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とある侍従の独白

彼は誰時 その2

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 私はいずれ父の後を継ぎ、アシュタイの内務大臣になる予定であった。アシュタイという国では珍しく魔法を扱える者として、私は特別な存在であった。他の男たちのように剣を振るう事はなく、書物を読み、魔獣の森の魔物の動向を魔法を使って常に探っていた。
 それなのに、城の奥に隠されていたフィナ様が、あろうことか他国の王の元に嫁ぐことになり、私が侍従として赴くことになってしまったのだ。婚礼の儀式にのっとり、アシュタイで作られた沢山の婚礼家具を持ってフィナ様はウルゼンへと嫁がれた。目録を渡しても、ウルゼンの役人たちは読めないらしく、直ぐに私の手へと返されてしまった。
 もちろん、ウルゼンの城へ持ち込むフィナ様の婚礼家具は全て細かく確認された。だが、アシュタイの文化に詳しくない役人たちはとにかく傷をつけないようにするあまり、ほとんど触れずに数だけを確認しているように思えた。

 後宮の一室にフィナ様の部屋があった。正妃と言うことで一番奥の広い部屋だった。運び込まれた婚礼家具は広い部屋にゆったりと並べられてはいたけれど、部屋に入るなりフィナ様が不満を呟いた。

「嫌だわ、こんなのお姫様の部屋じゃない」

 物語のお姫様に憧れるフィナ様は、本に描かれているようなお姫様の部屋に憧れていたのだ。すぐさま私はフィナ様のお気に入りの本を取り出し、フィナ様に確認する。

「こちらでよろしいですか?」

 本の挿絵を見せてフィナ様に確認を取ると、大きく頷かれたので、その通りになるよう魔法で家具を動かした。フィナ様に着いてきたアシュタイの侍従は私だけだ。アシュタイの女たちはフィナ様の輿入れでは国を出ることは出来ない。だから、後宮で女子どもの世話をしていた私一人が同行したわけだ。
 人目がないので大っぴらに魔法を使い、家具を移動させる。そうしてようやくフィナ様の言うお姫様の部屋が出来上がった。


 ウルゼンの国王とフィナ様の結婚式は、フィナ様の願いもあってウルゼンの神殿で執り行われた。フィナ様が夢見たお姫様のドレスは、ウルゼンの国王がフィナ様のために仕立ててくれたらしい。結婚式で花嫁は顔と髪を隠すベールというものを頭につけるとかで、それはアシュタイの大切なものを隠す文化にそう形になる。とフィナ様は特に喜ばれた。
 真っ白な長手袋は、アシュタイの正装でも用いられるものなので、フィナ様が着用しても違和感は無かった。お美しいフィナ様が、より一層の美しさをまとい、私は胸がいっぱいになった。

 だがしかし、結婚をすればその後にある初夜の儀式で、私は失態をおかした。フィナ様に初夜の儀式について何もお伝えしていなかったのだ。私はフィナ様の唯一の侍従として、隣の部屋に控えることを許された。そうして、扉の向こうで繰り広げられた初夜の儀式を、奥歯をかみ締めて耐えたのである。
 ただ、その一回の儀式でフィナ様にお子が授かったことは僥倖であった。だがしかし、私は大いなる懸念に当たってしまった。
 王族や貴族など血統を重んじる者は、子が産まれたら女神の壺から流れ落ちる聖水でその身を清めさせ、女神の祝福を得るのが慣わしだ。それなのに、このウルゼンの国では行われていなかった。初夜の儀式の際、私はこっそりと扉の隙間から覗いていたのだ。その際、ウルゼンの国王の左肩に証が刻まれていない事を見てしまった。
 それ故に、フィナ様はウルゼンの国王の左腕に証を刻んだというのに、ウルゼンの国王からはフィナ様の左腕に証を刻んでは貰えなかったのだ。

 朝が来て、微睡むフィナ様に別れを告げたウルゼンの国王が立ち去った後、私はそっとフィナ様の左腕に触れた。まだ情交の後が残るフィナ様のお体に触れることは躊躇われたが、このままではフィナ様が哀れである。
 いけないことだと分かってはいても、私はフィナ様に証を刻んだのだ。フィナ様がウルゼン国王に刻んだ証の詳細は分からないが、私はフィナ様の左腕に「ウルゼン国王の妃」と刻んだ。結婚式を挙げ初夜の儀式も迎えたのだから間違いのないことで、刻むことが出来たのだから、女神が認めてくださったのだろう。

 フィナ様のお腹がある程度大きくなってきた頃、私はウルゼンの兵士たちに見つからないよう、夜中に自室の床に大きな布を敷いた。この布には魔法陣が描かれており、有事の際に使うように作っておいたものだが、よもや聖水を汲んでくるのに使うとは思わなかった。
 大きな水瓶をもち、私は帝国へと飛んだ。帝国にある神殿は、この世界で唯一女神の持つ壺から聖水が流れ落ちている。これこそが帝国を帝国に押し上げた所以である。私は神殿に一番近い転移門に出ると、魔法で軽くした水瓶を抱え、貴人の使いで来た事を伝えた。そうして女神の持つ壺から流れ落ちる聖水を水瓶いっぱいに汲み、魔法陣の布を広げてフィナ様のいる後宮へと帰ったのだった。

 フィナ様のお産みになられたお子は、私が取り上げ汲んできた聖水で丁寧に身を清めた。そうすればその背中にはウルゼンの王族である証が刻まれた。そうしてフィナ様がお子の左腕にそっと触れ証を刻んだのだった。
 
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