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4. 俺が思うやさしい日々

23枚目 信じたくない事

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 偶然が重なったとはいえ、自分がさらした失態を今更ながらに自覚した。将英の周囲にどんよりとした空気が流れると同時に、軽い疑問符が浮かんだ。
 朝陽は何故将英に、同じ部署のいち社員にそこまで世話を焼きたがるのか、と。

『……素面しらふってんならまだしも、酒入ってる俺を持ち帰るか普通』
『持ち帰るて』
『一応言っとくけど何も無かったからな?』

 勘違いさせないように言ったつもりが、片桐の表情を見るに何かを察したらしい。

『へぇ~。でもあの時の八坂は中々ヤバかったぞ? 俺を離してくれなくてなぁ』

 胡散臭い笑みを顔に貼り付けて言う言葉としては、いささか意地が悪い。
 そういう趣味は無いが、これ以上反論してしまうと後から後悔する。そう将英は本能で感じ取った。

『で、どうなったんだよその後は』
『いや、さっき話した通り。その後の事は知らん、居なかったんだから』

 話は終わりだ、とでも言うように片桐は両手を顔の横に上げる。

 (は……?)

 あっけらかんと言う片桐は、嘘を言っているようには見えない。
 他愛ない話ではふざけて笑わせようとするが、この同僚は自分が信じた相手には嘘を吐いた事が無い。
 そもそも、今回のような話で嘘を吐くほど悪い奴ではないと記憶している。

 女に困っていなさそうな見た目と飄々ひょうひょうとした態度からは想像がつかない、と最初は驚いたものだ。
 今自分も信頼されたな、と思う。
 けれど、片桐の言葉をすぐには信じられるはずもない。

『ちょっと待て、整理しよう。あの時、俺は間違えて片桐の飲み指しを飲んで酔った。その後潰れた俺を四宮……さん、がホテルに連れてった。けど俺が起きた時には誰も居なかった』

 一言一句間違えないように、慎重に片桐が言ったことを舌に乗せる。
 声が震えるが、なんとか言葉を絞り出した。もし将英の予想が正しければ、あるいは。

『そうだな、うん』
『でも俺は記憶が無くて、起きた時はてっきり片桐か他の人間が送ってくれたんだと思ってた』

 一旦言葉を切り、深呼吸する。先程から落ち着かない鼓動が少しはマシになる気がした。

 (思ってた、けど)

 段々と顔をうつむかせ、ぐるぐると一人で自問自答する。
 まさかそんなことがあるはずない、と朝からずっと考えていた。

『朝陽ちゃんが送っていくって譲らなかったから、あの子にお前を任せた』

 将英が言い難いことを察したのか、片桐が静かな声音が言葉を継ぐ。
 その声に覚悟を決め、将英の中に他にもある「頭痛の種」を言うべく口を開いた。

『……起きたらパンイチだったって信じるか』
『ん??』

 今度は片桐が頭にはてなを浮かべる番だった。
 口角を上げてはいるが、その顔は「何を言っているんだ」という疑問が溢れんばかりな表情をしている。
 さっき何もないって言っただろ、とその表情が言っている。

『あの子と寝た……かも、しれない』

 将英とて完全に信じたわけではない。
 ホテルに女物の下着などなかったし、スーツはきっちりとハンガーに架けられていた。
 疑問に思うことと言えば自分の置かれている状況と、何故パンツだけ身に付けていたのか、ということ。
 そして、備え付けられたテーブルの上には一万円札が三枚。

 片桐の言ったことが本当なら、ホテルに連れ込んでそのまま……という考えたくない想像が浮かぶ。

 起きた頃には太陽がとっくに昇っていて、あの後慌てて家に帰った。しかし、やはり待っていたのは早希からの説教。
 玄関先で修羅となった早希に平身低頭するばかりだったが、将英が心から反省していると分かると数分で解放された。

 スーツから部屋着に着替える時に気付いてしまったのだ。
 スーツの下──服を脱がないと分からない位置──に赤い鬱血痕があることに。
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