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78 略奪者 3

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 その日の気温は昨夜より暖かく、降った雪が溶け、夜になってから凍り付いた。
 夜は深かった。
 厚い雲は月も星も覆い隠し、城も荒野も墨のような闇に沈んでいる。しかし、城の警備兵たちは城壁上にいくつも松明を灯し、警戒を続けた。
 凍りつくような城壁の上を哨戒しょうかいする兵士は、寒さで集中力を失わぬよう半時間で交代している。しかし、夜半を大きく過ぎても何も起きなかった。
「さすがに一昨日略奪したばかりだから、今夜はこないのだろうか? 向こうにだって怪我人がいるだろうし」
「今頃は奪った金品で王都で飲み明かしているのかもしれない」
「くそ! 俺たちの必死の労働の対価で遊んでやがるのか!」

 だが、夜明けまで後一時間と迫った時、それは起きた。
「おい、ちょっと待て?」
「どうした?」
「今、村の向こうに小さな灯りのようなものが見えた!」
 一人の兵士が、村の方向を透かして叫んだ。
 それは壁外の村はずれ、第三陣の輸送隊が運ぶ予定で積み上げた鉄樹材の方向だった。
「おのれ、村が無人と知ってさらに奪っていく気か!」
「させるな! 直ちに隊列を組め! 壁外に打って出るぞ!」
「コル殿に知らせろ!」
「おう!」

 城中の気配にリザは目を覚ました。
 寝ていたのはほんの二時間程度だったろう。コルに勧められて休もうとしたものの、昼間の興奮が中々冷めやらずにいた。
 そして今、重い靴音が階段を上下する足音で目が覚めたのだ。まだ外は暗い。しかし、リザは手早く寝巻きを脱いで衣服を身につけた。

 もしかしたらエルランド様がお帰りになったのかも!

 マントを引っ掴んで廊下に出ると、予想に反して階下からは物々しい気配が伝わる。リザは奥の階段からそっと下に下りた。
 そこには、武装した兵士達が大勢いた。彼らに指示を出しているのは、古臭い皮の胴丸をつけたコルである。
「コル!」
「リザ様! お部屋に戻ってください!」
「何が起きたか説明してちょうだい!」
「つい先ほど、物見の兵士が壁外に怪しい人影を見たのです。ただそれを確認しに行くだけですので。リザ様はどうぞ安心してお部屋にお戻りください」
「部屋に戻ったってどうせ落ち着かないわ。それならここで一緒に確認完了を待ってる!」
「……わかりました」
 コルは少しだけ考えていたが、リザに許可を出した。
「では、一階の管理をお願いします。騒ぎで村民や怪我人が起きたかもしれません。もし不安そうにしていたら、説明してやってください」
「わかった」
 リザは大きくうなずいた。
 そこへニーケやアンテも現れる。眠そうなターニャもいた。下にいたアンテがリザに気がついて、侍女達を起こしてくれたらしい。
 コル達は手に手に武器を持ってホールを出て行った。総勢五十人くらいである。ごろごろと跳ね橋の上がる音が聞こえた。
 大広間は、大きな暖炉と鉄樹のおかげで暖かかった。我人達は薬が効いてよく眠っているようだ。看護に当たっていたザンサスが、リザの姿を見て駆け寄ってくる。
「リザ様! まだ夜明け前です! どうされました?」
「寝ていられなくて見に来たの。ザンサス、怪我の具合はどう?」
「大丈夫です。私もコル殿とともに行きたいのですが……」
「ダメよ。それより、本当に悪い人たちがやってきたのかしら……?」
「襲ってきた奴らの様子から考えると、どうも国境内外のならず者や、傭兵崩れを指揮する戦慣れした親玉がいるようです。一人ひとりの戦闘能力は大したことがないものの、一応作戦行動が取れていましたから」
「そう……なら油断はできないのね。ニーケ、アンテ、ここはお任せしてもいい?」
「大丈夫です。ですが、リザ様はどこに?」
「お城の上に行くわ。あそこなら高いから外の様子がわかるから」
「リザ様! 外は危険です! それにひどく冷え込んでいます」
「いいのよ。自分を落ち着かせるためだから」
「では私も!」
 ザンサスも後に続いた。

 ひゅう!

「すごい風! 城壁にぶつかって悲鳴のように聞こえる……」
 リザは白い毛皮のマントを掻き合わせた。これを着ているとエルランドに守ってもらえるような気がするのだ。
 イストラーダ城は、東を見下ろせるように作られているが、高所なので西──つまり、村の方向も十分見渡せる。城から一気に半分ほどの兵士が出て行ってしまったので、内側の壁上には今、歩哨ほしょうは立っていない。
 二列の松明が、内城壁を出て跳ね橋を進んでいくのが見える。あの中にコルがいるのだろう。
 真っ暗な中にそれは整然と美しく見えた。外側の城門がゆっくりと上がっていく音が響いてきた。
「リザ様、もう中へ!」
 ザンサスの促しでリザは中に入ろうとしたが、城門の音に混じって苦鳴のような声を聞こえた。

 風の音? 聞き間違い? でも!

 思った瞬間、リザは西の壁に走り寄っていた。
「リザ様!」
 整然と並んでいた隊列の松明の前方が大きく乱れている。
「ザンサス、あれは?」
「え?」
 ザンサスが駆け寄り、すぐにその顔が強張った。
「い、いかん! 待ち伏せだ! 跳ね橋を渡らせるな!」
 ザンサスが絶叫した。
 すでに城門付近で戦闘が始まっているのだ。跳ね橋はまだ下ろしたままになっている。
 略奪者は壁城の見張りに村への侵入があると見せかけ、城門が開くのを待ち構えていたのだ。
「リザ様、私は下に知らせてきます! 
 炎の群れがどんどん乱れはじめていた。上から見れば美しい炎の乱舞でも、そこでは必死の攻防が繰り広げられているのだ。
 しかし、それだけではなかった。
 闇の中から十人ほどの別の男たちが現れ、自分たちの仲間が兵士達と切り結んでいる横をすり抜け、内壁の中へと通じる跳ね橋へと走り出したのだ。
 跳ね橋のたもとに灯された灯りに、先頭を走り抜ける男の顔が一瞬浮かび上がる。
 それは以前、街道でリザを襲ったバルトロであった。

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