靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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Who are you?(貴方は誰?) 2

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 ラチアが額に青筋を立てている頃、ラヴィは重苦しい空気の中で肩を縮こまらせていた。

 さして広くもない部屋の中でゴージャスなお姉さんと二人きり。
 それで会話が全く無いのは精神的にかなり堪える。

 やがて牢獄のような檻のドアを横に滑らせて目つきの鋭い人間のメスが入ってきた。

 やや年嵩としかさの人間のメスはカッチリとした衣服で身を固めていて、腰には鞭と鎖付きの手錠、革の首輪を提げている。

「アナタがラチア・グレゴリー様に飼われたラヴィ?」

 怖そうな見た目通り、突き刺さるような冷たい声。

「あ、うん……」

 横柄な態度で見下ろすメスの人間に怯えつつ返事をすると、人間のメスは黙って頷いてから腰に提げていたベルトの束を手に取り、ラヴィの首回りを見ながら小さめのベルトを選んで外した。

「アゴを上げて。そう、じっとしてなさい。いいですね?」

 ラヴィは大人しく言われるままにじっとして首にベルトを巻かれた。
 その様子を見ていた豹のお姉さんが眉を逆立てて抗議する。

「ちょっと! なんでずっと待たされてる私よりそっちが先なの? おかしくない?」

 ギラッ!

 鋭い視線を飛ばした人間は、ゆらりと豹に体を向けて腰に提げた鞭を手にとり、

「お黙り!」

 ピシィィ!

 床石が割れんばかりの勢いで鞭を鳴らした。

「ひっ!?」

 さっきまで傍若無人な態度をだった豹のお姉さんがビクッと体を固まらせて、緊張でシッポの毛を膨らませた。

「……アナタ、どれだけ主人にちやほやされているか知りませんけどね、ここではアナタも奴隷の一人に過ぎないの。そこをちゃんとわきまえなさい。……いいですね?」

 一瞬で格の違いを思い知らされた豹のお姉さんは慌ててコクコクと何度も首を縦に振った。

 すっかり大人しくなった豹の態度に人間は満足して頷き、再びラヴィの側に来て首輪の説明を始めた。

「グレゴリー様の希望で、この首輪は取り外しが可能な状態になってます。ですが、これはアナタ自身の意思で外してはいけません。いいですね?」

「うん」

「『うん』ではありません。返事は『はい』です。いいですね?」

 口調は丁寧なのだけれど、射抜くような冷たい視線が怖い。

「は、はい!」

「ちなみに、奴隷としての教育を受けたことは?」

「教育? ない……よ?」

「……あとで基本的な心構えだけでも教えましょう。言葉遣いも矯正する必要がありそうですね。とりあえずはこれを」

 人間のメスは、ラヴィの首につけた首輪の下に小さな木札をぶら下げた。

「これは、アナタを誰が所有しているかを示すものです。飼い主が不慮の事故に遭って誰の指示も仰げなくなった場合や、アナタが飼い主以外の誰かに乱暴されるようなことがあればこちらに来てその札を示して訴え出なさい。こちらでしかるべき措置をとります。いいですね?」

「はい」

 その後も細々とした決まりを口頭で流れるように説明をして、最後に「いいですね?」と締めくくった。

 決まり事の説明をいかにも業務的にスラスラと早口で話されたので、内容の半分もラヴィの頭の中には入っていなかったけれど怒られるのが嫌で「いいですね?」と確認をされるたびに無条件で頷いていた。

「よろしい、記憶力はいいようですね。では次に呼びに来るまでここで大人しくしていなさい。いいですね?」

 やるべき事をやり終えた人間は豹に鋭い一瞥をくれカツカツと靴音を鳴らして退室した。

「……おー怖っ! あの『いいですねぇーちゃん』。ただ者じゃないね」

 怖い人間が去ってようやく緊張を解いた豹がさっきの職員の口癖『いいですね?』と『姉ちゃん』を繋げたアダ名を即興で作っておどけた苦笑いをした。

 一方、話しかけられたラヴィは豹の軽口には付き合わず自分の首につけられた首輪と木札を物珍しげな顔で眺めている。
 せっかく話しかけたのに無視された形になった豹は忌々しげに舌打ちをした。

 それっきり、また会話のない時間が続いた。

 なんだか嬉しそうに木札を見ているラヴィを横目で見ていた豹は、何かに気付いて意地の悪い笑みを浮かべた。

「ね、アンタ。ここに書かれてる数字が何を意味してるかも知らないんじゃない?」

 離れて座っていた豹がにじりよってきてそんなことを訊いてきた。

「し……知らない、よ? は、初めてだし……」

 ラヴィが少し怯えた顔で答えると、豹はますますイジワルそうな笑みを強めた。

「これはね、値段さ」

「値段?」

「そう、奴隷としてどれだけ価値があるかってことさ。強いオスは戦士として価値があるし、美しいメスは愛の対象として価値がある。飼い主はここにね《この値段なら売ってもいい》って数字を書くんだよ。……私の値段アンタに数えられる? 桁が多くてゴメンナサイだけど」

 言われるまま、ラヴィは豹の首から提げられている木札の数字を数え……息を呑んだ。

「五万……F!?」

 一番美味しいリンゴ何個分だろう? そんな考えが頭によぎったけれど、計算する気にもなれなかった。

 ラヴィの驚き顔に優越感をくすぐられた豹は、鼻高々に高笑いをした。

「そうよぉ。私はね、普通の人間が三年働いてようやく稼げるほどの高値がついてるの。それに比べてアンタって……ぷふっ! ご愁傷様だわね」

 ラヴィは自分の首に提げられている木札を見て、激しく落ち込んだ。

「0。ボク、0Fだ……」

「アンタの価値はね、ゼロ。無価値ってことだよ。そりゃそうよねぇ、まだ小さいから手がケモノの形のままで、ちんちくりんで、何の役にも立ちそうにもないものねぇ。あはははは!」

「ボ、ボク……無価値なの?」
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