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Where am I?(ここどこ) 2
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パチパチと小さな音が聞こえた。
太陽をいっぱ吸い込んだ香しい藁の匂いに混ざって、苦い臭いと、血の臭いもした。
「ん……んんっ……」
朝霧が風に吹かれて流れてゆくような感覚で段々と意識が明瞭になり、意識が明瞭になるほど体中の痛みも鮮明になって、ラヴィは痛さに顔をしかめながらゆっくりと目を開けた。
「……え? ここ……どこ?」
見知らぬ場所だった。
ラヴィは真新しい藁が敷き詰められた大きな木箱の中に寝かされていて、まるで出荷される前の桃のように体の上にもたくさんの藁が被せられていた。
上半身をおこして箱の中から顔を出すと、どうやらここは人間の住む家の中だってことがわかった。
明かり取り用の小さな窓からはイワシ雲が浮かんだ秋の青空と、黄色や赤色に染まった山々が見える。
断続的に聞こえていた小さなパチパチ音は暖炉の薪が爆ぜる音。
ラヴィが寝かされている木箱はその暖炉からほどよい距離に置かれていて、冷えているラヴィの体に熱を与えてくれている。
「暖かい……」
暖炉には鉄鍋が掛けられていて、ふわりと優しい湯気をのぼらせている。
木箱の側には血が染み込んだ布と、小さな石臼があった。
苦い臭いはその石臼のほうから漂ってきていて、藁の中に埋まっている自分の体からも同じ臭いがしている。
きっとこれは薬草の臭い。体の上にかけられている藁をどかすと、体に包帯が巻かれているのに気付き、少し遅れて頭にも包帯が巻かれているのに気付いた。
「ボク、助かったの?」
気を失う前のことはなんとなく覚えている。
人里に降りて、そのときはもう夜になってて、
外を歩いている人間はいなくて、
でも一件だけランプを煌々と灯した家があって、
人の声がして、それはとても騒がしくて、
ちょっと恐かったけれど、
勇気を出してそこに入って、
饐えた臭いのする泡立った飲み物を美味しそうに飲んでいる赤い顔のおじさんに
「ねぇ、ボクの頭をなでなでして」ってお願いしたら
「なんだオマエ、ここらじゃ見かけないアニオンだな」
「おいおい。木札がないぞ? もしかして野良か?」
「うひょう! こいつはラッキーだ、捕まえて売りに行こう!」って、
みんなが目の色を変えてボクを追いかけてきて、
怖くなって逃げて、
捕まって、
抵抗したら死ぬほど打たれて、
それで、それで、……どうしたんだっけ?
そこから先の記憶が曖昧で、はっきりとは思い出せない。
「……で、ここどこ?」
再び最初の疑問が頭に浮かんで呟いた。
この部屋は包み込んでくれるような優しい雰囲気があるれど、全く見覚えのない小屋の中で寝かされていることにはどうしても不安を覚えてしまう。
種族的に臆病な性質のラヴィにとっては、自分のナワバリでない場所にいるのはひどく落ち着かなかった。
痛む体をもぞもぞと動かして起き上がり、体のわりに大きな足を縁にひっかけて木箱の外に出ようとした――ちょうどそのとき。
部屋に二つある扉の一つを開いて、人間の若いオスが入ってきた。
「ひっ!?」
ラヴィは驚いて小さな悲鳴を上げると、バランスを崩して木箱の中へ転がり戻ってしまった。
今から外に出ようとしたら姿が丸見えになって余計に注意を引いてしまうことは確実。
もし見つかったら、ここから逃げ切れる自信なんてまったく無い。
『このままジッとしてて、あの人間がどこかに行ってしまうのを待とう』
ラヴィは次善の方法を考えたのだけれど、そんな計画はスカッと空振った。
人間はラヴィが隠れている箱の前に真っ直ぐ歩いてきて、真上からラヴィを見下ろした。
「お? 気がついたようだな」
「ぴゃあああぁぁ!」
ラヴィの脳裏に昨晩襲われたときの恐怖が蘇ってきて全身の体毛が逆立った。
お尻についてる短いしっぽが毛玉のようにモフッと膨らみ、目尻の垂れた大きな緑色の目に涙が浮かぶ。
敷き詰められている藁の中へ本能的に潜ったけれど、しょせんは木箱の中。すぐに底にあたって行き止まりになった。いくら穴掘りが得意なラヴィでも、さすがに木の板までは掘れない。
「ダメだ、もう逃げられない! ボクもう終わりだよ!」
ラヴィは迫り来る死に怯え、全身を震わせながら終焉の刻が訪れるのを覚悟した。
……けど、その瞬間は、なかなかやって来なかった。
「?」
怖々と顔を上げると、箱の前に立った人間は不機嫌そうな顔でラヴィを見下ろしている。
「……ちっ、そんなに怖がることないだろう」
包帯やガーゼなどの治療道具を持った人間は舌打ちをすると、敵意がないことを証明するように、しゃがんでラヴィと目の高さを合わせた。
「いいか? 論理的に考えてみろ。俺がオマエに何かしようと考えてたのならオマエが気を失っている間にやってる。俺はオマエに危害を加えたりしない。だからそんなに怖がるな」
「え……あ、の……」
昨晩のことですっかり人間に対する怖さを刷り込まれたラヴィは、言われた事を頭で理解する余裕なんて無くて、そもそも《論理的》って難しい言葉も知らなくて、無遠慮に近づいてきた人間にただただ怯えた。
ラヴィが泣きそうな顔で震えているので、人間はひどく面倒そうに溜息を吐いて肩をすくめた。
「わかった、わかった。ここに居たくない、今すぐ帰りたい。って言うなら止めやしないから勝手にどこにでも行くがいい」
「ボク、帰って……いいの?」
「好きにしろ。出口はあっちだ」
太陽をいっぱ吸い込んだ香しい藁の匂いに混ざって、苦い臭いと、血の臭いもした。
「ん……んんっ……」
朝霧が風に吹かれて流れてゆくような感覚で段々と意識が明瞭になり、意識が明瞭になるほど体中の痛みも鮮明になって、ラヴィは痛さに顔をしかめながらゆっくりと目を開けた。
「……え? ここ……どこ?」
見知らぬ場所だった。
ラヴィは真新しい藁が敷き詰められた大きな木箱の中に寝かされていて、まるで出荷される前の桃のように体の上にもたくさんの藁が被せられていた。
上半身をおこして箱の中から顔を出すと、どうやらここは人間の住む家の中だってことがわかった。
明かり取り用の小さな窓からはイワシ雲が浮かんだ秋の青空と、黄色や赤色に染まった山々が見える。
断続的に聞こえていた小さなパチパチ音は暖炉の薪が爆ぜる音。
ラヴィが寝かされている木箱はその暖炉からほどよい距離に置かれていて、冷えているラヴィの体に熱を与えてくれている。
「暖かい……」
暖炉には鉄鍋が掛けられていて、ふわりと優しい湯気をのぼらせている。
木箱の側には血が染み込んだ布と、小さな石臼があった。
苦い臭いはその石臼のほうから漂ってきていて、藁の中に埋まっている自分の体からも同じ臭いがしている。
きっとこれは薬草の臭い。体の上にかけられている藁をどかすと、体に包帯が巻かれているのに気付き、少し遅れて頭にも包帯が巻かれているのに気付いた。
「ボク、助かったの?」
気を失う前のことはなんとなく覚えている。
人里に降りて、そのときはもう夜になってて、
外を歩いている人間はいなくて、
でも一件だけランプを煌々と灯した家があって、
人の声がして、それはとても騒がしくて、
ちょっと恐かったけれど、
勇気を出してそこに入って、
饐えた臭いのする泡立った飲み物を美味しそうに飲んでいる赤い顔のおじさんに
「ねぇ、ボクの頭をなでなでして」ってお願いしたら
「なんだオマエ、ここらじゃ見かけないアニオンだな」
「おいおい。木札がないぞ? もしかして野良か?」
「うひょう! こいつはラッキーだ、捕まえて売りに行こう!」って、
みんなが目の色を変えてボクを追いかけてきて、
怖くなって逃げて、
捕まって、
抵抗したら死ぬほど打たれて、
それで、それで、……どうしたんだっけ?
そこから先の記憶が曖昧で、はっきりとは思い出せない。
「……で、ここどこ?」
再び最初の疑問が頭に浮かんで呟いた。
この部屋は包み込んでくれるような優しい雰囲気があるれど、全く見覚えのない小屋の中で寝かされていることにはどうしても不安を覚えてしまう。
種族的に臆病な性質のラヴィにとっては、自分のナワバリでない場所にいるのはひどく落ち着かなかった。
痛む体をもぞもぞと動かして起き上がり、体のわりに大きな足を縁にひっかけて木箱の外に出ようとした――ちょうどそのとき。
部屋に二つある扉の一つを開いて、人間の若いオスが入ってきた。
「ひっ!?」
ラヴィは驚いて小さな悲鳴を上げると、バランスを崩して木箱の中へ転がり戻ってしまった。
今から外に出ようとしたら姿が丸見えになって余計に注意を引いてしまうことは確実。
もし見つかったら、ここから逃げ切れる自信なんてまったく無い。
『このままジッとしてて、あの人間がどこかに行ってしまうのを待とう』
ラヴィは次善の方法を考えたのだけれど、そんな計画はスカッと空振った。
人間はラヴィが隠れている箱の前に真っ直ぐ歩いてきて、真上からラヴィを見下ろした。
「お? 気がついたようだな」
「ぴゃあああぁぁ!」
ラヴィの脳裏に昨晩襲われたときの恐怖が蘇ってきて全身の体毛が逆立った。
お尻についてる短いしっぽが毛玉のようにモフッと膨らみ、目尻の垂れた大きな緑色の目に涙が浮かぶ。
敷き詰められている藁の中へ本能的に潜ったけれど、しょせんは木箱の中。すぐに底にあたって行き止まりになった。いくら穴掘りが得意なラヴィでも、さすがに木の板までは掘れない。
「ダメだ、もう逃げられない! ボクもう終わりだよ!」
ラヴィは迫り来る死に怯え、全身を震わせながら終焉の刻が訪れるのを覚悟した。
……けど、その瞬間は、なかなかやって来なかった。
「?」
怖々と顔を上げると、箱の前に立った人間は不機嫌そうな顔でラヴィを見下ろしている。
「……ちっ、そんなに怖がることないだろう」
包帯やガーゼなどの治療道具を持った人間は舌打ちをすると、敵意がないことを証明するように、しゃがんでラヴィと目の高さを合わせた。
「いいか? 論理的に考えてみろ。俺がオマエに何かしようと考えてたのならオマエが気を失っている間にやってる。俺はオマエに危害を加えたりしない。だからそんなに怖がるな」
「え……あ、の……」
昨晩のことですっかり人間に対する怖さを刷り込まれたラヴィは、言われた事を頭で理解する余裕なんて無くて、そもそも《論理的》って難しい言葉も知らなくて、無遠慮に近づいてきた人間にただただ怯えた。
ラヴィが泣きそうな顔で震えているので、人間はひどく面倒そうに溜息を吐いて肩をすくめた。
「わかった、わかった。ここに居たくない、今すぐ帰りたい。って言うなら止めやしないから勝手にどこにでも行くがいい」
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