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Ⅰ-Ⅴ.マイペースな先輩─馬部碧─
34.保健室はたまにズル休みに使われる。
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「ふあぁ~~…………あ」
「寝不足なの、華ちゃん?」
翌日。寮から教室へと移動する際、俺は盛大にあくびをかましてしまった。なんともみっともない。だけど、仕方の無い話だ。なにせ昨日からほとんど一睡もしていないのだから。
観測器を飛ばしていたのはせいぜい三十分がいいところだし、それをしまってからすぐ寝れば、到底寝不足になんかなりようはないはずなのだ。
けれど、そうはいかなかった。
なにせ、脳内に送り込まれてきた情報が衝撃的過ぎた。
(あれ……見えてない……ってことだよな?)
昨日、観測器を通して見た碧の視界には確かに色鉛筆が映っていた。
そして、そのいくつかの色は全く認識できなかったのだ。
単純に光の加減、という可能性も考えられるからしばらく見ていたのだが、やっぱり特定の色だけが「認識できていない」としか思えない光景がずっと続いていたのだ。
どうしたらいいのだろう。
それ以前になにが出来るのだろうか。
そもそもこれ以上踏み込んでいいものなのだろうか。
そんなことを、ずっと考えていた。
途中で考えていても仕方がないと割り切り、取り合えず寝ることにしたのだが、人間そう簡単には出来ていないもので、ずーっと眠りにつけないままベッドの中でごろり、ごろりと定期的に向きを変えては目を瞑り、また目を開けて、掛布団を直しては目を瞑りといったことを繰り返していた。
外が微妙に明るくなってきたときには「これはもう起きているしかない」と思ったのだが、そうなってくると今度は「寝なきゃいけない」というプレッシャーが霧散し、結果として眠気が襲ってきたのだった。なんともままならない話である。
そんなわけで、今日の俺は完全に寝不足のまま授業に臨むことになっていたのだ。
正直、まともに授業を受けられるような状態でもないし、そもそも内容だって理解できていることばかりなのだから、休んでしまってもいいような気もするのだが、それだと女学院に転生した意味がなくなるので、こうやってあくびをしながら寝不足全開で登校するのだった。
ちなみに、いつもなら大所帯となるところなのだが、今日に限れば夢野と俺だけだった。なんだかちょっと初日を思い出す。その過程で思い出さなくていいものまで思い出しそうになったので、首を横に振ってねじ切る。寝不足であれを思い出すのは危ない。
そんな行動を見た夢野が心配そうに、
「辛かったら保健室で休んでもいいんだよ?私が連れて行ってあげるから、言ってね?」
怖いよぉ。
付きそう前提だよぉこの人。
いや、本人は至って真面目に、親切心で言ってるんだよ。それは分かる。分かるんだけど、それがエスカレートするっていうパターンを嫌って程知ってるからなぁ。愛情ってのは行き過ぎると毒になるんだよ。覚えておくといいよ。
とはいえ、保健室、と言う選択肢は魅力的だ。ベッドもあるだろうし、これだけ寝不足なら流石に門前払いはしないだろう。なんだったら“あの日”なんですと言い張ってもいい。一体どういう演技をすればいいのかは分からないけど。
◇
「失礼しまー……す」
限界は意外と早くやって来た。
一時間目が終わった時点で、これは駄目だと判断して、保健室に逃げ込むことにした。
別に居眠りはいい。それで教師に怒られるくらいも構わない。
が、流石に「俺」ってフレーズが出るのは不味い。
虎子には「お、イメチェンか?」という雑な反応をされただけだったので大事には至っていないけれど、このまま一日を過ごしていたら、それ以上のぼろが出ないとも限らない。
身体的にも女性なので、何かがバレるということはないとは思うけど、色々と不味そうなので、大事を取ることにしたのだ。
ちなみに夢野が付いてきそうだったけど、断った。だって、あの勢いだと添い寝しそうだったんだもの。それはもっと、別の可愛い子にしてあげて欲しいな。俺はそれを観察するだけでいいからさ。
保健室自体は意外と小さかった。もっとも、その前には「この学院にしては」という接頭辞が付いてくる。ベッドがざっと数えただけで二桁を数えるのは十分普通では無いと思うけど、「まあこんなものかな」と思ってしまった。これも慣れというやつだろうか。
「先生は……いないのかな?」
どうやら、保健室の先生は不在のようだった。
もしかしたらすぐに戻ってくるのかもしれないが、別に怪我をしたわけでもなければ、病気にかかったわけでもない。診察が必要かと問われれば間違いなくノーだし、なんだったら、見つからないうちにベッドにもぐりこんでしまった方がいいまであるくらいだろう。
善は急げだ。今の状態で保健室の先生相手にちゃんと状況を説明できる自信は全くない。それなら留守の隙をついてしまうのが一番だろう。
俺は一番手前のベッドを覆うカーテンをめくり、誰も使っていないのを確認して、もぐりこむ。スカートにしわがつくとか、そういったことが気にならなくもないが、今は睡魔が何よりも強かった。
外から声が聞こえてくる。もしかしたら先生が返って来たのかもしれない。すみません。ベッドお借りします。そんなことを考えながら、ゆっくりと夢の世界へと滑り落ちていった。
「寝不足なの、華ちゃん?」
翌日。寮から教室へと移動する際、俺は盛大にあくびをかましてしまった。なんともみっともない。だけど、仕方の無い話だ。なにせ昨日からほとんど一睡もしていないのだから。
観測器を飛ばしていたのはせいぜい三十分がいいところだし、それをしまってからすぐ寝れば、到底寝不足になんかなりようはないはずなのだ。
けれど、そうはいかなかった。
なにせ、脳内に送り込まれてきた情報が衝撃的過ぎた。
(あれ……見えてない……ってことだよな?)
昨日、観測器を通して見た碧の視界には確かに色鉛筆が映っていた。
そして、そのいくつかの色は全く認識できなかったのだ。
単純に光の加減、という可能性も考えられるからしばらく見ていたのだが、やっぱり特定の色だけが「認識できていない」としか思えない光景がずっと続いていたのだ。
どうしたらいいのだろう。
それ以前になにが出来るのだろうか。
そもそもこれ以上踏み込んでいいものなのだろうか。
そんなことを、ずっと考えていた。
途中で考えていても仕方がないと割り切り、取り合えず寝ることにしたのだが、人間そう簡単には出来ていないもので、ずーっと眠りにつけないままベッドの中でごろり、ごろりと定期的に向きを変えては目を瞑り、また目を開けて、掛布団を直しては目を瞑りといったことを繰り返していた。
外が微妙に明るくなってきたときには「これはもう起きているしかない」と思ったのだが、そうなってくると今度は「寝なきゃいけない」というプレッシャーが霧散し、結果として眠気が襲ってきたのだった。なんともままならない話である。
そんなわけで、今日の俺は完全に寝不足のまま授業に臨むことになっていたのだ。
正直、まともに授業を受けられるような状態でもないし、そもそも内容だって理解できていることばかりなのだから、休んでしまってもいいような気もするのだが、それだと女学院に転生した意味がなくなるので、こうやってあくびをしながら寝不足全開で登校するのだった。
ちなみに、いつもなら大所帯となるところなのだが、今日に限れば夢野と俺だけだった。なんだかちょっと初日を思い出す。その過程で思い出さなくていいものまで思い出しそうになったので、首を横に振ってねじ切る。寝不足であれを思い出すのは危ない。
そんな行動を見た夢野が心配そうに、
「辛かったら保健室で休んでもいいんだよ?私が連れて行ってあげるから、言ってね?」
怖いよぉ。
付きそう前提だよぉこの人。
いや、本人は至って真面目に、親切心で言ってるんだよ。それは分かる。分かるんだけど、それがエスカレートするっていうパターンを嫌って程知ってるからなぁ。愛情ってのは行き過ぎると毒になるんだよ。覚えておくといいよ。
とはいえ、保健室、と言う選択肢は魅力的だ。ベッドもあるだろうし、これだけ寝不足なら流石に門前払いはしないだろう。なんだったら“あの日”なんですと言い張ってもいい。一体どういう演技をすればいいのかは分からないけど。
◇
「失礼しまー……す」
限界は意外と早くやって来た。
一時間目が終わった時点で、これは駄目だと判断して、保健室に逃げ込むことにした。
別に居眠りはいい。それで教師に怒られるくらいも構わない。
が、流石に「俺」ってフレーズが出るのは不味い。
虎子には「お、イメチェンか?」という雑な反応をされただけだったので大事には至っていないけれど、このまま一日を過ごしていたら、それ以上のぼろが出ないとも限らない。
身体的にも女性なので、何かがバレるということはないとは思うけど、色々と不味そうなので、大事を取ることにしたのだ。
ちなみに夢野が付いてきそうだったけど、断った。だって、あの勢いだと添い寝しそうだったんだもの。それはもっと、別の可愛い子にしてあげて欲しいな。俺はそれを観察するだけでいいからさ。
保健室自体は意外と小さかった。もっとも、その前には「この学院にしては」という接頭辞が付いてくる。ベッドがざっと数えただけで二桁を数えるのは十分普通では無いと思うけど、「まあこんなものかな」と思ってしまった。これも慣れというやつだろうか。
「先生は……いないのかな?」
どうやら、保健室の先生は不在のようだった。
もしかしたらすぐに戻ってくるのかもしれないが、別に怪我をしたわけでもなければ、病気にかかったわけでもない。診察が必要かと問われれば間違いなくノーだし、なんだったら、見つからないうちにベッドにもぐりこんでしまった方がいいまであるくらいだろう。
善は急げだ。今の状態で保健室の先生相手にちゃんと状況を説明できる自信は全くない。それなら留守の隙をついてしまうのが一番だろう。
俺は一番手前のベッドを覆うカーテンをめくり、誰も使っていないのを確認して、もぐりこむ。スカートにしわがつくとか、そういったことが気にならなくもないが、今は睡魔が何よりも強かった。
外から声が聞こえてくる。もしかしたら先生が返って来たのかもしれない。すみません。ベッドお借りします。そんなことを考えながら、ゆっくりと夢の世界へと滑り落ちていった。
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