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一章 本編
58 名案
しおりを挟む……そんな事があった。
遠い目をしていた私は現実に意識を戻した。
帰り道、咲月ちゃんと別れた後。
龍君と透、私の三人で歩いている。前方に龍君、後方に透、間に私と縦一列になって。道はそんなに広くないのに車の通りが多い場所で、歩道が狭い。横に広がって歩くと他の通行人の邪魔になってしまう為、自然とそのような歩き方になる。
私はチラチラ後方の透を窺っていた。
透に『勇輝の伝言』の事を聞きたいのだけど、その事を龍君に教えないようにと口止めされていた。もし龍君に言ったら『勇輝の伝言』は永遠に教えてくれないらしい。
という事は、例えば今ここで透に「勇輝からの伝言を教えて」って言ったりしたら龍君にもその言葉が当然聞こえてしまう訳で。透は「教えない」となるのだろう。しかも永遠に。
何で? 別に龍君にも教えていいでしょ? 父親なんだから。なんでそんな意地悪な事言う? 透のケチ!
透を窺う視線に自然と険しさが混じってきたところで当人と目が合った。
あ、まずい。
そう思ったのは、透が何らかの企みがある時にする笑みを浮かべたからだ。
「由利ちゃん、何? ボクの事そんなに気になる? だめだよ? こんな所で『あの事』の話はしないよ。鈴谷さんもいるし。『あの事』は絶対に内緒だからね!」
おおおお……っ透、言い方! 言い方、物凄くまずいよ!
今日の蟹座は運勢悪いのかな?
何か誤解を生みそうな透の言動に不安が過り、前方の龍君の様子を見ようとしてビクッと体が震える。
立ち止まった龍君が肩越しにこっちを睨んでいた。
「何? 二人は僕に何か隠してる?」
龍君が怒っている!
周囲の空気がピリピリと痛く感じるのは、私がこのとてもまずい状況に焦り緊張しているからかもしれない。
そんな今どうでもいい事を考えてしまう程内心慌てていた。
この場から逃げ出したい気持ちになるけど、それじゃ状況は悪くなるだろう。……ああ、けれど何も有効な返答を思い付かない。
正直に『勇輝からの伝言』を透から聞き出したいのだと言ったら、透は「永遠に教えない」となるだろうし。それを龍君に秘密にしてしまったら大いに誤解されてしまうだろう。
透め~~。
横目に透を睨んだけど彼は楽しそうに、逆に挑発的な視線を送ってきた。
悔しい。どこまでできるか分からないけど抗ってやる。
「龍君。私ちょっと透が持ってる情報を知りたくて。『未来』についてなんだけどね」
私の言葉に、龍君の表情が一瞬揺らいだように見えた。
気付いてくれたかな? 何とか真意が伝わってくれればいいのだけど。
「由利ちゃん~。それ以上言ったらダメだよ~?」
透がやんわり、だけどしっかり釘を刺してきた。くっ……ここまでか。
「言っておくけど、ボクがいない時に鈴谷さんに教えないでよね。そういうの、ボク分かっちゃうから」
ニコッと、私と龍君に笑顔を向ける透。
何故透のいない所で教えたのが分かるのか謎だが、何となくそうだろうなと心の奥底で腑に落ちる部分があった。彼を侮ってはいけないと本能が危険を知らせているような感じがするのだ。
これはもう、早く透から『勇輝の伝言』を聞き出さないと。心臓に悪いこの状況をさっさと解決したかった。
つまりは透と二人で話をする機会がいるのだけど、残念ながらそんな機会は一ヶ月間巡って来なかった。
夏休み期間に入ったのもあるし……、何と言うか龍君と一緒にいる事が多くて。
龍君は透との事について何も聞いてこないし何も言わなかったけど、きっと二人で会ってほしくないだろう事は私も分かっていた。
……あれ? 今いい事思い付いたかも。
八月のとある日。私は家に透を招いた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します~」
部屋に入った透は急に足を止め回れ右をしたけど、その両肩をがっちり掴んで帰らせなかった。
家の中で待っていたのは私だけではなかった。
「こんにちは、透君」
「やっほー! 透んるん」
雪絵ちゃんに咲月ちゃん。彼女たちにも来てもらっていた。
これで透と二人きりのシチュエーションは回避できる。
龍君に『勇輝の伝言』について言ったらダメって事だったけど、この二人はいいでしょ?
「……本気なの?」
透が額を押さえて訝しげに私を見た。
「別に……。そろそろ話してもいいかと思ってたし」
そう彼に笑ってみせた。
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