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「遠駆け!?」
 声を上げたシャーロットをソファの向かいに座ったルーカスが面白そうに見ている。
「馬には乗れるだろう?」
「のっ…乗れる、けど」
 言葉に詰まるシャーロット。
 馬は好き。お世話も好き。でも乗馬は苦手。
 仕方ないじゃない。そもそも運動神経が怪しい上にこの世界じゃ普段運動らしい運動なんてしないんだもの。
 それに学園に入って寮生活になったから暫く乗ってないし。
「遠駆けじゃないといけないんですか?」
 シャーロットの隣に座るマリアが心配そうにシャーロットを見ながら言う。
「王太子殿下が街でお茶や買い物という訳にもいくまい?お忍びでと言っても五回もは無理だし。観劇は社交もあるし、ボックス席へ二人だけで篭る形になるのも問題があるし、演目も…な。遠駆けなら街からそれなりに離れられて時間も使えるし、もちろん護衛は付くが、人目を気にせず二人きりで話す事もできるだろうし」
「それはそうですね。ロッテ、諦めて明日から馬に乗る練習しましょ」
 マリアはポンっとシャーロットの肩を叩く。
 ううう、仕方ない。
「乗馬勘が戻るのに時間がかかる気がするので、できるだけ猶予をください…」
「わかった。まあ遠駆けと言っても、行き先は王都の外にある王立公園だ。休憩しつつ片道二時間くらいは乗れるようになっておけよ」
「片道二時間…」
 シャーロットが絶望した様に呟くのを笑いながら見ているルーカス。
「王太子殿下と二人きりでお話し…か」
 マリアが小声で言う。
「マリア?」
 ルーカスがマリアを見る。
「乗馬服新調しようかしら?ね、ロッテ」
「え?」
「最近キュロットじゃなくて、スカートの乗馬服が流行ってるんだって」
「スカートで馬に乗るの?」
「もちろんちゃんと乗馬用よ。かわいいし、どう?」
 んー?何だかマリア、はしゃいでる?
 でもかわいいのかぁ。かわいい服を見るのは好きだけど、自分が着るのは恥ずかしいな。でもマリアがかわいくなるのは嬉しいけど。
「今から仕立てるんじゃ夏期休暇が終わるまでに間に合わないだろ?」
 ルーカスが苦笑いしながらマリアに言う。
 そうそう。マリアなら既製品でも大丈夫だけど、私のサイズだと既製品は…膝丈スカートが膝上スカートになるくらいなら普通の乗馬服の方が良いわ。
「それとも服を新調したいくらい楽しみなのか?」
 マリアに笑い掛ける。
「ええ。王太子殿下と親しくお話しできる機会なんてないですから、楽しみです」
 マリアもルーカスへとびきりの笑顔を向けた。

-----

 まず最初に遠駆けに出掛けたのはフェリシティだ。
 フェリシティの家は地方で、王都屋敷には乗馬用の馬はいないので、王城から栗毛の馬が貸し出される事となる。

 この日の護衛に、何故かアイリーン王女の護衛騎士が名乗りを上げた。
「自分はあの夜会でオードリー様に疑いを掛ける役を受け持っておりましたので…それでフェリシティ様とも面識があります」
 ユリウスの前に跪いてそう言う騎士の頬がほんのりと赤い。
 ははーん。
 ピンと来たが、ここは黙っておこう。
 そうユリウスは心の中で言うと「では同行を許す」と頷いた。

「ひゃー綺麗な毛並み!美人さんねぇ貴女」
 王城の馬房の前でフェリシティは準備してあった牝馬にそう話し掛ける。馬も「そうでしょ?」とばかりに顎を上げて、満更ではなさそうに見える。
「本日は護衛が二名、侍従が一名同行いたします。ユリウス殿下とフェリシティ様からは距離を取りますので、お気になさらずお楽しみください」
 馬の鼻を撫でるフェリシティに二名並んだ騎士が声を掛けた。
「はい。よろしくお願いいたします」
 会釈をしたフェリシティは騎士の一人に目を止めた。
「あら、貴方は…夜会の時の騎士様?」
「はい。その節はフェリシティ様にご不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」
 騎士はペコリと頭を下げる。

「騎士様もお役目だったんですもの。私は気にしてませんわ。むしろ騎士様が証拠もなしに令嬢を疑う様な方でなくて安心しました。でも…騎士様はアイリーン王女殿下の護衛ではなかったですか?」
 騎士は苦笑いを浮かべる。
 自分の手首を手刀で叩き「令嬢に乱暴な真似をするな」とやんわりと、でもハッキリと言いながら笑顔を向けたフェリシティにすっかり心を奪われた騎士は、何とかもう一度フェリシティと話したいと機会を窺っていたのだ。
 しかし、王太子妃候補であるフェリシティに自分の想いを伝える事はできない。
「…アール・エイマーズと申します」
 そう名乗ると、アールは口角を上げる。
「エイマーズ…伯爵家の?」
「はい。フェリシティ様に嫌な騎士だったと思われたままな事が耐え難く…ユリウス殿下にお願いし、本日の護衛に付かせていただきました」



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