俺が推しの代わりなんか出来るわけがないだろう?

蒼風

文字の大きさ
8 / 9
Ⅰ.声優とガチ恋勢と深夜のファミレス

7.遠くから眺めるように。

しおりを挟む
「良く布団が二組もあったわね」

 並べて敷かれる布団を眺めながら、咲花さくはながそう呟く。

「たまに、家族が泊まりにくるからな」

「家族って、両親?」

「両親……いや、母親と、後妹。よし、出来たっと」

「ふーん……妹ねえ」

 何か思うところがあったらしい。もっとも、彼女がどこに引っ掛かったのかは分からない。もしかして、妹が欲しいのだろうか。そんな話を聞いたことは一度もないけれど。

「っていうか、同じ部屋で良かったのか?」

「別に。だってアンタ。中身が私とは言え、自分の身体を襲おうなんて思わないでしょ?」

「……想像しただけで萎える」

「でしょ?だから良いわよ。別の部屋って言ってもスペースはなさそうだし」

 咲花はそう言って、布団の中に潜り込、

「あ、そうだ。私のスマフォ貸して」

「ん。ちょっと待ってて」

 俺は隣の部屋にあった、彼女のハンドバッグを持ってきて、

「これ、全部渡しとく」

「ん……これ、中身あさったりしてないでしょうね?」

「してない。スマートフォンを取り出しただけだ」

「ふーん……まあいいわ」

 それだけ言って、咲花は自分のスマートフォンを操作しだす。

 やがて、

「そういえば、アンタのスマートフォン、暗証番号何?昼に操作した時は指紋認証でなんとかなっちゃったから知らないままなのよね」

「咲花さんの誕生日」

 咲花が飛び起きて、

「え、うわ、マジ?キモッ」

「なんでだよ。いいだろ。個人の情報から特定出来ないから、他人に勝手に開けられることが無いだろ。それよりも、咲花さんの暗証番号、誕生日は危ないと思うよ?」

「それは……分かってるけど、良いのが思いつかなくって」

 それなら、俺の誕生日にする?

 なんて、彼氏彼女の関係性なら言えたんだろうなぁ。

 でも、現実は違う。俺と彼女は人気声優と、一ファン。本来なら交わるはずの無かった存在。知名度も、人気度も、稼ぎも、何もかも違う。なにもかもが順風満帆な彼女と、座礁して、浸水して、挙句の果てに、かつては甲板だった鉄くずと共に無人島に流れ着いたみたいな俺とは全然。

「ねえ、アンタの誕生日、教えてよ」

「…………え?」

 咲花が明らかに不機嫌になり、

「いや、だから、アンタの誕生日」

「え、知って、どうするの」

「決まってるじゃない。暗証番号にするの」

「え、え、なんで?」

「なんでって……まさか私のスマートフォンがアンタの誕生日でロック解除されるなんて誰も思わないでしょ?ほら、セキュリティばっちり!」

 ふふんといった具合に胸を張る咲花。

 確かに、言わんとすることは分かる。彼女のスマートフォンに、俺の誕生日の暗証番号が設定されてると思う人はまず、いないだろう。

 でも。

 それはまるで。

「教えてくれないの?」

「いや、教える。教えるよ。二月二十四日だ」

「二月二十四日……っていうことは「0224」ね。おっけ」

 咲花は少しの間スマートフォンを弄ったのち、俺に見せつけて、

「これでもう、セキュリティが甘いとは言わせないぞ!」

「そう、だな。完璧、だと思う」

 恋人同士みたいじゃないか。

 その感想は、ついに口から出てくることは無かった。


               ◇


 深夜。

 既に電気を消し、後は寝るだけ、という状態で、咲花が語り掛けてくる。

「……ねえ」

「ん?」

「答えづらかったら、答えなくてもいいわ。貴方、仕事はしてないってことでいいのよね?」

「まあ、そういうことになるな」

「じゃあ、生活費はどうしてるの?部屋に関しては伝手みたいだから、家賃はかかってないのかもしれないけど……」

「それ……は」

「あ、別に答えなくてもいいの。ちょっと気になっただけだから……」

 答えなくてもいい。

 そう。答える義理なんてどこにもない。

 だって彼女は、俺とは全く違うのだから。こんなどうしようもない。人生九回裏ツーアウトみたいな男の、下らないエピソードなんて、聞かせるのもおこがましい。そのはずなんだ。

 けれど、もし。

 もし、聞いてくれるというのなら。

 俺の話を、俺とは全く関係のない。責任を負う必要性も、共感をする必要性もなにもない。あくまで対岸の火事として感じてくれるであろう人が聞いてくれるのなら。

 この時の俺は、その小さな光に、飛び込んでしまった。

「生活費は、親が出してる」

「それは、水道光熱費とか、その辺も含めて?」

「そういう、ことになる」

「えっと……こんなこと聞いていいのかは分からないけど、その状態ってずっと維持、出来るの?」

「出来ないよ。期限がある」

「そう、よね。親御さんだって、いつかは亡くなる」

「違う。そういうことじゃないんだ」

「え……?」

「来年の二月二十四日。それがタイムリミット」

「二月……って、誕生日?」

「そう。三十歳の誕生日。そこがタイムリミット。そこまでになんか職見つけるなり、その可能性を提示しろってこと」

「しないと、どうなるの?」

「さあ、放り出されるんじゃない?」

「さあって……なんでそんな」

 俺は咲花の言葉を遮り、

「他人事みたいにって思った?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

処理中です...