靴職人と王女と野良ウサギ ~ご主人様が絶望しているからボクは最高に幸せだよ~

マルシラガ

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「今回は留守番してろ」
「……え?」

 ラチアが出かける準備をしていたのでラヴィもいそいそと身支度をしていたら急にそんなことを言われた。

 靴の制作は順調に進展し完成に近づいていた。
 残るは靴の上辺を保護する《履き口》と靴底の《ヒール》部分だけ。

 いつもなら材料集めから帰ってきた頃には次の解読メモが届いているのだけれど今回は解読が難航しているらしくて新しい解読メモは届いてなかった。

「最後のメモがまだ届いてない。だから、ずっと後回しにしていた《赤竜の爪》をとりにいく」

 材料のメモにその名前がある以上いつかは採取しくことに確定していたのだけれど、そのいつかが遂にやってきたらしい。

「今回ばかりは俺も無事でいられる自信がない。だからオマエはここで大人しく待ってろ」
「やだよ、ボクも一緒に行くよ! 連れてってよ!」

「戦うことになったら俺は自分の事で手一杯になる。それほど危険な相手なんだぞ赤竜は」
「だからこそ一緒に行きたいんだよ!」
「ダメだ。ついてくるな」

 ラヴィが希望すればいつだって快く聞き入れていたラチアが今回ははっきりと拒絶した。

「やだよ! マスターはボクに命令しないんじゃなかったの? 前にそう言ってたよね!?」

「確かに言った。だが、こうも言ったはずだ《本当に危険な場合はついてくるなと言うぞ》って。今回はその《本当に危険な場合》なんだ」

「う……。うぅ……」

 ラヴィはそい言われても納得出来なくて大きな瞳に涙を浮かべながらラチアを睨んだ。
かく、連れてけ!』と目で訴えかけている。

 ラチアは軽く溜息をつくと膝を曲げてラヴィと同じ視線の高さになるようにしゃがんだ。

「ラヴィ。俺はおまえに何もせずにここで待っていろって言うつもりはないんだ。実はオマエにしてもらいたい事がある。……それでもイヤか?」

「ボクに……してもらいたい事?」
「あぁ、大切な事だ」

 ラチアが奇妙なくらいに優しい顔になっている。

 それがあまりにも不自然で、なんだか言いくるめられてしまいそうな気がしたラヴィは緑色の目を細めて警戒した。

「……何? 大切な事って」

 警戒している様子が丸わかりのジト目でラチアに訊くと、ラチアはズボンのポケットから一通の手紙を取り出してラヴィに持たせた。

「これを預かっていてほしい」
「これは?」

「パイラ宛の手紙だ。七日経っても俺が帰ってこなかったらこの手紙をパイラに届けて欲しい。アイツの住所は封筒の裏に書いてあるが、分からなければ靴屋のオヤジのところに行って尋ねろ。それくらいは出来るな?」

「……うん。あ! じゃなくて、今の『うん』は、それくらいは出来るって事で、お留守番をするって意味じゃないからね!?」

 思わず頷いてしまった自分に気付いてラヴィは慌てて否定した。

「分かってる。でもラヴィ。これは本当に大切な事なんだ。ラヴィにしか頼めないくらいに」
「ボクにしか?」

「そうだ。信頼出来る相手じゃないとこれほど重要な役は頼めない。だから俺はオマエにお願いしたいと思っているんだが……それでもダメか?」
「信頼……だから僕に……?」

「あぁ、他の誰にも頼めない。今回の旅に連れて行ってやってもいいが、そうなるとこの手紙は誰に預ければいい? これは俺が一番信用しているにオマエにしか頼めないことなんだ」
「ボクが……一番……!」

 不機嫌だったラヴィの顔がみるみるゴキゲンなものに変わっていった。

「そ、そういうことならしかたないね! うん、ボク留守番してるよ!」
「そうか、それは有り難い。本当にラヴィは良い子だな」
「まあね!」

「じゃあ俺は出かける準備をする。オマエは絶対にその手紙読むなよ?」
「わかった! ボクいい子だから言う通りにするよ!」

 今回の採取行では武装を変えるらしく、ラチアは母屋を出て作業小屋に隠してある鎧を取りに行った。

「……」

 ラチアの姿が見えなくなった途端、良い子のラヴィはさっそく言いつけと手紙の封を破って渡された手紙を読み始めた。

「ふんふん、ボクにしか出来ないことかぁ……なんだろうなぁ」

 手紙を広げるとそこには意外なほど流麗な筆運びでパイラへの頼み事が書かれてあった。

「なに……これ……?」

 手紙を読んでいたラヴィの目が泳ぐ。あんまりな内容で頭の中がくらくらする。

「これ……もしかして、マスターの遺言?」


 パイラ宛に書かれたその手紙の内容は、ラヴィがこれを届けにきた頃にはもう自分がこの世にいないだろうということと、パイラと出会ってから今までに育んだ思い出話、長年の友誼への謝辞。そして飼い主のいなくなったラヴィの今後の面倒をみてもらいたい。と頼むもので、手紙の最後にラヴィが末永く元気でいることを神に祈る一文が書かれてあった。

「ヤ……ダ……。そんなの、ヤダよ……」

 ラヴィは震える両手で手紙を挟むと家の扉を蹴り開けて作業小屋へと駆け込んだ。

「マスター!」

 イノシシのような突進で作業小屋に転がり込んできたラヴィにビックリしてラチアが振り返ると、ラヴィはポロポロと涙を滴らせてラチアを睨んでいた。

 ラヴィが持っている手紙の封が開いているのを見たラチアは溜息をつきながら項垂れる。

「おまえなぁ……手紙は読むなって言っただろ? 三分もしないうちに言いつけを破るなんて悪い子だ」

「マスターのほうが悪い子だよ! マスター! これ何!?」

 手紙を乱暴にお腹に押しつけられたラチア。
 ラチアはそれを受け取ると丁寧に封筒へと戻してもう一度ラヴィに突きつけた。

「読んだ通りだ。俺が戻らなかったら、オマエはこれを持ってパイラの所に行け」
「イヤだよ!」

 ラヴィは泣きながら怒って目の前に突き出された手紙を叩き落とした。

「オマエ、パイラのこと好きだろ? それともパイラと暮らすのは嫌なのか?」

 やれやれ……とラチアが手紙を拾う。

「そんなこと言ってるんじゃないよ! ボクはマスターが死ぬのがイヤなんだよ!」

「そんなの俺だって嫌に決まってる。死にたくはない」
「じゃあなんでこんなの書くのさ!?」

「死ぬのは嫌だが赤竜との戦いに敗れて殺されることだって有り得る。いや、殺される確率の方が遙かに高い。だから俺が死んだ後のことを考えてオマエがこの先も生活に困らないよう手配をしておくつもりだった。……それの何が気に入らなかったんだ?」

「気に入るはずないよ! マスターが殺されるかもしれないって知っちゃったら、ボク、ボク……っ!」

 ラヴィは言葉をつまらせ、ひっしとラチアの太ももにしがみついた。

「マスター。もう、もう、靴作りなんてやめようよ!」
「やめる?」

「マスター死ぬのは嫌なんだよね? だったらこんな靴なんて作るのやめて赤竜さんのとこに行くのもやめようよ」

「それはできない」
「なんで!?」

「俺は自分が死ぬよりも、何もしないで姫をあのクソ野郎に渡すほうが嫌だ」
「マスター……」

 ラチアの顔には静かな微笑が浮かんでいた。
 死を覚悟した諦観の表情。ラチアの決意が、想いの深さが、仄かに微笑むそのかおに表れている。

『姫様のために死ぬんじゃなく、ボクのために生きて欲しいんだよ!』

 ラヴィが心の中で叫んでいる切実な願いなんてとても訊いてくれそうにない。

 それがとても悲しくて、同時に悔しいとも思った。

「そんなに悲しそうな顔をするなよ、縁起でもない。この手紙はもしものことを考えて書いただけだ。オマエが気に病むことはない」

「ひどいよ、こんなの……。あんまりだよ……」

 小さなラヴィはラチアの足にしがみついた腕にギュッと力を込めておでこをラチアの太ももに押しつけた。
 泣くのを我慢して体を震わせている。それでもラチアの足元にポタポタと涙が落ちた。

 ラチアは無言でラヴィの後頭部を見下ろしてラヴィが泣き止むのを待っていた。
 けれど、一向に泣き止む気配がない。

「……わかった、俺が悪かった。許せ」

 ラチアはラヴィの頭に手を置いて溜息混じりにそう言った。

「靴作り……やめてくれる?」
「それはできない」

「じゃあボクも許さない。マスターが行かないって言うまで、ボク、絶対マスターを許さないから!」

 ラヴィはそう言うと、ぎゅっと口を閉じてラチアを睨んだ。

「必ず生きて帰ってくる。約束する。……な? これで許せ」
「赤竜さんのところに行かないって言ってくれないの?」

「それはダメだって言っているだろう」
「じゃあ、ボクが代わりに行くよ! だからマスターがここに残ってて!」

「オマエが行っても一瞬で殺されるだけだ。子供のケンカとは違うんだぞ」
「じゃあ、ボクが囮になるからその隙に赤竜さんから爪をとってくればいいよ!」

「……オマエを危険な目には遭わせられない。その気持ちだけで充分だ」
「じゃあ、じゃあ……ボク……ボク……」

 どうにかしてラチアを足止めしようと一生懸命に考えているのがありありと見て取れた。

「やれやれ……」

 ラチアは困り果てた。

 この様子だと同行をどんなに強く拒否しても、こっそり背後からずっとついてきそうだ……いや、ラヴィの性格なら必ずついてくる。
 そうなったら俺の行動に注意を向けている分、周囲の警戒がおろそかになって余計に危険な目に遭いそうだ。

 そう思ったラチアは、もう一度溜息を吐いた。

「しょうがない。じゃあ一緒に来い」
「え?」

「これまでオマエと一緒に材料集めの旅をしてきて失敗したことがないからな。俺だけじゃきっと失敗していたようなこともオマエのサポートで成功に結びついたことがある。オマエが一緒にいることで成功する確率が上がるのなら、わざわざその確率を下げることもないだろう」

「ボクも一緒に戦えばいいの?」

「いや、あくまでもサポートだ。木霊と戦ったときのように気がついたことがあったらすぐにアドバイスをしてくれ」
「木霊さんとの戦い……」

 ラヴィは木霊との戦いを記憶の中から引っ張り出してみた。

 あのときアドバイスしたのは、木霊が段差に弱いから段差のあるところを走ろうとアドバイスしたことと、他の木霊たちが追いついてきた音を感知したこと。

 ラヴィ自身はあんなの大したことなんてしていないと思っていたけれど、あのアドバイスはラチアにとってかなり評価が高いアシストだったようだ。

「戦っている最中だと周りが見えなくなることが多い。油断しているわけじゃないぞ、それだけ目の前の戦いに意識が集中させているってことだ。だからオマエは戦いの外にいて戦いの全体を見ながら俺のサポートをしてくれ。それだけでもかなり助かる。……言っている意味、わかるか?」

「……なんとなく」

「別に難しく考える必要はない。気がついたことがあったらそれを俺に教えてくれるだけでいい。強敵と戦うときは一瞬の気の緩みが命取りになる。オマエがその部分をフォローをしてくれるなら俺は余計な事を考えずに目の前の戦いだけに集中することができるんだ」

「つまり、ボクがアドバイスをすればマスターは全力を出せるってこと?」
「そういうことだ」

 まだ猜疑さいぎの目を向けているラヴィにラチアは柔らかく笑ってみせた。

「さっきも言ったが俺だってむざむざ死にたくはない。できるだけ戦わずに済むように赤竜と交渉するつもりだ。しかし交渉に失敗して戦うことになったら……その時はラヴィ、できるだけ俺から離れていろ。それくらいは言うことをきいてくれ。そう約束してくれるなら一緒に連れて行く。これでどうだ?」

 ラヴィはラチアの提案を聞いて暫くの間黙考した。そして――、

「ボク、やっぱりマスターには戦って欲しくないって思ってる」

 ラチアから顔を逸らしながら正直な気持ちを吐露とろした。

「でも、マスターはボクがどう言っても赤竜さんのところに行くんだよね?」
「ああ」

「……わかった。じゃあボク、マスターの手助けをする。マスターが死なないように頑張ってフォローするよ」
「よろしく頼む」

 ようやく納得してくれたようなのでラチアはほっとしながらラヴィの頭を撫でたらラヴィはその手を払って唇を尖らせた。

「ラヴィ?」
「マスターが最初からそう言ってくれれば、ボクだって泣かずに済んだのに……」

 どうやら身も世も無く泣いてしまったのが今更になって恥ずかしくなってきたらしい。

「うん、すまなかった……」

 ラチアは微妙な苦笑いをして、もう一度ラヴィの頭を撫でた。

 今度は手を払われなかった。
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