靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

文字の大きさ
19 / 38

Who are you?(貴方は誰?) 3

しおりを挟む
 パイラが犀の逃亡未遂事件の処理を一通り終わらせて登記所の待合室でラチアたちが戻ってくるのを待っていると、かっちりとした服に身を固めた職員に連れられて、ラヴィが先に戻ってきた。

「おーい、おチビちゃん。こっちこっちー。ん? どうしたのおチビちゃん。なんだかしょんぼりしてるけど」

 頭の耳をへんにょりと垂らして戻ってきたラヴィの様子が気になってパイラはラヴィに駆け寄った。
 項垂れているラヴィの顔を覗き込むとラヴィはきつく唇を噛んで泣くのを懸命に我慢している。

「え? ちょ、どうしたのさ、おチビちゃん!?」

 パイラに肩を揺らされ、ラヴィは涙声で答えた。

「ボク……無価値なんだって」

「え? なになに、どうしたの? ちょ、泣かないで!」




「へぇ……そんな事言われたんだ」

「うん……」

 緑色の目に涙をいっぱいに溜めて話す言葉が途切れがちになる説明をパイラは辛抱強く最後まで聞いた。
 そして、ようやくこれまでの流れを把握した。

 犀の事があって競りが中断されたせいか奴隷登記をしに来ている利用客は他におらず、待合室にはパイラとラヴィしかいない。
 パイラは待合室の中央に置かれた横長のソファにラヴィと並んで座りずっとラヴィの頭を撫でて慰めている。

「イジワルされたんだねー。でもね、しょうがないよ」

「ボクが無価値だから? いらない子だから?」

 パイラの『しょうがないよ』をそういうふうに受け取ったラヴィの目に新たな涙がブワッと浮かび上がった。

「違う違う! 全然違う! むしろ逆なの! だから泣かないでってば!」

「違う……の?」

 大泣きする寸前でなんとか踏み止まったラヴィが頭を傾けながら訊き返す。

「そのアニオンはね、おチビちゃんが『羨ましかった』の。だからイジワルしたんだよ」

「え……なんで? どうしてボクが羨ましいの?」

「0Fが最高に価値のある数字だからだよ」

「え? だって0だよ? 0Fじゃ一番安い三十Bのリンゴも買えないんだよ?」

 確かに0Fの意味をそのまま受け取ったらそういう解釈になる。
 でも、この場合の0Fは意味合いが全く違っていた。

「おチビちゃん、よぉく考えてみようか。そのアニオンって五万Fだったんだよね?」

「うん」

「ということは、誰かが五万Fを出せば飼い主はその子を売るってことなんだよ」

「うん……すごいよね。そんなにお金出すって人間がいるんだから……ボクなんか……」

「今の話でわかんないかぁ……」

 0Fの意味を既に知っているパイラはどう説明していいのか困って頭を抱えた。
 でも、目の前でしょんぼりしているラヴィがあんまりにも可哀想なので、なんとか自分なりに頭の中の情報を整理してラヴィにもきちんとわかるように話を始めた。

「んと……ね、おチビちゃん。0って数字は、数学で発明された《この世に存在しない数》なんだって知ってた?」

「0は存在しない数字?」

「そ。リンゴを0個販売します、っておかしな話は聞いたことないでしょ? 0ってのは実際には無い数字。実際にない物なんて売れない。0Fだと商売が成立しないんだよ」

「……それが?」

 パイラが何を言おうとしているのかいまいち掴みきれなくてラヴィは首を傾げた。

「つまりね、売り値0Fって表示は《価値がありません》って意味じゃなくて、《取引できません》って意味なんだよ」

「それは、やっぱりボクが無価値だから? リンゴ一個分の価値もないから商売にならない?」

 ようやく悲しみの涙が引っ込んでいたのにまたラヴィの緑眼に涙が浮いた。

「あーもう、違うの! 逆よ逆! 《取引できません》って言い方が悪かったかなぁ……えっとね、0Fってつまり《取引する気はない》《どんなにお金を積まれてもこの子は売らない》って意味なのよ!」

「……ふへ?」

「先輩、ここに来る時も言ってたでしょ? ステージに上げられた他の奴隷たちを見ながら『俺はオマエをあんなふうにはさせない』って」

「……言ってた」

「その言葉の通りなんだよ。先輩はおチビちゃんの売り値を0Fに設定して《売らない》って周りの人にめちゃくちゃストレートな意思表示をしてるの。《お金には変えられないほど大切だ》って宣言してるの。おチビちゃんは先輩にとって、それほどかけがえのない存在なんだよ。最高に可愛がられてるじゃん?」

「じゃ、じゃあ、ボク……無価値じゃないの? でもボク、ラチアの役にたってないよ?」

「役に立つとか立たないとか、そんなの全然関係ないでしょ」

「そう……なのかな?」

 ラヴィは自分のどこの部分でラチアに評価されているのかがわからなくてパイラの言葉をそのまま受け入れる事ができなかった。

 自分に自信がなくてしょんぼりしているラヴィを見かねてパイラはもうひと押しフォローを入れた。

「ね、おチビちゃんは先輩が価値のある人間だから一緒にいたいって思った?」

「え……?」

「おチビちゃんにとって先輩は役に立つ人間だから一緒に暮らそうと思ったの? 先輩がおチビちゃんにとって必要じゃなくなったらおチビちゃんは先輩の家を出て山に帰るの?」

「それは……」

 ラヴィはきゅっと口を閉ざして考えた。

 確かに最初、ラチアの家を頻繁に訪れるようになったのは、胸の痛みをとってもらいたいからだった。
 でも、今はそんな胸の痛みを感じることがなくなっていた。
 ラチアには今でも毎日のように「胸が痛いからナデナデして」と言うけれど……嘘だ。
 ナデナデしてもらうのが気持ち良いから言っているだけで本当はもう全然痛くない。

 じゃぁ、もうラヴィにとってラチアはいらない?
 山に帰って、また一人で暮らす?

「……そんなのヤダ」

 ラヴィは心からそう思った。うまく説明できないけれど、とにかくそんなのはヤダ。

「ボク、ラチアとずっと一緒にいたい。ラチアがボクに何もしてくれなくても一緒にいたいよ。……ボク、ラチアが側にいてくれるだけで、いい」

 パイラはラヴィの無自覚な好意の告白を聞いて思わず顔を赤くした。
 言っている本人に自覚が無い分その告白は純粋で、聞いているパイラのほうが恥ずかしくなってきた。

 ほ、ほらね? 同じ気持ちなんだよ先輩も。どうしてそれがわからないのかな?」

「同じ……気持ち、なの? ラチアも? 本当に?」

「その気持ちを形にしたのがソレなんだよ」

 ラヴィは首からぶら下がっている木札をパイラに指差されて、もう一度木札を見つめた。

「0F……」

「『こいつは俺のだ、誰にもやらない』って意味よ。これ以上どんな証明が欲しいの?」

 さっきまでは嫌でしょうがなかった0Fの木札だけれど、パイラの話を聞いた今ではとても大事で、ほかの物とは比べられないほど価値のある宝物のように思えたきた。

「あ~あ、あたしもそれくらい先輩に想われたいね『パイラ、オマエは誰にも渡さない』って」

 ようやくラヴィが納得してくれたようなのでパイラがほっと肩の力を抜いたら――、

「……ふえっ。ふええぇぇ」

 ラヴィが突然大泣きをし始めた。

「えええええ!? ちょ、なんで泣くの? え!? もしかして嬉しくて感極かんきわまっちゃった? あー……その気持ちはすっごいわかる! わかるよ! わかるんだけど、やめて! ね、こんなとこ先輩に見られたら、あたしが泣かせているみたいじゃな――」

 ガシッ!

 パイラの右肩に大きな手が乗った。

「ひっ!?」

 パイラがその感触にビクッと体を跳ね上がらせて恐る恐る振り向くと……静かに静かに激怒しているラチアの顔がすぐ後ろにあった。

「……パイラ、うちのラヴィに何してくれてんだ?」

「ご、誤解だよぉー!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...