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第五幕 五 「リンには用事を頼みたいのですが、よろしいですか?」
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五
「お腹いっぱい。」
「貴方の食欲には脱帽です。私の皿までたいらげてしまうとは。」
昼食の後、二人は客室へと戻っていた。昼食時の食堂には、孝造を初めとする吉岡家の者の姿はなく、ただひっそりとしていた。使用人が時折、出入りするだけで、他の者の出入りはない。二人はイツ子の姿を見つけ、昼食を頼んだ。誰もいない食堂だったが、二人は昼食を満喫し、家人のように振舞っていた。
「ねえ、先生。午後からどうするの?」
椅子に座っているヒョウの膝にぴょこんと飛び乗り、期待に輝いた目でリンが尋ねる。
膝に乗ったネコをあやすように、リンの頭を撫で、ヒョウは微笑んだ。
「機嫌は直ったようですね、リン。」
元気よく響くリンの鈴の音色。明るく澄んだ肯定の音だ。
リンの返事に満足して、ヒョウは目を細めた。
「それは幸いです。午後からの予定は、名探偵主催の作戦会議への出席ですが。しかし、その前に、リンには用事を頼みたいのですが、よろしいですか?」
リンはちょこんとヒョウの膝から降りると、しっかりと肯定を響かせた。
「それでは、リンは事務所に帰って、トランクを持ってきて下さい。今回の依頼で、もう少しこちらに逗留することになりそうですから。」
「予備なら車に乗せてあるよ。」
リンは頷くでもなく首を傾げた。
今度はヒョウが頷くと、リンの頭を優しく撫でた。
「はい。貴方が優秀なのは理解しています。ですが、念のためということで、お願いします。」
リンは誉められたことに気を良くして、元気よく鈴の音を響かせた。
そんなリンに、ヒョウは小さく折りたたまれたメモ書きを渡す。
「トランクの他に、これもお願いします。ああ、それと、用事のついでにケーキを買ってきてもいいですよ。」
リンにとっては、とっておきの一言。ケーキという単語に過剰反応して、リンは飛び跳ねる。
「くれぐれも、気をつけて行って来て下さいね。」
ヒョウの忠告を聞いているのかいないのか分からないくらい、リンの返事かどうか分からないくらいリンの鈴の音はリンの動きに連動して鳴り響いている。
ヒョウは微笑のまま椅子から立ち上がると、飛び跳ねるリンを捕まえた。
「美しい貴方に何かあってはいけません。くれぐれも気をつけるんですよ。」
腰を屈め、リンに目線を合わせると、ヒョウはリンの髪を梳いた。
リンはきょとんとした瞳でヒョウを見つめ返し、肯定の音色を響かせた。
「では、行ってらっしゃい。頼みましたよ。」
「行ってきます。」
元気の良い挨拶を残して、リンは扉を開けた。
足音と鈴の音が少しずつ遠ざかっていき、扉が閉まるとリンの音色は途絶える。
リンの背中に手を振っていたヒョウの手も、扉が閉まるのと同時に動きを止めた。
ヒョウの顔からは微笑も消え去り、温度すら急速に冷えていく。リンへと向けていた愛情の発露がなくなると、ヒョウの持っている感情には温度がなくなり、ヒョウの姿は氷の彫刻のようであった。
酷薄、冷然、無機質。底冷えのする視線。
ヒョウに人間味を少しでも持たせることの出来るのは、リンへの愛情だけなのかもしれない。
「お腹いっぱい。」
「貴方の食欲には脱帽です。私の皿までたいらげてしまうとは。」
昼食の後、二人は客室へと戻っていた。昼食時の食堂には、孝造を初めとする吉岡家の者の姿はなく、ただひっそりとしていた。使用人が時折、出入りするだけで、他の者の出入りはない。二人はイツ子の姿を見つけ、昼食を頼んだ。誰もいない食堂だったが、二人は昼食を満喫し、家人のように振舞っていた。
「ねえ、先生。午後からどうするの?」
椅子に座っているヒョウの膝にぴょこんと飛び乗り、期待に輝いた目でリンが尋ねる。
膝に乗ったネコをあやすように、リンの頭を撫で、ヒョウは微笑んだ。
「機嫌は直ったようですね、リン。」
元気よく響くリンの鈴の音色。明るく澄んだ肯定の音だ。
リンの返事に満足して、ヒョウは目を細めた。
「それは幸いです。午後からの予定は、名探偵主催の作戦会議への出席ですが。しかし、その前に、リンには用事を頼みたいのですが、よろしいですか?」
リンはちょこんとヒョウの膝から降りると、しっかりと肯定を響かせた。
「それでは、リンは事務所に帰って、トランクを持ってきて下さい。今回の依頼で、もう少しこちらに逗留することになりそうですから。」
「予備なら車に乗せてあるよ。」
リンは頷くでもなく首を傾げた。
今度はヒョウが頷くと、リンの頭を優しく撫でた。
「はい。貴方が優秀なのは理解しています。ですが、念のためということで、お願いします。」
リンは誉められたことに気を良くして、元気よく鈴の音を響かせた。
そんなリンに、ヒョウは小さく折りたたまれたメモ書きを渡す。
「トランクの他に、これもお願いします。ああ、それと、用事のついでにケーキを買ってきてもいいですよ。」
リンにとっては、とっておきの一言。ケーキという単語に過剰反応して、リンは飛び跳ねる。
「くれぐれも、気をつけて行って来て下さいね。」
ヒョウの忠告を聞いているのかいないのか分からないくらい、リンの返事かどうか分からないくらいリンの鈴の音はリンの動きに連動して鳴り響いている。
ヒョウは微笑のまま椅子から立ち上がると、飛び跳ねるリンを捕まえた。
「美しい貴方に何かあってはいけません。くれぐれも気をつけるんですよ。」
腰を屈め、リンに目線を合わせると、ヒョウはリンの髪を梳いた。
リンはきょとんとした瞳でヒョウを見つめ返し、肯定の音色を響かせた。
「では、行ってらっしゃい。頼みましたよ。」
「行ってきます。」
元気の良い挨拶を残して、リンは扉を開けた。
足音と鈴の音が少しずつ遠ざかっていき、扉が閉まるとリンの音色は途絶える。
リンの背中に手を振っていたヒョウの手も、扉が閉まるのと同時に動きを止めた。
ヒョウの顔からは微笑も消え去り、温度すら急速に冷えていく。リンへと向けていた愛情の発露がなくなると、ヒョウの持っている感情には温度がなくなり、ヒョウの姿は氷の彫刻のようであった。
酷薄、冷然、無機質。底冷えのする視線。
ヒョウに人間味を少しでも持たせることの出来るのは、リンへの愛情だけなのかもしれない。
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