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第四章 知の都 リヒシュータ領 ダヴェニス
第七十九話 円卓会議
しおりを挟む薬事室の中は、とにかく紙と物でいっぱいでした。
決して狭くはないはずなのに、並べられた机の上には紙が溢れかえっていて、開きっぱなしの本が何重にも積み重ねられています。
かと思えば、窓辺にはプランターが並べられ、種々の植物が育てられているのでした。
壁は全面本棚になっていて、年代順なのか、筆者順なのか、タイトル順なのかいまいち判然としない並べ方で詰め込まれています。中には背表紙の色順のところもありました。
そして、その間を縫うように研究員の方々が走り回っています。
研究というと、もっと静かに本を繰るイメージだったのですが、どうやら違うようです。
「ラムダ洞窟の水晶、届いたか!」
「はい、先ほどの便で届きました!」
「すぐにサフラ湖水で解毒して一〇五号室に届けてやってくれ! あの研究が終わらないと奴ら寝られないんだ」
「はい!」
どうやら一階の各部屋は薬事室の管轄下にあるようです。
お姉さまにそっと伺うと、一階は専ら研究施設になっているとのことでした。
「ちなみに他の階は……?」
「二階は寮よ。他の階は、……知りたいの?」
詳しく伺うのはやめておきました。
軍には守秘義務というものがあるはずです。
決して藪から蛇だなんて考えていません。
* * *
薬事室の更に奥の部屋を開けると、そこは小さな会議室になっていました。
円卓が置かれ、黒板まであります。
そしてその席には、各界の名だたる方々が座っていらっしゃいました。
「おお! ルコットちゃん! 久しぶりじゃの!」
「元気にしておったか!」
「ブランドンさま! ベータさま!」
真っ先に立ち上がって抱擁してくださったお二人に、私も破顔してしまいます。
わざわざ任地から駆けつけてくださったのでしょうか。
変わらずお元気そうで何よりです。
「聞いたぞ、ホルガーと別れたんじゃろ。寂しかろう。うちに養子に来るといい。アルシラの四季を見せてやろう」
「おいブランドン、デリカシーのない! ……まったく、油断も隙もない奴じゃな。ルコットちゃん、うちに来るといい。ミルノも良い所じゃぞ」
「おい、二人ともいい加減にせんか。ルコットさまが困ってらっしゃるだろう」
そう立ち上がられたのは、この国では知らぬ人のない大英雄、先のレインヴェール伯、サイラス=クリスティーさまでした。
「お初にお目にかかります、サイラス=クリスティーさま。私は……」
サイラスさまは、ホルガーさまの元上官であり、養父に当たる方です。
そんな方に、一体どう自己紹介すれば良いのでしょう。
私の迷いを見て取られたのか、サイラスさまは殊更気さくに笑いかけてくださいました。
「ルコットさま、勿論存じ上げております。どうかそんなに怯えずに」
屈むように目線の高さを合わせてくださるサイラスさまに、私の緊張も少しずつ解けていきます。
「ありがとうございます。あの、結局一度もご挨拶に伺えず、申し訳ありませんでした」
ずっと気にかかっていたことでした。
義養父母に当たる方に挨拶一つしないまま、離縁してしまったこと。
タイミングが合わなかったといえばそれまでですが、大変な失礼であったことに変わりはありません。
しかし、サイラスさまはきょとんとされると、「何をそんなに思いつめた顔をしているかと思えば……」と呆れたように呟かれました。
「アルシラでのことも、その後のこともホルガーから聞いております。あなたのことを誇りはしても、責めるなどありえない」
深いシワに囲まれた瞳と、じっと見つめ合います。
穏やかな、大地のような方だと、改めて感じました。
「愚息とのことも、気にする必要はありません。運命の赤い糸というのは、そう簡単に切れるものじゃない。時が来ればまた交わるでしょう」
意味がわからずぽかんとする私を置いて、サイラスさまはニカリと笑われました。
「私のことは父と思っていつでも頼ってくだされ」
いつだったか、ある夕食の席で、ホルガーさまがこう仰っていました。
――俺はかつて、クリスティ大将に救われたのです。
詳しくは聞かせてくださらなかったのですが、今何となくあの言葉の意味がわかった気がします。
軍での生活の中で、この方の存在はどれほど眩しいものだったでしょう。
苦しい中でホルガーさまを助けてくださっていたことに、私は心の中で感謝を捧げました。
「……では、私のこともルコットと」
白髪の老騎士さまは、それを聞くと、輝く笑顔で私を高く抱き上げてくださいました。
「ほら、そろそろいい? 会議始めるわよ」
スノウ姉さまの声に、はっと周囲を見回すと、皆さまが小さく拍手をしてくださっていました。
優しげな眼差しがかえっていたたまれません。
そろそろと自分の席に着くと、お姉さまが「さて」と空気を切り替えてくださいました。
「まず、今回の議題『鉄道計画』について簡単に説明しておくわ」
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