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61.戯れるものとならぬもの

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 神殿から戻るとそこは宴の会場が出来上がっていた。招待客たちは転移門を使って続々と移動してくる。魔力を流すのは警備の騎士たちであるから、安全に移動が出来ている。
 エディエットはアラムハルトの隣りで、左肩が招待客たちから見えるよう座らされていた。そこにはアラムハルトが宣言したとおりの言葉が刻まれている。肩から何層ものレースと布が重ねられているにもかかわらず、風魔法の刺繍が施されているからその証は容易く読めるようになっていた。
 おかしな作りの衣装は、そのためなのだとエディエットは改めて感心させられた。

 招待客たちは代わる代わる挨拶に来て祝いの言葉を述べるけれど、誰一人としてエディエットに声をかけるものはいない。左肩に刻まれた証と、皇帝アラムハルトが高らかに宣言した言葉のせいだ。
 誰もが無駄な争いごとを避けるべく、アラムハルトに祝いの言葉を述べエディエットの左肩の証を見つめて去っていく。何もしなくて済むから楽で言いけれど、その分随分と退屈なものだった。

「    兄上、この度は  おめでとうございます」

 何人目かの招待客の後にルシェルがやってきた。その隣にはアマリアが立つ。セレーヌはそんな二人に隠れるような微妙な立ち位置だ。
 ウルゼンにいた頃ならいざ知らず、ここは帝国、まして何度も命を狙った相手は今や皇帝の妻となって目の前にいる。招待状と言う名の呼び出しをされ内心穏やかでは無いセレーヌは、ただひたすらに顔を伏せていた。

「許そう。其の方が私の妻を兄と呼ぶことを  」

 その言葉を聞いてセレーヌの喉が静かに上下した。確かに息子であるルシェルは母親が違うとは言え同じ父を持つ兄弟である。 皇帝であるアラムハルトが何をどこまで知っているのかを考慮しての「許す」であることは言われなくとも分かってしまう。
 
 だが、セレーヌは他人だ。

 弟の産みの母ではあるけれど、積極的にエディエットを排除しようと企てていたことはどうしようもない事実だった。単なる弟の産みの母であるセレーヌがなぜここに呼ばれたのか、考えれば考えるほどセレーヌの背中には冷たいものが流れるのだった。

「俺からは礼を言おう」

 そう口にしたエディエットの顔は、笑っているのか怒っているのか判断のつかない不思議な表情を浮かべていた。ただその静かな声が宴の会場によく通った。
 セレーヌは恐ろしさだけを感じて顔を伏せたままエディエットの言葉を聞く。

「我が母は、生まれ故郷であるアシュタイに無事帰り、幸せに暮らしている。それもこれも、我が母に実害がなかったおかげと思う」

 それを聞いてセレーヌの心臓は鼓動を早くした。何もかも知られているのだと理解してしまった以上、一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られていた。だがしかし、今ここでそのようなことをすれば直ぐに衛兵に捉えられてしまうだろう。ウルゼンは帝国の植民地と化したのだから。

「宴を楽しんでくれ。そのうち遊びに行かせてもらう」

 エディエットがそう口にすれば、三人は静かに去った。ルシェルの後ろに隠れ、セレーヌの顔は上手く見えないが、完全に恐怖に歪んでしまっていた。
 招待客たちは国の事情はさておき、皇帝の妻たるエディエットの弟と聞いたルシェルを取り囲む。先の騒動があったけれど皇帝自らが許すと言った以上お近づきにはなるべきとふんだのだ。
 腹の探り合いの会話に慣れてはいないルシェルとアマリアの後ろから、セレーヌはこっそりと人垣を抜け出し、転移門からひっそりと姿を消したのだった。
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