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日常編
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しおりを挟む「そ、そうですかね? あたし、がめついとか思われちゃいますかね?」
俺の言葉に焦った表情をしているセーラだが、別に俺がそういった女性が嫌いというわけではない。
ただ、世間一般的にはという話である。
「別に俺はそう感じるわけじゃないからな。大丈夫だ」
「そうよ。グレイズさんは商人でもあるしね。セーラの商魂が逞しくなれば、いい嫁になったなぁって喜んでくれるわよ。きっとね」
そう背後から声を掛けてきたのは、セーラの師匠となりつつあるメリーであった。
「メ、メリーさん」
「セーラも頑張って稼いでね。ダンジョン販売店はこれから規模を拡大すると思うし、冒険者たちの実力が上がって中層階に潜る人たちが増えたら、セーラが言ってた第一五階層くらいにも出張所を作ろうかなと思うしね。ブラックミルズのダンジョンは冒険者ギルドの手厚い『冒険者の生活向上政策』で冒険者を目指す若い子がもっと増えるだろうしね」
「そ、そうなんですね。それじゃあ、アルマさんとお話も付いたという感じでしょうか?」
「いったいどういうことだ? ギルマスの俺は『冒険者の生活向上政策』なんて聞いてないんだが……」
メリーが口にした『冒険者の生活向上政策』という話は今まで聞いたことがなかった。
メリーの口ぶりだと代行者に任じているアルマのところで話が進んではいるようだが。
訝しんでいる俺の服の裾を引っ張る者がいた。
「誰だ?」
振り向くとそこにはアルマがいた。
「グ、グレイズさん。ご領主様の許可もキチンと取れましたので、この場を借りて口頭で申し訳ありませんがご説明させてもらいます。後日、正式な書類にして提出は致しますが早急に実施するようにと陛下からの下命もありましたので……」
アルマが申し訳なさそうに頭を下げていた。
代行者に任命したのは俺自身なので、ギルドマスターの仕事をキチンとしてくれているなら、別に怒る必要もない。
「別に謝らなくてもいいさ。アルマを任命したのは俺だしな。それにジェネシスの下命となれば、最優先事項になることだし。俺への説明が遅れたくらいは怒ることでもないさ」
「そ、そう言ってもらえるとありがたいです。では、メリーさんの言われた『冒険者の生活向上政策』をご説明させてもらいます。まず、基本的な依頼料が現在よりも一割ほど割り増しします。すでに今年一度増額してますから、トータルで前年度より三割増しとしております。今回の依頼料増額は、クレストン家への献上金が無くなり、後任の領主となったブラックミルズ公爵家の当主が献上金の受け取り拒否をされたため、冒険者への利益還元という形で決定が下されました。これは陛下も承認されているので合法の依頼料増額です」
前任のギルマスであるアルガドによって裏帳簿を作らされたアルマは、二度と法に触れることをしないようにと努めて慎重に冒険者ギルドの政策決定を進めていたようだ。
それにしても、新しく領主となったメラニアは、領内のダンジョン都市であるブラックミルズからあがる冒険者ギルドの献上金を受け取らなくて生活が成り立つのだろうか。
一応、王位継承者だし、大貴族様だし、それなりのお金はかかると思うんだが……。ずっと、俺の家に居候というわけにもいかないだろうし。
「ブラックミルズ公爵家の取り分無しって、メラニアは大丈夫なのか?」
「ええ、メラニアはグレイズさんの家に居を定めるし、衣食住はグレイズさんが受けた公爵家相談役のお給料から支払ってくれるでしょ?」
メリーがさも当然と言ったように、メラニアの同居を提案してきていた。
「え!? 俺んちにずっと住むの?」
「ええ、ジェネシスも住みたいとは言ったけど、さすがに王様は無理だし、アルガドの使ってた屋敷をジェネシスには使ってもらうことにしてあるからね。警護は、ほら、ダンジョンでグレイズさんがスケルトンから復活させたSランク冒険者たちにお任せしてあるから。彼らもゾンビから復活して心を入れ替えて真面目に冒険者するって言ってるし、なによりジェネシスを気に入ってるみたいだからね。警護をお任せしたわ」
ノーライフキングにスケルトンにされたSランク冒険者たちは、あの後も色々とこっちの工作に手を貸してくれていた。
一応、闇市に関わった関係者であったが、ノーライフキングによって一度殺されているのと、アルガドの情報収集に手を貸したことで、罪は不問とされていた奴らだ。
そんな彼らが王であるジェネシスの護衛を担うとのことだ。
「おい、ジェネシスはそんなこと言ってなかったぞ」
「大丈夫です。メラニア様の許可は取ってありますから、陛下も納得されております。治安担当のジェイミーさんも、情報収集のヨシュアさんもサポートで付きますので陛下の安全は保障されるはずです」
アルマがメリーの話の補足を行っていた。
「まぁ、ジェネシスとメラニアが納得しているならいいが……」
「では、続きを報告させてもらいます。依頼料増額とともに冒険者ギルド内での商店街連合会による売店設置許可も頂きました。これは、グレイズさんとメリーさんの運営する会社を通して商店街の品物を消耗品を中心に販売させてもらうつもりです。冒険者ギルドは場所代を頂き、商店街の皆さんは販売機会を得るといった形です」
「それはさっきセーラたちに聞いていたな。商店街の連中も喜ぶだろうし、冒険者たちも買い忘れた品を買えて助かると思う」
冒険者ギルド内での売店設置は何度もブラックミルズの街で議題に上っていたが、冒険者と商店街との間が拗れた近年では放置されていた事柄であった。
それを通せたのは、両者が最近融和モードになりつつあったからだと思われる。
「はい。一応、定価販売ですが、商店街まで足を伸ばさずに品物が購入できるので、利用者は増えると予測されてます」
「確かに利便性が高いからな。冒険者の朝は忙しいし、よく売れると思うぞ」
「これは、すでに改装工事の図面を書いてもらっていますので、早ければ再来月くらいには設置できるかと」
「おお、こういうのはすぐに作った方がいいな」
売店に関しては冒険者、商店街、冒険者ギルドと全ての人に利益が回ると思われるので、アルマたちの早急な対応に感謝していた。
「そして、あとは初心者育成の育成期間の設置を決定させてもらいました。これから冒険者登録を行う方は、登録から一年間は育成機関としてどれだけ実績を上げても第一〇階層までで実力を磨いてもらうことにしています。そのための低階層の討伐納品系依頼料増額、育成期間の鑑定料無料化、喫茶スペースでの昼食無料券配布を決定しております。一年じっくりと低層階で実力を鍛えてもらい、資金と装備を整えてからしか中層階へ潜れないように致します。これで、実力不足のまま中層階に潜って遭難や大怪我、全滅するパーティーも減ると思います」
「それはベテランがパーティーリーダーを務めるパーティーも含まれるのか?」
「はい。でも、パーティー内にCランク以上が三名以上在籍なら、育成期間適用はありません。ただし、新人を補充メンバーとして追加したパーティーが何度もメンバーを入れ替えするのはランクアップ査定にマイナス査定とさせてもらいます。しっかりと育成に手を入れてもらうように注意喚起もギルドからはさせてもらうつもりですから。それ以外は、全パーティー適用させてもらうつもりです。これらの政策が実施されれば、低層階でも十分に稼げるはずですしね」
新人冒険者に関しては育成期間という名の階層進入規制がかけられるようだ。
駆け出しパーティーが一年間、じっくりと低階層で実力と資金を養っておけば、中層階に入ってもそれなりに探索ができるはずであるのは理解できた。
それにベテランの揃うパーティーへの新人加入にも育成を重視する査定を取り入れるようだ。こういった査定を入れておけば、新人を罠避けや囮に使うゴミパーティーも発生しなくなるだろう。
「オッケー。いい政策だと思う。俺が考えていた冒険者学校みたいなものに近い政策で助かる」
「メリーさんが言っていたのも知ってますし、私もグレイズさんがそういった機関の設立をさせたいと言っていたのを知っていたので、メラニア様や陛下に許可をもらい近いものを冒険者ギルドとして作らせてもらいました」
「新人が食える仕事になれば、ブラックミルズの冒険者はもっと増えるだろうし、犯罪にも走らなくなるだろうさ」
「はい、今までは駆け出しの冒険者は食べていけない人が多数でしたからね。少しでも支援できればと思いましたので……」
これでまたアルマの株が冒険者の間で上がっていくだろう。
歴代のギルドマスターが放置してきた駆け出し冒険者の育成に舵を切ったブラックミルズは冒険者を目指す者たちの聖地へと発展していくかもしれない。
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