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謎の男

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振り向きたくないけど、振り向くしかない。

「……………」

暗くて良く見えないが…フード付きの服に、布で隠された口元……何だか暗殺者っぽいビジュアルだ。

声や体格からして男性だと思う。
背はアレクより少し高め…スラッとしていているように見えるが、それなりにガタイがいい…きっと引き締まった身体をしているはず。

ただ者ではないと、世間知らずの私でもわかる。

「脅威をあれだけの力で退けたのに随分不安そうだな」

敵意は、ない。
だけど何を考えているかわからない。
そのせいか…淡々とした明瞭な声に、冷たさと強さを感じる。
気分は蛇に睨まれた蛙だ。

ひ、ひいいいっ。

後をつけられていた事で薄々感づいてはいたが…やっぱり、あの一部始終を見られていたらしい。

「ハンターではないそうだし…加えて世間知らず…お前、魔女か?」

そうですよね…マークされていたって事は乗船中の会話も全て聞かれてますよね…。

それに…魔女って。

これはまずい事なのか、そうじゃないのか。
前世だと魔女裁判やら魔女狩りやら…悪いイメージしかない。

震える体に鞭を打ち、今にも真っ白になりそう頭で必死に思考を巡らせていた。
しっかりしないと…私には守るべき存在、フィオレンツァがいるのだから!

「ま、まじょ、じゃ、ないですっ」

ここは無難に否定しておこう。
後々、何に影響するかわからないし。

「…!では、何者だ?」

謎の男が微かに息を呑み、先ほどより固い声で質問を重ねてきた。

「エ、エルフ…です」

「は……エルフ?」

変に疑われても困るので、素直に種族を言うと…謎の男から初めて人間味を感じる声が出た。
変化は小さいものだが…トーンが少し上がり、予想もしていなかったというようなニュアンスが乗せられていた。

何故、エルフがこんなところでこんな事をしているのか…と思っているのに違いない。

「はいっ…か、変わり者の、エルフ、なんですっ」

「…変わり者……一先ずわかった」

納得したのか、声の調子が淡々としたものに戻った。

一先ずなんですね…。
つまり私は、まだ解放されないって事ですね…。

「あの…私に、何かご用、ですか?」

「…ああ、単刀直入に言う。俺に手を貸せ」

「え…」

謎の男はフードを外し、口元から布を下ろた。
ちょうど…月明かりが彼を照らす。

少し癖のついた黒髪は光の加減で綺麗な紫色に見え、鋭い紫眼から冷ややかな色気を感じる。
全体的にシャープでキリッとした印象があり、落ち着いたセクシーさがあるイケメンだ。

嫌な予感がする。

何の根拠もないが…前世の異世界転生ものでは、こういう目立つイケメンは何かを抱えているものだ。

しかも…顔を見せたという事は、どんな事があっても私に協力させるつもりだ。
暗に、拒否権はないと言われている気がする。

「何をするんですか…?」

「あの結界はどのくらい持続できる?」

「……………」

質問を質問で返されてしまった。
あの結界とは…海賊からの攻撃を防いだ結界か。

「……………」

「……………」

更に嫌な予感は強くなるが…私が答えるまで、この沈黙は続くだろう。

「…具体的な時間はわかりませんが…少なくとも一時間はもつと思います」

「!…あの規模と強度で一時間も」

「……………」

や、やらかしたかもしれない。
ああぁあ…三十分って言えば良かった…!

勝機が見えた、みたいな声を出さないで欲しい。

うう…どのくらい凄い事なのかわからないよぉ…。
こんな事なら…フィオレンツァにしっかり聞いておけば良かった…。

「お前には俺と、あるダンジョンを攻略して欲しい」

「……………」

私にできる抵抗は、無言を貫く事。
きっと、断ったら脅されて…フィオレンツァにまで危害が及び…最悪、私が殺される。

逃げるにも、相手の能力は未知数……危険過ぎる。

「…お前は頭が良いな。本当は北部の魔女に協力を仰ぐ予定だったが、俺には時間がない。悪いが…お察しの通り脅迫させてもらう」

謎の男は不本意というように視線を逸らした。

その、訳ありげに被害者面するのはやめて欲しい。
淡々とした脅しなのに、切実なお願いのようにも聞こえてしまうから…!

「……いつですか?」

少なくとも、この船旅が終わってからでないと無理だ。

「今だ」

「……………………え…」

「今、ダンジョンを攻略する」

何て事ないように謎の男は言うが…肝心のダンジョンにどう向かうというのだろうか。
アレクが教えてくれた通りなら、ゲートと呼ばれる出入り口を潜らないといけないのに…。

「どう、やって、ですか…?」

「俺の能力で移動する」    

「能力…」

「ああ、一度訪れた場所なら移動可能だ。制限はあるがな…」

淡々と説明された内容に目を見開く。
そんなチート級の能力を持つ人がどうして…かなり危険なダンジョンなの…?

少なくとも、防御が必要な何かがある…。
私に目を付けたのは、私の結界をご所望だろうから。

ひ、ひいぃ…怖いっ…怖くて仕方ない。
これが怪しい何かでも、もう後戻りはできない…そもそも選択肢なんてない。

「行くぞ」

覚悟も何もできていないのに、無情な言葉がかけられた。
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