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アイドル

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「もう一度言うぞ。その手を離せ。痛い目見るぞ」

 中年男性を睨みつける彼。

「……わ、わかったよぉ!」

 中年男性は逃げていった。

 ……終わった。

「はぁ、怖かったぁ」

 彼が前髪を下ろしながら吐き出す。

「本当にありがとうございました!!」

 よかった。彼がいなかったら今頃。

「いや、助けてって声が聞こえたから」

「お礼は何を……っ」

「いや大丈夫って。俺、そんなに良いやつじゃないから。今日は嬉しいことがあったから助けたけど、いつもなら無視していたかもしれないし」

 謙虚なのか、本当なのかは分からないけど、助けられた事実は変わらない。

「それでもっ」

「いや、本当に大丈夫だって」

「じゃあ、せめて名前だけでも」

「まあもう会うことないと思うからいっか。俺は神宮寺伊織だよ」

 伊織くんか……。

 あれ?何か胸が痛いような……。

 これが恋なのかな?いや、きっとそうだ。

「ほら、家まで送るよ。これからは一人で歩くなよ」

 伊織くんは優しく私を家の近くまで送ってくれた。

 私は気づいてしまった。伊織くんに落ちてしまったことに。

 それからは、伊織くんに振り向いて貰うために容姿を整えた。
 そしたら、アイドルプロデューサーがスカウトして、いつの間にかトップアイドルと呼ばれるようになってしまった。

 あとは、伊織くんを公式ファンクラブの会長にしたり、ライブチケットを無料で送ったり。

 伊織くんに頑張ってって言われたくなったから「いつか大きなステージでアイドルするのが夢」とか言ったりした。

 握手会でも名前呼びしてみたり、ライブ中に視線を合わせたり。
 本当に色々した。

 でも気づいてしまった。

 この恋はこのままじゃ実らないことに。

 アイドルという存在がどうしても足枷となってしまう。

 そのことに気づいた私はメンバーの二人に相談して辞めることにした。
 二人は快く応援してくれた。

 引退してからは、東京から伊織くんの家の近くのマンションに引っ越して伊織くんの通う高校の試験を受けた。

 何故伊織くんの家や学校を知ってるのかって?
 それなら握手会の時に聞いたら普通に答えてくれた。いや、かなりしつこく聞いたら教えてくれた。

 そして、入学したら幸先良く伊織くんと同じクラスになれた。その上隣の席にまで!
 我慢できずに私は校舎裏に呼び出してしまった。告白するために。

 そう、私の夢は伊織くんと付き合うこと。
 まあ、伊織くんは私のファンだから結果は目に見えてるけどねっ!



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