも穏やかなに笑みを浮かべた。
「じゃあ、私たちもメラニアの汚名を雪ぐお手伝いをさせてもらうかしらね。あの日何があったのか教えてくれるかしら、ここにいる全員が、貴方があんなことをする人だと思ってないからね」
メラニアが死ぬ選択を捨てたと見たメリーが俺からは聞きにくいことを聞いてくれていた。
こういった話は異性である俺からは聞かない方がいいと思われた。
「ありがとうございます。わたくしもあの日起きたことはあまり理解していないというのが実情でして……。婚約披露会を終えてアルガド様と宿に戻ると、一緒にワインを飲んだ記憶まではあるのですが……。その後、目覚めた時は隣には、最近アルガド家に出入りしていた商人の男性が寝ていて、怒り狂われたアルガド様によって……。その……男性が殺されてしまい。わたくしの不貞を詰って婚約を破棄されたという次第です。その男性とは婚約披露会の衣装の件で二言、三言交わした記憶はありましたが、そういった仲ではありません。これだけは信じてください」
メラニアがあの日起こったことで覚えていることを喋っていた。
彼女の話を聞いたことで得た情報は、『前日、アルガドとワインを飲んだ』と『目覚めたら、隣に商人の男が寝ていた』と『アルガドに起こされて、その男が殺された』という三つの情報しかない。
汚名を雪ぐにはもう少し情報を集めないと厳しい気がする。
事件が起きた宿の従業員たちに話を聞いてもっと情報を集めないとな。
そんな風にしてメラニアから事情を聴いていると、捜索に参加してくれていた駆け出しや中堅なり立ての冒険者たちがガヤガヤと声を発して集まってきていた。
「あーメラニアちゃん! 良かった。無事だったんだね」
「いやー良かったぁ。あの豚ギルマスに婚約破棄されたって聞いて心配してんだよ」
「グレイズさん、良かったですね。今度はメラニアさんも養うんすか? もう、五人目っすよ。何人嫁にするんすか」
冒険者たちは口々にメラニアの無事を喜び、彼女が起こしたことを責める者は皆無であった。
「皆様、ご迷惑をおかけました。わたくしのためにお時間取らせたようで……。本当に、本当にありがとうございます」
「ゲフン、ゲフン、メラニアを嫁にとかいう話は置いておくとして、無事保護できたのはみんなが手助けしてくれたからだと思っている。上に戻ったら、日当とは別に俺の驕りで、みんなで飲むぞ」
「「「「「やったぁあ!! さすが、『持ってる男グレイズ!!』、ゴチになりますっ!!!」」」」」
捜索に参加していた若い冒険者たちから、喜びの歓声があがっていく。
この数日、捜索に参加して稼げなかった分を補填する意味も込め、飯くらいは奢っても罰は当たらない気がしていた。
「で、でしたら、わたくしは皆様に給仕をさせてもらいます。それくらいはしないと罰が当たりますから」
「メラニアちゃんの給仕で酒が飲めるだって! マジでこの捜索に参加してよかったぜ」
若い男性冒険者たちが、メラニアが給仕してくれると聞いてソワソワしているのが見えた。
「あらー。メラニアだけの給仕で満足なのかしら? 私やアウリース、カーラ、ファーマも給仕してあげるわよ。今回はみんなには追放者のわがまま聞いてもらったからね」
「「「おおぉ!!! 天国か!!!」」」
メリーがメンバー全員で給仕すると言うと、『おっさんず』を含めた中堅なり立ての冒険者たちからも歓声が上がっていた
「ちなみに女性冒険者の子はグレイズさんが給仕してくれるからねー」
「え? 俺もするの」
メリーから突如として女性冒険者への給仕指令下る。
こんな、おっさんが給仕しても喜ばないだろう。
と思ったが、セーラを始めとした年若い女性の冒険者たちから黄色い歓声上がっていた。
「グ、グレイズさんに給仕してもらえるとか、ご褒美としては最高です」
「セーラ、俺はただのおっさんだぞ」
「それがいいんです。大人の男って感じが凄くするグレイズさんの人気は結構凄いんですよ」
「そ、そういうものなのか。よくわからんが」
地上に上がってからの酒盛りにみんなが浮かれていた時、駆け出しの冒険者が一人、大きな声を上げていたのが耳に届いた。
「おっ! 宝箱があったぞ! 見たことない金色に輝く宝箱だ! これは、超レアな宝箱か?」
何やらダンジョンが生成した宝箱を見つけて喜んでいる声が聞こえてきたが、俺はその宝箱の色を聞いて、身体中から冷や汗がドッとでてきていた。
同じくAランクまで上がって深層階層まで到達したことのあるアウリースが、俺と同じように焦った顔をしているのが見える。
「おい! それは、集団転移魔法を仕込んだ魔物だ! 絶対に触るな!」
俺は声の限りに大声を出して、宝箱を発見した冒険者に金色の宝箱に触らないように警告を発していた。
「え? なんだって? 聞こえないっすよ。グレイズさん」
二〇階層以降の深層階に潜ったことのあるベテラン冒険者たちであれば、金色宝箱は知らない場所に飛ばされる可能性の高い危険な魔物だとの共通認識ができているはずだが、低層階で金色宝箱が生成されるなんてあり得ないので、その危険性を知らないのであろう。
まさか、金色宝箱がこんな場所に……。はっ、メラニアの召喚魔術か! あの時、召喚陣で金色宝箱を引き当てたのかもしれん。
俺の発した警告は後方の探索者まで届かなかったようで、部屋の後方から黄金色の光がこちら側に向けてもの凄い勢いで拡がり始めている。
狭い部屋に多数の冒険者が詰めていたため、集団転移トラップから逃げられるスペースはどこにもなかった。
すぐに逃げられないと判断し、それぞれが別個に飛ばされないようにと、手を繋ぐことを周囲に警告することにした。
「やばい、転移が発動したぞ! みんな、バラバラに飛ばされないようにパーティーごとに手を繋げ!! どこに飛ばされるか分からんぞ!」
「グレイズさん! 光がくるよー!」
黄金色の光は後方のパーティーを呑み込んだかと思うと、新たなパーティーを包み込み始めていた。
「メラニア、ファーマ、カーラ、アウリース、メリー、セーラ、ハク、おっさんずも、手を繋げ! ここじゃ光を回避できない!」
「もしかして、わたくしの召喚魔術ですか……。ああ、なんということをしでかしてしまったのかしら……」
「怖いよー。グレイズさん! ファーマどうなっちゃうの」
「これが転移の光。冒険者を苛む悪夢の光と書かれていた」
「こんな低階層で金色宝箱が出るなんて」
「噂でしか聞いたことなかったけど、こんな綺麗な光が、命を奪う可能性もある転移の光なんてね」
「セーラ、しっかりと握れ、オレらも金色宝箱は初めて出会った。どうなるか、分からん。しっかりと手を握っておけ」
「こんなのって……」
俺の近くに寄ったメンバーたちがそれぞれに手を繋ぎ、迫りくる黄金色の光に身構えることにした。
周囲では、俺の警告を聞いた中堅や駆け出しパーティーたちが、同じようにパーティーメンバー同士で手を繋ぎ、かなりのスピードで近づく黄金色に次々に取り込まれていく。
「来るぞ! 身構えろ!」
目前に迫った黄金色の光に、俺たちも取り込まれて行き、身体がフッと軽くなる感触とともに意識が遠のいていくことになった。
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