靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

文字の大きさ
6 / 38

I think you(何してるの?) 2

しおりを挟む
 最初は気のせいかと思ったけれど、胸の痛みは日が経つほどにひどくなった。

 なぜ? どうして?

 ラヴィは眉を寄せながらうんうんと考えて、ようやく気がついた。

「ああっ! ボクが山を下りたの、胸が痛いのをなんとかしてもらいたかったからなのに!?」

 他に痛いところがいっぱいあったからそれどころじゃなかったし、ラチアと一緒にいる間は一度も空胸感を覚えなかったから、すっかり忘れていた。

「そうだ。今からまたラチアのところに行って……」

 ラチアはイジワルだけれど頼めばそれくらいの事なんて簡単にしてくれると思う。
 ラヴィは勢いよく立ち上がって――……すぐに耳をふにゃりと垂らして腰を落とした。
 巣へ帰る日。ラチアが別れ際に言った言葉を思いだしたのだ。

「これに懲りたら、もう人里には下りてくるんじゃないぞ。もちろん俺の所にもだ。いいな?」

 ラチアはしつこいくらいに、そう言って念を押した。

 ラチアはおばあちゃんの最期の言葉を知らないはずなのにおばあちゃんと同じような事を言ったので、それが不思議で「どうして?」と訊いたら、ラチアは少し困ったような顔をした。

「ん……まぁ、アニオンが人間と一緒にいるのはあまり良い事じゃないからな」

「ボク、人間と一緒にいたらダメなの?」

「ダメってことはないがきっと辛い思いをすることになる。山の中で自由に暮らせるのなら、それがオマエにとって一番いい事なんだ」

「……ん?」

 言っている言葉はわかるけれど、言っている内容がいまいち把握できなくて首を傾げると、ラチアは苦笑いをした。

「ま、ザックリとした言い方をすれば『あまり人間に懐くな』って事だ。意味なんて分からなくていい。そういうものなんだって覚えていてくれればオマエは幸せでいられる」

「ラチアに会うのもダメ?」

「あぁダメだ」

「もし、また来たら?」

「怒る」

「怒るの?」

「あぁ、怒る。こっぴどく怒る。だからもう二度と山を下りてくるんじゃないぞ」

「うん。わかった」


 あのときはあまり深く考えないで返事したけれど、山に帰ってきて日が経つほどにまた会いたいって気持ちが強くなってきて……あんな返事するんじゃなかったって後悔した。

「ボクがまた山を下りたら、ラチア本当に怒っちゃうかな……でも、なでなでしてもらいたいなぁ……。痛いのやだよ……」

 ラヴィは両手で頭を押さえながらうんうんと悩んでみた。

「『頭なでなでしてもらいたくて山を下りてきたんだ』って理由だけだと、ラチアは怒るかもしれない。もっと何かこう『なるほど、それならしかたがないな』ってラチアが納得するくらいのちゃんとした理由があれば……」

 うんうんうんうんと考えて、考え続けて、はたと気がついた。

「そういえば、ボク怪我の治療してもらったのに『ありがとう』って言っただけで、まだお礼をしてない! そうだ、お礼をしに行こう。それならラチアはきっと納得するよね。それどころか『ちゃんとお礼ができるなんてラヴィは立派だな』って褒めてくれるかもしれない。うん、きっとそうだ。お礼の木の実をたくさん持っていってあげよう。ラチア、喜んでくれるよね」

 夜が明けたらすぐラチアのところに行こう。心の中でそう予定を立てたラヴィは、足元に転がっていたリンゴを拾い上げてにこにことしながら頬張った。

 この時にはもう胸の痛みを感じなくなっていたけれど、ラヴィはそれに気付いてなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...