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名前を呼んで

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北部に到着すると、港町を少し回ってから、寝台列車に乗り込んで当てのない旅へ。

ここまで全部、アレクがガイドをしてくれた。
道案内、値段交渉もお手のもの…。

ボディーガードしてくれるおかげで、フィオレンツァがゴリマッチョ姿で危険人物たちを牽制する必要もなくなったし…もう、何から何まで“おんぶにだっこ”だった。

私が目立つ事を恐れている事もお見通しで、一等車ではなく二等車の部屋をとってくれた。

そこそこの部屋と言っていたが…私から見たら十分良い部屋で、フィオレンツァとの二人部屋。
隣にはアレクとルディの部屋…環境が良いうえ、めちゃくちゃ安心できる。

私はのびのびと部屋で寛いでいた。

「まあ…凄いわっ…これが雪野原…!町並みも素敵だったけど、自然の風景はいっそう神秘的……雪って本当に綺麗ねっ!」

「そうだねぇ♡」

そしてそして、キラキラわくわくした様子で、ずーっと窓に張り付いているフィオレンツァ。

窓から見える景色は綺麗で、フィオレンツァは最上級に可愛い。
幸せって、きっとこういう事なんだろうなぁ…。


ただ…一つ気になるのが、船の客室にいつの間に置かれていたソジュンの短い手紙。

『俺が必要な時は名前を呼んでくれ。いつでも駆けつける』

これはどういう事なのだろう…。

確か、彼は一度行った事がある場所にワープできる能力があると言っていた。
実際に目の当たりにしたし…これは間違いない。

それは、もしかして…人も対象とか…?
一度会った事がある人物なら、その人物の元へワープできる的な…。

でも、何で名前を……そもそもどうやって名前を呼ばれた事を把握するのだろうか。
名前を呼ぶと、私がワープの目的地として感知される…とかなのか?

「ソジュンさん…やっぱり言葉足らずだなぁ…」

「……あら…彼がまた何かしたの?」

「!フィ、フィオちゃん…」

さっきまではしゃいでいたフィオレンツァは、何とも言えない圧を醸し出し、声のトーンを露骨に落とした。

ま、まずい…軽率に名前を出してしまった!
フィオレンツァはソジュンを許したわけではないのに…!
手紙を発見した時も即刻燃やそうとしていたし…。

「ち、違うのっ…!ソジュンさんの手紙が…」

「呼んだか?」

「えっ……ひ、ひいぃっ!?」

どうにかフィオレンツァを宥めようとした瞬間…この場にいないはず声がした。
声の方を向くと…当たり前のようにソジュンが立っていた。

「ソ、ソジュンさんっ…!?」
 
「ああ、どうした?」

ソジュンは私と視線が合うとゆっくり跪き、穏やかに緩んだ瞳で見上げてきた。  

え、な、なんでっ!?
しかも、言い方も何処か優しいっ…!?

相変わらず淡々としているが…冷たさがなくなり、柔らかさを感じる。

「まあ…何をしに来たのかしら?」

ソジュンの行動に戸惑っていると、フィオレンツァがつーん…と厳しめの声を出した。

そ、そうだ…今この状態は火に油。
最悪なタイミングでソジュンは現れたのだ。
恐らく…私が名前を呼んでしまったから…。

「怒るな…恩人に名前を二回呼ばれたから来ただけだ」

ピリピリするか…と思ったが、対するソジュンは困ったように笑い、穏やかに返してくれた。

うん…やはり言葉は足りないけど、フィオレンツァへの誠意をしっかり感じる。
それをフィオレンツァも感じたのか、不本意という顔をしながらも口を閉じた。

「あっ…あの…名前を呼ばれると感知できる能力もあるんですか…?」

「いや、名前を呼ばれて感知できるのはお前だけだ」

「え…?それは、どういう…?」

「…お前は知らなくて良い」

ソジュンは小さく微笑みをもらすと、私の片手を優しく取り、ちゅっ…と手の甲に口をつけた。

「ひゃっ!?」

今の流れで何故…と私の脳内に宇宙が広がる。
こんな事されたの初めてだから……どうしよう…。

予想もしていなかった行為に、ただただ驚いて固まってしまう。

「なっ…あなたっ!シシーに何をするのっ!?」

「恩人に敬愛を示しただけだが?」

「むぅううう…!シシーの手を離しなさい!」

動揺と混乱で何も返せないでいると、フィオレンツァの過保護が炸裂していた。

ぎゅっ…とフィオレンツァに片手を抱き込まれる。

「わたしのシシーにっ…わたしもした事がなかったのにっ…もうっ!ちゅっ、ちゅっ!ちゅっ!ちゅーっ!」

「酷いな」

手の甲をハンカチでゴシゴシと拭われて、上書きするように何度もちゅっ、ちゅっ…と女神様からの愛情を片手に受けた。

「わっ…フィ、フィオちゃん…♡」

きゅんっ。
美幼女の溺愛ムーブのおかげで、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。

「フィオちゃんったら…♡もおっ♡」

「!ふふっ、わたしの可愛いシシー♡大好きよ♡」

ぽーっとしちゃう。
状況も忘れてフィオレンツァにメロメロになってしまった…。

「ふぅ……あなたの能力は、愛する者に名前を呼ばれると感知してワープできるものでしょう?」

「…良くわかったな」

「シシーに伝えなかった事は褒めてあげるけど…あなた、自分がシシーに何をしたか忘れたわけではないでしょうね?」

「!…ああ、忘れていない。しっかり償うさ」

気付けば、二人でこそこそ何かを話している。
話の内容が気になるところだが…とりあえずは落ち着いて会話できているみたいなので一安心。
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