甘い命令

万里

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 あれから数日、孝仁とは一度も言葉を交わしていない。 キャンパスで姿を見かけても、知也は反射的に視線を逸らしてしまう。 孝仁も、声をかけてくることはなかった。 まるで、互いに存在を避けているようだった。

 セーフワードを口にしたあの瞬間が、すべてを変えてしまったのかもしれない。 怒っているのだろうか。 それとも、もう関係を終わらせるつもりなのか。

(このまま、疑似パートナーも終わりかもな…)
 知也はそう思いながら、胸の奥がじんと痛むのを感じていた。 あれは、ただの欲求処理の関係だったはずだ。 それなのに、どうして孝仁はあんなにも感情をぶつけてきたのか。 どうして、知也の気持ちまで求めるのか。
(アイツは、ただの欲求処理のくせに…)
 言い聞かせるように心の中で繰り返す。 けれど、その言葉はどこか空虚だった。
 DomはSubの身体だけでなく、心までも支配したいものなのか。 それが“関係”というものなのか。 知也には、まだよくわからなかった。
 ふと、首元に手を伸ばす。 指先が触れたのは、孝仁からもらったチョーカー。 初めて受け取った、形として残るもの。 それを外すべきなのか、知也はまだ決められずにいた。 外せば、関係が終わる気がして。 つけたままでは、未練がましい気がして。
 自分の気持ちをさらけ出すのは怖い。 きっと、否定される。 拒絶される。 それがわかっているから、言えない。 傷つきたくない。 それだけだった。
 それなのに――
(ああ、くそっ…。アイツに命令されねえと…)
 身体が、欲求不満を訴えていた。 抑制剤を飲んでも、収まらない。 命令されたい。 支配されたい。 その欲望が、身体の奥で燻っている。
(なんとかしねえと…)
 そう思っても、解決策は見つからなかった。 相談できる人もいない。
 静かな部屋の中で、知也はチョーカーを指で弄びながら、ただじっと天井を見つめていた。 

 *

 寝不足で重たい身体を引きずるようにして、知也はなんとか大学へ向かった。 昨夜もろくに眠れず、頭はぼんやりしていて、足取りは鈍い。 講義の内容もほとんど頭に入らず、昼休みになってようやく中庭のベンチに腰を下ろした。
 食欲はまるでなかった。 自販機で買ったコーラを手に、ただぼんやりと空を見上げる。 風は少し冷たくて、秋の気配が濃くなってきていた。
 そんなとき、ふいに声をかけられた。
「よお、西口…」
 顔を向けると、見知った顔がそこにあった。 確か、サークルの先輩だったはずだ。 何度か話したことはあるが、名前がどうしても思い出せない。
「あ、ちわ…」
「なんだか元気ないな? 何かあったか?」
「や、別に…」
 知也は目を伏せて、コーラの缶を軽く揺らす。 炭酸の音が微かに鳴った。
「そうか…? ちょっと、話があるんだけどいいか?」
「…?」
 唐突な申し出に、知也は少しだけ首を傾げる。 学祭のことかもしれない。 サークルの企画で何か頼まれるのかもしれない。 そう思って、特に警戒もせずに立ち上がった。
「2人だけで話したいんだけど…」
 その言葉に、少しだけ違和感を覚えた。 けれど、疲れていたせいか、深く考えることもなく、知也はそのまま先輩の後をついていった。
 それが、後になって自分を呪うことになるとは、まだ知也は知らなかった。 このときの自分を、何度も思い返しては、後悔することになる。

 誰もいない資料室に連れてこられ、中からカギをかけられた。
「『座れ』」
「え…?」
 突然の命令に、知也の膝から力が抜け、床にペタンと座り込む。
「てめえ、Domか…?!」
 普段ならこんなDomの言うことなんか聞かないのに…、今は身体が言うことを聞かない。知也が睨み上げると、先輩は笑っていた。
「ああ、そうだ。ずっとお前のことを見てた。コマンドも何度か出してみたけど気づいてなかっただろ? でも…、」
「…っ?!」
 先輩は知也を見下ろしながら、知也の頬を触る。
「最近、欲求不満な顔をしているのを見て、今がチャンスだと思ったんだ…」
「……っ、この、変態野郎っ…!」
 Subは欲求が満たされないと、欲求不満に陥り、体調にも支障をきたす。確かに、知也は今、正にその状態だった。ずっと見られていたのだろう。知也は鳥肌が立った。
「ほら、『おいで』」
 先輩はしゃがんで両手を広げる。
「はあ…?! 誰がっ…!」
 知也は口でせめてもの抵抗をするものの…、
「『黙れ』!」
 命令され、ビクッと身体が震えた。しゃべれなくなる。
「悪い子だ。Domに逆らうとどうなるかわかってるよな…?」
「っ…」
「お仕置きだ」
「…や、やめろ…っ!」
 知也は無意識に後ずさった。冷たい壁で行き止まる。
「『動くな』」
 先輩は資料室の棚に置いてあったガムテープで、知也の両手を後ろ手に拘束した。
「…くそっ! 何すんだ…っ?!」
「Subはそういうのが好きだろ…?」
 先輩は笑いながら、知也の首元に手を伸ばした。 指先が触れたのは、黒い革のチョーカー。 孝仁からもらった、たったひとつの“証”。
「パートナーがいるのか?」
 その問いに、知也は反応できなかった。 喉が詰まったように言葉が出ない。 孝仁がパートナーだったら―― そう思うだけで、胸が苦しくなる。
 黙っている知也を見て、男は勝手に答えを決めつける。
「こんなもの、いらないだろ…?」
「えっ…?!」
 次の瞬間、先輩の手がチョーカーを外す。 金具が外れる音が、やけに大きく響いた。 そして、窓の外へと放り投げられる。
「おいっ! 何、人のもん勝手に…!!」
 知也は思わず叫んだ。 
「お前には似合わない」
「…っ!!」
 その言葉が、心に突き刺さる。 あれは、孝仁が初めてくれたものだ。 自分のために選んでくれた、唯一の証。
(あいつがくれた唯一のもんなのに…。大切なのに…)
 唇を強く噛む。 血の味がする。 それでも、涙は出なかった。
 怒りと悔しさと、どうしようもない無力感。 それらが混ざり合って、知也の胸を締めつける。
 窓の外に消えたチョーカーを、目で追いながら、知也は心の中で叫んでいた。
 “返せ――俺の、大切なものを。”
「こっちを見ろ。ほら、『キスして』」
「ざけんなっ…! 誰がするか! このゲス野郎…っ!」
 顔を背けると、顎を掴まれて、無理やり向かされた。
「ダメだ。命令だ」
 目を見て言われ、先輩と唇が重なる。
(キス、アイツともしたことねえのに…)
 知也が頑なに唇を引き結んでいると「『口を開けろ』」と命令され、口が勝手に開いた。
 先輩の舌が入ってきて、万里の口内を蹂躙する。
(気持ち悪ぃ…。こんなことしたくない…。アイツじゃなきゃ、アイツしか…)
 ガリと男の舌を噛むと、「痛ぇなっ…! 何すんだ?!」と頬を殴られて、知也は床に倒れた。
「…っ、嫌だっつってんだろ…?!」
 知也は精一杯男を睨んで言うと、髪の毛を掴まれる。
「『黙れ』だろ? いい加減にしろ…っ!」
 先輩は両手首を拘束したガムテープで、知也の口も塞いだ。
「んんーーっ!!!」
 身体をうつ伏せにされ、背後からのしかかられると、知也は身動きがとれなくなる。
「本当に悪い子だ。これからは、いいこにしろよ」
「……っ?!」
 シャツの裾から手が侵入し、背中や胸をまさぐられる。首や耳、ピアスは舐められ、噛みつかれた。
「ん…ぐっ…!」
「キレイな肌だな。お前がずっとほしかった」
 先輩は知也の背中をうっとりと眺めると、また同じように撫でて、舐めて、痕をつけた。
 知也は気持ち悪くて抵抗しようと思うものの、強い力で冷たい床に押し付けられる。
 知也の上半身に満足すると、先輩は知也のベルトに手をかけ、ジーンズと下着を膝まで下ろした。
「ここもキレイだ。もっと上げて、恥ずかしいところを『見せろ』」
「んんーっ…!!」
 かぶりを振って抵抗すると、お尻を叩かれた。
「悪い子だ、『いうことを聞け』!」
「んん…っ」
 知也がゆっくりと腰を上げると、後孔が晒される。先輩はまた撫でて、舐める。舌と指が中に入ってきたときには、知也は青ざめた。
「んー、んーっ…!」
 振り返りかぶりを振って訴えるが、先輩は気にせず知也の中をかき回す。指を広げると、知也の中も合わせて少し広がった。
「んーっ…! んんーっ!!」
「そろそろいいか…。俺のものになれ…」
 涙が滲む。知也は大きくかぶりを振ったが、やめてはもらえなかった。指ではないものが、知也の中を犯す。
「んーー! ん゛ーーっ…!!!」
「気持ちいい…?」
 かぶりを振ると尻を叩かれる。
「ん゛うっ…!」
「気持ちいいだろ…?!」
 細い腰を掴まれ、激しく動かされると、知也は吐き気がした。
「ん、んう、…ぐ…っっ!」
(痛い、苦しい…、吐きそうだ……誰か…、東間…!東間、助けて…っ! 東間…っ!)
 心の中で、ひたすら孝仁を呼ぶ。涙が零れた。
「ん……、っん゛う…っ」
 息が上手くできない。このまま死ぬのだろうか?
(こんなことなら、あのとき素直に好きだって言っておけばよかった…)
 知也は意識を失った。
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