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Who are you?(貴方は誰?) 1
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「……え?」
入口に戻ったラヴィは目の前の光景が信じられなくて思考が止まった。
広場には、さっきと同じ場所に立っているラチアと、ラチアの前で突っ伏している犀。
そしてラチアを見ながらポカンと口を大きく開けて驚愕している警備兵たちやヤジ馬たちの間の抜けた顔があった。
「何が……おきたの?」
時間が止まったようにみんなが硬直している空間の中、ラチアだけがいつも通りのむっつりとした不機嫌顔で剣を振り、刃に付着した血を飛ばして群衆に背を向けた。
ラチアは体のどこかを痛めたような感じは全然なく、ここを出て行ったのと同じ気楽さでこちらに戻って来る。
ラチアが現場を離れた頃になってようやく周囲から物音が流れ出した。
最初に静寂を破ったのは手を打つ音。
ぱらぱらと、それはまるで降り始めたばかりの雨音に似ていたが、一旦静寂が破られるとその音は加速度的に大きくなり、やがて豪雨のような拍手と歓声になって市場全体を揺らした。
「ほらね、大丈夫だったでしょ?」
怒号にも似た賞賛の嵐に片耳を塞ぎながら、パイラは苦笑いをしている。
「……ボ、ボク、夢でも見てるのかな?」
ラチアの様子が普段とまったく変わらないので、目の前で起きている騒ぎが別世界のことのように思えてしまう。
ラチアが実際に戦っているところは見ていないのでなおさらだ。
「パイラ、いい剣を持っているな。生意気なくらいに」
戻ってきたラチアがパイラに剣を返して、まるで交換するかのようにラヴィを自分の傍に引き寄せた。
「そりゃまぁ、今のあたしは隊長ですからね。支給される剣だって普通の隊員よりワンランク上ですよ」
「じゃぁ隊長さん、後の処理をさっさとやってきたらどうだ。そろそろアイツが目を覚ますぞ」
「……へ? も、もしかして、先輩!?」
「今の俺は一介の靴職人だ、一般人が他人の財産を勝手に殺すわけにいかんだろ。今アイツが動かないでいるのは顎の先を打たれて脳震盪を起こしているからだ。意識が戻ればまた暴れ出すぞ」
「ぎゃー! それを早く言って下さいよぉ! アヘラズ! 早くソイツ拘束してぇー!」
パイラは悲鳴をあげて犀が倒れているところに駆けていった。
「やれやれ、ようやく騒がしいのが離れた」
慌ただしく部下たちに指示を出しているパイラを遠目に眺めながら、ラチアは安堵の溜息をついた。
「ねぇ。ラチアって昔、警備隊にいたの?」
「俺が? まさか」
「ほんと?」
「こんなことで嘘をついてどうする」
ラチアは軽く肩をすくめた。確かに嘘をついているようには見えない。
ラチアがラヴィに嘘をつくときや、イジワルなことを言ったとき、イタズラを仕掛ける前なんかは決まって口の端をニヤリと吊り上げる。
今はその癖が出ていない。
『じゃあ、ラチアって……』
不思議でしょうがなかった。
ラヴィはラチアの名前を知っている。ラチアの普段の生活も知っている。
でも、ラチアの正体が全然分からない。
今回のことでますます分からなくなった。
とても普通の人とは思えない雰囲気を身に纏うラチア。
自身では靴職人だと言い、里の人たちは医者だと認識していて、警備隊隊長のパイラは『先輩』と呼んでいる。
―― Who are you《貴方は誰》?
いまさらそんなふうに訊いても「は? 言ってんだ?」と笑われてしまいそうな気がする。
どう訊けば今の自分の疑問にぴったりくる答えをしてくれるんだろう?
そんなことを考えていたら、ラチアがラヴィの頭にポンと手を置いた。
「それよりラヴィも気をつけろよ。見回り中の警備隊を襲ったらラヴィなんか問答無用で斬り殺されるからな」
「そんな怖いこと言わないでよ。ボクそんなことしないよ」
「……そうだな。オマエじゃしようとしてもできないな」
ラチアは口の端をニヤリと吊り上げてイジワルな笑顔でラヴィの頭をなでた。
奴隷市場での騒動が収まって、ようやく奴隷登記の手続きがされるようになりラヴィとラチアは別々の部屋に通された。
ラヴィが連れて行かれたのは、これから奴隷となるアニオンが集められている部屋だった。
それまでラチアと一緒にいた待合室に比べると、なんだか薄暗くて陰気な感じがする。
部屋の隅には壊れた椅子や折れた木材が無造作に積み上げられていて、石壁には鉄の鎖のついた手錠が取り付けられていて、その物々しさがラヴィを無言で威圧した。
ラヴィは自分一人だけかと思っていたが、先客がいた。
『うわぁ……。キレイなお姉さんだなー……』
殺風景な部屋には不釣り合いなほどゴージャスな女性が粗末なベンチに座っている。
一目で豹タイプのメスだとわかったが、パイラに斬り伏せられたオスの豹タイプとは違い、顔は完全に人間のそれで、しかもキレイだった。
豊かな金髪の上に丸い耳。
長いシッポ。
色濃く長い睫。
すっと通った鼻梁。
切れ長の瞳。
薄衣を纏った体からはしなやかな手足がすらりとのびていて、
胸がボン、腰はキュッ、お尻がパン。
年頃の少年が見たら即座に前屈みになり、年頃の少女が見たら鬱になりそうなくらい見事なプロポーション。
お子ちゃまなラヴィは嫉妬することも、興奮することもなく、ただただ見とれていた。
「……なによアンタ。ジロジロ見て」
部屋に入ってきたウサギタイプの子供が無遠慮に眺めているので、豹のお姉さんは苛ついた顔で睨んできた。
「あ、その……別に……ごめんなさい」
キレイなお姉さんは、なんだかおっかないお姉さんだった。
どうやらさっきの騒ぎの前からこの部屋で待たされていたらしく、かなり機嫌が悪そうなので、ラヴィはお姉さんから少し離れたところにあるベンチに腰を降ろした。
「……」
「……」
特に喋ることがなく、ずっと無言。
ラチアと一緒に月見をしてたときも無言だったけれど気持ちがポカポカしてた。
なのに、この無言はひどく居心地が悪かった。
同じ頃、ラチアは別室で何十枚もの書類にサインをしていた。
ラチアが通されたのは奴隷を所有できるほど金銭的に余裕のある市民を応接することを意識して作られた豪奢な部屋。
部屋の中には大きな大理石の彫像が二体飾られていて、テーブルセットは簡素な作りでありながらもマホガニー材を使用した高級品。
テーブルには東方交易の品だと一目でわかる白磁の花瓶が置かれており、小さな赤い花が挿されてあった。
「どうして役所の手続きってのはこうも面倒なんだろうな」
最後の書類にサインをし終えたラチアはうんざりした様子で羽ペンを置いて肩を揉んだ。
「すみません。すみません。でもこれが決まりですので」
ラチアと向かい合って座っていた登記所の職員がラチアの独り言に対して律儀に答えた。
二十歳前後に見える若年の女性職員はラチアがサインした書類を入念にチェックしながら、一枚一枚を規定の順番に並び替えている。
見るからに要領の悪そうな職員だけれど頑張って仕事をしようとしている意気込みと誠実さは充分に感じられた。
「では、新規奴隷の名は《ラヴィ》。所有者の名は《ラチア・グレゴリー》。スペルはこれで間違いは……。あ、はい。結構です。では以上で書類の手続きは完了です」
「やれやれ、やっと終わりか。じゃ、あとはよろしく」
席を立とうとしたラチアに、職員は遠慮がちに声をかけた。
「あのぅ。よ、余計なお世話と承知で忠告したいのですが……」
「何か?」
仕事の手際は悪かったけれど、頑張って仕事をしようとしている職員のひたむきさに好感を覚えていたラチアは、話に応じて席に座り直した。
「あのアニオン、早く手放したほうがよろしいかと」
「どういう意味だ?」
いぶかしげに片目をすがめると、職員は慌てて手を振った。
「あ、いえ。別に他意があってのことではないんです。ただ――」
「ただ?」
「ウサギタイプのアニオンで瞳の色が緑の個体は『緑眼兎』という特別な呼び名がついているんです」
「緑眼兎?」
「はい。古い言い伝えなんですが『緑眼兎は飼い主の絶望を望み、それを喜ぶ性質を持っている』――と」
「飼い主の絶望を望む? アイツがか?」
ラチアはラヴィの顔を脳裏に思い浮かべた。ふにゃりと気の抜ける笑顔を向けてくるあのラヴィがラチアの不幸を喜ぶような屈折した性格の持ち主だとは到底信じられない。
「あ、いえ。別に緑眼兎にそういった魔法や呪いがかけられているわけではないので、これはただの迷信なんですけど、そういった迷信も市場価格には反映されることが多いんです。転売狙いであの子をお育てになってもほとんど利益にならないというか、買い手がつかないっていうか……本当にすみません」
職員は恐縮しながらそう言ってなぜか謝った。ずいぶんと気弱な性格らしい。
「俺は別にそういうつもりで登記したわけじゃない」
「あぁ、そうでしたか。すみません、転売目的で飼育ブリードされるのかと思いまして、出過ぎたことを言いました」
本来なら事務手続きをするだけの職員なのだからそこまで踏み込んで言及しなくても良いはずなので、おそらく今の忠告は個人的な親切心の発露なのだろう。
「いや、かまわない。……アンタ、いい奴だな」
ラチアに褒められて職員は顔を赤くして照れた。
「いえ、そんなことは……。つまり、あれなんですよね。お客様は小っちゃい子が好きで、小っちゃい子にあーんなことや、こーんなことをして楽しみたいと思ってる特殊な趣味の方なんですよね。えぇ、もちろんわかります。お客様と同じ趣味の方も少なくないですよ。あ、ちなみに私はノーマルですけどね」
照れながらにっこりと微笑む職員にラチアもにっこりと微笑み返しながら底冷えのする声で言った。
「上司を出せ。職員にどういう教育をしているのか小一時間ほど問い詰めたい」
「えぇ!? 私、何か気に障ることでも言いましたでしょうか!?」
顧客の性癖に理解がありすぎる真面目で優しい職員は顔色を蒼白にして慌てふためいた。
入口に戻ったラヴィは目の前の光景が信じられなくて思考が止まった。
広場には、さっきと同じ場所に立っているラチアと、ラチアの前で突っ伏している犀。
そしてラチアを見ながらポカンと口を大きく開けて驚愕している警備兵たちやヤジ馬たちの間の抜けた顔があった。
「何が……おきたの?」
時間が止まったようにみんなが硬直している空間の中、ラチアだけがいつも通りのむっつりとした不機嫌顔で剣を振り、刃に付着した血を飛ばして群衆に背を向けた。
ラチアは体のどこかを痛めたような感じは全然なく、ここを出て行ったのと同じ気楽さでこちらに戻って来る。
ラチアが現場を離れた頃になってようやく周囲から物音が流れ出した。
最初に静寂を破ったのは手を打つ音。
ぱらぱらと、それはまるで降り始めたばかりの雨音に似ていたが、一旦静寂が破られるとその音は加速度的に大きくなり、やがて豪雨のような拍手と歓声になって市場全体を揺らした。
「ほらね、大丈夫だったでしょ?」
怒号にも似た賞賛の嵐に片耳を塞ぎながら、パイラは苦笑いをしている。
「……ボ、ボク、夢でも見てるのかな?」
ラチアの様子が普段とまったく変わらないので、目の前で起きている騒ぎが別世界のことのように思えてしまう。
ラチアが実際に戦っているところは見ていないのでなおさらだ。
「パイラ、いい剣を持っているな。生意気なくらいに」
戻ってきたラチアがパイラに剣を返して、まるで交換するかのようにラヴィを自分の傍に引き寄せた。
「そりゃまぁ、今のあたしは隊長ですからね。支給される剣だって普通の隊員よりワンランク上ですよ」
「じゃぁ隊長さん、後の処理をさっさとやってきたらどうだ。そろそろアイツが目を覚ますぞ」
「……へ? も、もしかして、先輩!?」
「今の俺は一介の靴職人だ、一般人が他人の財産を勝手に殺すわけにいかんだろ。今アイツが動かないでいるのは顎の先を打たれて脳震盪を起こしているからだ。意識が戻ればまた暴れ出すぞ」
「ぎゃー! それを早く言って下さいよぉ! アヘラズ! 早くソイツ拘束してぇー!」
パイラは悲鳴をあげて犀が倒れているところに駆けていった。
「やれやれ、ようやく騒がしいのが離れた」
慌ただしく部下たちに指示を出しているパイラを遠目に眺めながら、ラチアは安堵の溜息をついた。
「ねぇ。ラチアって昔、警備隊にいたの?」
「俺が? まさか」
「ほんと?」
「こんなことで嘘をついてどうする」
ラチアは軽く肩をすくめた。確かに嘘をついているようには見えない。
ラチアがラヴィに嘘をつくときや、イジワルなことを言ったとき、イタズラを仕掛ける前なんかは決まって口の端をニヤリと吊り上げる。
今はその癖が出ていない。
『じゃあ、ラチアって……』
不思議でしょうがなかった。
ラヴィはラチアの名前を知っている。ラチアの普段の生活も知っている。
でも、ラチアの正体が全然分からない。
今回のことでますます分からなくなった。
とても普通の人とは思えない雰囲気を身に纏うラチア。
自身では靴職人だと言い、里の人たちは医者だと認識していて、警備隊隊長のパイラは『先輩』と呼んでいる。
―― Who are you《貴方は誰》?
いまさらそんなふうに訊いても「は? 言ってんだ?」と笑われてしまいそうな気がする。
どう訊けば今の自分の疑問にぴったりくる答えをしてくれるんだろう?
そんなことを考えていたら、ラチアがラヴィの頭にポンと手を置いた。
「それよりラヴィも気をつけろよ。見回り中の警備隊を襲ったらラヴィなんか問答無用で斬り殺されるからな」
「そんな怖いこと言わないでよ。ボクそんなことしないよ」
「……そうだな。オマエじゃしようとしてもできないな」
ラチアは口の端をニヤリと吊り上げてイジワルな笑顔でラヴィの頭をなでた。
奴隷市場での騒動が収まって、ようやく奴隷登記の手続きがされるようになりラヴィとラチアは別々の部屋に通された。
ラヴィが連れて行かれたのは、これから奴隷となるアニオンが集められている部屋だった。
それまでラチアと一緒にいた待合室に比べると、なんだか薄暗くて陰気な感じがする。
部屋の隅には壊れた椅子や折れた木材が無造作に積み上げられていて、石壁には鉄の鎖のついた手錠が取り付けられていて、その物々しさがラヴィを無言で威圧した。
ラヴィは自分一人だけかと思っていたが、先客がいた。
『うわぁ……。キレイなお姉さんだなー……』
殺風景な部屋には不釣り合いなほどゴージャスな女性が粗末なベンチに座っている。
一目で豹タイプのメスだとわかったが、パイラに斬り伏せられたオスの豹タイプとは違い、顔は完全に人間のそれで、しかもキレイだった。
豊かな金髪の上に丸い耳。
長いシッポ。
色濃く長い睫。
すっと通った鼻梁。
切れ長の瞳。
薄衣を纏った体からはしなやかな手足がすらりとのびていて、
胸がボン、腰はキュッ、お尻がパン。
年頃の少年が見たら即座に前屈みになり、年頃の少女が見たら鬱になりそうなくらい見事なプロポーション。
お子ちゃまなラヴィは嫉妬することも、興奮することもなく、ただただ見とれていた。
「……なによアンタ。ジロジロ見て」
部屋に入ってきたウサギタイプの子供が無遠慮に眺めているので、豹のお姉さんは苛ついた顔で睨んできた。
「あ、その……別に……ごめんなさい」
キレイなお姉さんは、なんだかおっかないお姉さんだった。
どうやらさっきの騒ぎの前からこの部屋で待たされていたらしく、かなり機嫌が悪そうなので、ラヴィはお姉さんから少し離れたところにあるベンチに腰を降ろした。
「……」
「……」
特に喋ることがなく、ずっと無言。
ラチアと一緒に月見をしてたときも無言だったけれど気持ちがポカポカしてた。
なのに、この無言はひどく居心地が悪かった。
同じ頃、ラチアは別室で何十枚もの書類にサインをしていた。
ラチアが通されたのは奴隷を所有できるほど金銭的に余裕のある市民を応接することを意識して作られた豪奢な部屋。
部屋の中には大きな大理石の彫像が二体飾られていて、テーブルセットは簡素な作りでありながらもマホガニー材を使用した高級品。
テーブルには東方交易の品だと一目でわかる白磁の花瓶が置かれており、小さな赤い花が挿されてあった。
「どうして役所の手続きってのはこうも面倒なんだろうな」
最後の書類にサインをし終えたラチアはうんざりした様子で羽ペンを置いて肩を揉んだ。
「すみません。すみません。でもこれが決まりですので」
ラチアと向かい合って座っていた登記所の職員がラチアの独り言に対して律儀に答えた。
二十歳前後に見える若年の女性職員はラチアがサインした書類を入念にチェックしながら、一枚一枚を規定の順番に並び替えている。
見るからに要領の悪そうな職員だけれど頑張って仕事をしようとしている意気込みと誠実さは充分に感じられた。
「では、新規奴隷の名は《ラヴィ》。所有者の名は《ラチア・グレゴリー》。スペルはこれで間違いは……。あ、はい。結構です。では以上で書類の手続きは完了です」
「やれやれ、やっと終わりか。じゃ、あとはよろしく」
席を立とうとしたラチアに、職員は遠慮がちに声をかけた。
「あのぅ。よ、余計なお世話と承知で忠告したいのですが……」
「何か?」
仕事の手際は悪かったけれど、頑張って仕事をしようとしている職員のひたむきさに好感を覚えていたラチアは、話に応じて席に座り直した。
「あのアニオン、早く手放したほうがよろしいかと」
「どういう意味だ?」
いぶかしげに片目をすがめると、職員は慌てて手を振った。
「あ、いえ。別に他意があってのことではないんです。ただ――」
「ただ?」
「ウサギタイプのアニオンで瞳の色が緑の個体は『緑眼兎』という特別な呼び名がついているんです」
「緑眼兎?」
「はい。古い言い伝えなんですが『緑眼兎は飼い主の絶望を望み、それを喜ぶ性質を持っている』――と」
「飼い主の絶望を望む? アイツがか?」
ラチアはラヴィの顔を脳裏に思い浮かべた。ふにゃりと気の抜ける笑顔を向けてくるあのラヴィがラチアの不幸を喜ぶような屈折した性格の持ち主だとは到底信じられない。
「あ、いえ。別に緑眼兎にそういった魔法や呪いがかけられているわけではないので、これはただの迷信なんですけど、そういった迷信も市場価格には反映されることが多いんです。転売狙いであの子をお育てになってもほとんど利益にならないというか、買い手がつかないっていうか……本当にすみません」
職員は恐縮しながらそう言ってなぜか謝った。ずいぶんと気弱な性格らしい。
「俺は別にそういうつもりで登記したわけじゃない」
「あぁ、そうでしたか。すみません、転売目的で飼育ブリードされるのかと思いまして、出過ぎたことを言いました」
本来なら事務手続きをするだけの職員なのだからそこまで踏み込んで言及しなくても良いはずなので、おそらく今の忠告は個人的な親切心の発露なのだろう。
「いや、かまわない。……アンタ、いい奴だな」
ラチアに褒められて職員は顔を赤くして照れた。
「いえ、そんなことは……。つまり、あれなんですよね。お客様は小っちゃい子が好きで、小っちゃい子にあーんなことや、こーんなことをして楽しみたいと思ってる特殊な趣味の方なんですよね。えぇ、もちろんわかります。お客様と同じ趣味の方も少なくないですよ。あ、ちなみに私はノーマルですけどね」
照れながらにっこりと微笑む職員にラチアもにっこりと微笑み返しながら底冷えのする声で言った。
「上司を出せ。職員にどういう教育をしているのか小一時間ほど問い詰めたい」
「えぇ!? 私、何か気に障ることでも言いましたでしょうか!?」
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