没落令嬢は僻地で王子の従者と出会う

ねーさん

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「細かい作業は難しいですが、急な動きでなければもう問題ありません」
 セヴァリー邸の庭で、ジルはそう言うと右手で剣をブンッと振った。
「左手でも何でもできるように訓練してるんでしょう?」
「そうですね。大体何でもできるようになりました」
 剣を鞘に収めると、庭のテーブルでお茶を飲むオリビアに近付く。
「凄いわよねぇ。あれから半年?」
「五カ月と十三日です」
「もうすぐ半年か…明日は王太子殿下の婚姻の儀だからこんな辺境でも盛り上がっているわね」
「空気が騒ついてますね」

 お父様があれだけ望んでいた「王太子妃」が明日誕生するんだわ。お父様はどこで何を思ってるのかしら。

「ねえ、ジル。お父様はまだ帰って来る気にならないのかしら?」
「まだでしょうね」
「私がダグラスと婚約したのは知らせてるのよね?」
「もちろん」
 
 オリビアとダグラスは、チャンドラー伯爵家当主であるダグラスの父の許しを得て正式に婚約した。
 ダグラスがいずれはパリスの元を離れ、領地に戻るのが条件だ。
 実際に結婚式の日取りを決める前に、ダグラスの両親に会いにまた二人で領地へ行く予定だ。

「私なんて極悪没落令嬢だから、ご両親はダグラスが帰って来るならって渋々許してくださったんじゃないかしら…」
 オリビアはテーブルに突っ伏す。
「何で急に後ろ向きになるんですか」
 ジルは自分でお茶を淹れると、オリビアの隣に座った。ジルは今は「影」ではなく、護衛兼側仕えとしてオリビアと共に居るのだ。
「世間が盛り上がると、華やかな空気に当てられるのよね」
「…オリビア様はお馬鹿さんですね」
 ジルは突っ伏したオリビアの髪をくしゃくしゃと混ぜながら頭を撫でる。
「お馬鹿さんって…」
「馬鹿馬鹿言い過ぎって言われたので、言い方を変えてみました」
「言い方を変えても馬鹿って言ってるのに変わりないわ」
「そんなオリビア様にご報告があります」
「え?」
 オリビアが顔を上げる。
「リネット様の結婚式が決まりました」

-----

 町外れの側防塔で仰向けになって空を見上げた。
「久しぶり…」
 抜けるような雲一つない青い空。
 前にここに来た時は空に溶けてしまいたいと思っていた。
 今は、幸せな未来が見えて…怖い。

「オリビア」
 ダグラスの声がしてオリビアは起き上がる。
「ダグラス」
「屋敷でオスカー殿から『お使いからまだ帰ってない』と聞いて。ここにいると思った」
「お兄様、また厨房に?」
「ああ、今日の夕食は腕によりをかけるから楽しみにと言われたよ」
「…お兄様、子爵家当主兼料理人になるつもりなのかしら?夕食は楽しみだけれど」
 ダグラスはオリビアの後ろに回ると、立てた膝の間にオリビアを入れるようにして座る。
 お腹に腕を回して肩に顎を乗せた。
「あと、ハンスからこれ」
 ダグラスは後ろからオリビアの前に紙袋を差し出す。
 ハンスはセヴァリー家の料理長だ。オスカーの「師匠」でもある。
「わあ。クッキーだわ」
 オリビアがクッキーを袋から一枚摘み「はい」とダグラスの顔の前に差し出すと、ダグラスはパクリと食べる。
「…うまいな」
「ダグラスは甘い物好き?」
 オリビアもクッキーを一口齧る。
「沢山は食べないけどな」
「そうなのね」
「…ここでオリビアと初めて待ち合わせた時を思い出すな」
 あの時も二人でクッキーを食べた。
「そうね」
 あの時、ダグラスはオリビアの差し出したクッキーを戸惑いながら手に取った。今は、オリビアの手から直に口に入れる。
「バーストン伯爵令嬢の結婚式が決まった事、聞いたか?」
「…うん」
「来年の六月らしいな」
「…うん」
「オリビア、元気がないか?」
 ダグラスがオリビアの顔を後ろから覗き込む。
「…何だか…不安で」
「不安?」
「私、本当に…幸せになっても良いのかな…って…」
「良いに決まってる」
 ダグラスは俯くオリビアの耳朶にキスをする。
「ひゃっ」
 ピクリと反応するオリビアに微笑む。
「オリビア耳弱いよな」
「もう」
「オリビア」
「ん?」
 ダグラスはオリビアの耳元に囁くように言う。
「幸せにする」
「…ダグラス」
「いや、違うな」
「え?」
 オリビアはダグラスの方へ振り返る。
「一緒に幸せになろう、だな」
 言いながら頬にキスをする。
「うん」
 オリビアは身体を捻ってダグラスの首に抱きついた。






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