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第四章 知の都 リヒシュータ領 ダヴェニス
第八十三話 夢を運ぶ列車
しおりを挟む「鉄道車両というのはどういう見た目をしているのだろうね」
ハントさまの呟きは私たち全員の心の声を代弁していました。
翌朝、気分を変えようと話し合いの場所を温室内のテラスに移したのですが、だからといってすぐにアイデアが降って湧いてくるわけではありません。
マシューさまも、「想像さえ難しい」と唸られています。
「小説の中では、『乗り込む』『移動する』とありますから、馬車のようなものかと思うのですが……」
「しかし、決まった道しか走らないのだろう? 妙な馬車だね」
それまで黙って俯かれていたスノウ姉さまが、顔を上げられました。
「馬車というなら車輪がついているはずよね」
「まあ、それは必要でしょうね」
エドワードさんが同意します。
「彼の意見は十人の学者に匹敵する」と昨夜夕食の際、ハントさまが冗談交じりに仰っていたのを思い出しました。
それを思うと何とも心強くなります。
「鉄道が走る道を始めから窪ませておいたらどう? 天井のないトンネルみたいに」
「不可能ではないでしょうが、現実的ではありませんね」
「まあ、そうよね」
再びお姉さまが熟考に入られます。
天井のないトンネルはなかなか良い案な気がしたのですが、穴掘りの作業を考えると、魔術を使ったとしても、とても二年には間に合わないそうです。
しかしそれなら、穴を掘る面積が少なければ良いのでしょうか。
「それなら、車輪の走る部分だけ穴を掘ってはいかがでしょうか」
「……なるほど、車輪の走る溝を作るのか」
単なる思い付きだったのですが、マシューさまが「それです!」と立ち上がられました。
エドワードさんも「なるほど、それなら……」と思索されています。
お姉さまが見たこともないほど大きく瞳を見開かれていました。
そのとき、ハントさまが落ち着いた口調で口を開かれました。
「確かに良い発想だ。溝だけでは強度に問題があるだろうが、そこは開発組の腕の見せ所だね。方向性としては、地面に車輪を固定する道――そうだね、仮に『レール』と呼ぼう――それを国中に張り巡らせて、その上を車両が走るという形が最善かもしれない」
「……そうね、きっと現状それ以上の手はないわ」
お姉さまとエドワードさんも頷かれました。
これで、車両を走らせるための手段は一応大まかに決定したことになります。
次は肝心の車両そのものを考えなければなりません。
「これは最低限箱型をしていれば良いでしょう。レールの上を走れば良いのですから」
エドワードさんの冷静なお言葉は、もっともでした。
「箱型」というキーワードのおかげで、頭の中にイメージが湧きやすくなります。
「車両は魔石を溶かして作りましょう。金か土か両方混ぜるか。きっと世界一の強度を誇るものになるわ」
「それは賛成です。魔石には大地の加護も込められていますから」
燃料になるのはやはり火と風の魔石。
反応が穏やかで静かな割に、生まれるエネルギーが大きい組み合わせなのだとか。
「ルコットさん、何か要望はありますか?」
マシューさまに促され、私の頭の中に一つの言葉が浮かびます。
とても抽象的で、でも絶対に叶えたいことでした。
「……夢を運ぶ、車両が良いですわ」
議論を交わされていた皆さまが、はっと息をのみこちらを見られます。
私はもう一度、繰り返しました。
「その車両は、皆の夢を運ぶのですわ」
きらきらと学び舎に通う子どもたち。
遠方に住む娘の結婚式に向かう老夫婦。
恋人に会いに行く若者。
懐かしい生家に帰省する学生、勤め人。
私の頭の中にはその光景がはっきりと思い浮かびました。
車両には日の光がたくさん差し込んで、明るくて、外には美しいフレイローズの風景が見渡せて……。
疲れている人は横になれて、お腹の空いている人は食事もできて、遊びたい人は遊んでいられる――まるで、一つの村のようなものなら良い。
まさに夢物語でした。
しかし、鉄道そのものが夢物語だと言われていたのです。
(今更、不可能だなんて簡単に諦める必要はないはずだわ)
ここまで来たら、とことん突き進もう。
不思議と、そう思えました。
話をじっと聞かれていたエドワードさんが、ふっと優しく微笑まれます。
「仰る通りです。やはり『最低限箱型』では芸がありませんね」
「確かに」とお姉さまもまた、微笑まれます。
「もっともっと、細部までこだわるべきだわ」
それから、私たちは「ベッドの並ぶ車両」「食堂のような車両」「畑のある車両」「図書室のような車両」「絨毯敷きの揺れ椅子のある車両」「芝生庭園のような車両」「書斎のような車両」などたくさんのアイデアを出し合いました。
それらの間を自由に行き来できるのです。
「水の魔石を使えば川を流して釣り堀を作ることもできるよ」
「それは楽しそうです」
そのアイデアは一日を費やしてもなお、尽きることはありませんでした。
「この乗り物――何だか妖精の国みたいですね」
扉を開けるたびに違った世界に繋がっている。
それは、まさにおとぎ話の妖精の国のようでした。
ハントさまが「それはいい!」と手を叩かれます。
「その名には夢とロマンが詰まっている」
「それに、神々の加護もね」
魔術師であるハントさまとマシューさまにとって、その地は特別な意味を持っているのかもしれません。
特にハントさまに至っては、「懐かしいなぁ」と目を細めていらっしゃいます。
まさか行かれたことがあるのでしょうか。
「ルコットさま、深く考えてはいけません」
「そうですね」
ハントさまのことですから、世界の裏側まで行かれることもあったのでしょう。
最後に、お姉さまが「いいじゃない」と腕を組まれました。
「王室魔導師団謹製、魔石列車ティルナノーグ号」
それがこの車両の名よ。
仰々しくそう宣言されると、お姉さまは私の手を取り微笑まれました。
「頑張りましょうね、ルコット」
夢を運ぶ列車ティルナノーグ号。
学ぶ権利がないと言われた人々が、夢を追い、叶えることのできる世界へ。
国境を越え、全ての子どもたちが、共に学び、遊び、友達になれる、そんな未来へ。
「はい、お姉さま――私たちならできますわ」
――殿下なら、大丈夫です。
私はもはや、自分を疑ってはいませんでした。
彼の信じてくれた自分を、私自身も心から信じているのです。
(もう、過去を振り返るのは終わりにしましょう)
ただ前だけを見て――私には、やるべきことがあるのですから。
この日から、胸の痛みは少しずつ薄れていくようになりました。
* * *
私はお姉さまにお願いし、新たな苗字を得ました。
暇乞いの儀を経るともう二度と王族に戻れないので、私は今、姓の無い状態だったのです。
「『ルコット=何者でもない』も気楽で良かったのですが、何かと困ることも多くて」
そう申し上げると、スノウ姉さまは、「わかったわ。ぴったりの姓を考えてあげる」と快く了承してくださいました。
後日、ダヴェニスに届いたお姉さまからの手紙には、整然とした温かな字でこうありました。
――ルコット=マリーヴィエンナ
これ以上の名はないでしょう。
サファイア、フィーユ、メノウ……それに陛下と一緒に考えたのよ。
特に陛下が煩くて……海原の女神の名から取りました。
あなたにぴったりの美しい名だと思うわ。
陛下が、どうか受け取ってほしいって。
苦情は受け付けるから、いつでも言って頂戴。
「ルコット……マリーヴィエンナ」
お姉さまの仰るように、それは美しい名でした。
青い海と風と、きらきら光る宝石のような水の飛沫が目に浮かぶようです。
「これが、私の、新しい名前」
不思議とその名は、すんなり私の心に馴染みました。
同時に、まるで生まれ変わったかのように、体が軽くなった気がします。
何せ私のために作られた、私だけの名なのです。
朝焼けの清々しい空気に包まれながら、私はペンを取りました。
――素晴らしい名ですわ。
きっと、この名にふさわしい私になります。
「……頑張りましょう」
ダヴェニスの街を見下ろしながら、「よし!」と気合を入れて、さっそく朝食の準備に取り掛かりました。
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