U C LAでつかまえて

H・カザーン

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メリー・クリスマスを君に 1

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 ウィルシャー・ブルバードに建ってるでっかいビルの側面の壁いっぱいに、今年のクリスマス映画の広告が描かれたのは十一月、そう、サンクスギビング(感謝祭)のずっと前だった。
 月日は流れ、やがてキャンディー・ショップに色とりどりの、まるでガラス細工みたいなスイーツが並ぶ十二月になると、オレの頭ん中にはクリスマスの音楽が常に鳴り響いてる。いやオレだけがお祭り気分なんじゃなくて、みんなそんな感じ。毎年いつもそうなんだ。自分の場合は、子供の頃から教会で聖歌隊と一緒にトランペットを演奏してきたからいっそう盛り上がるんだよね。でもさ、クラシックだけじゃなく、ジャズとかソウルなんかのキャロルも口ずさんでるかな。どの分野にもクリスマス・ミュージックはある。華やかっていうよりむしろ厳かで、それでいて心が暖かくなってくるんだよね、この季節って。


 ミスター・ジングルズからツリーの配達先、ウエスト・ハリウッドまでの道のりは、クリスマスの飾り付けがだんだん増えてきてる。
 ドアベルを鳴らしたら、心地よいチャイムの音楽が遠くで響いた。
「こんにちはー」
 目の前で扉が開けられ、オレは元気よく挨拶する。同時に家の中からは、焦がしバターの香ばしいアロマとともに、懐かしいクリスマス・ソングが流れてきた。
 「ハブ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」は、フランク・シナトラも歌っている有名な曲だけど、今かかってるのは別の人が歌ってるやつだ。
「クリス・ボーティ?」
 オレは玄関のドアを開けてくれた人に、なにげなく歌手の名前を尋ねつつ、ワイヤーで縛ったツリーを傷つけないように運び込む。両端をどこにも当てないよう、もちろん家にもぶつけちゃダメなんで、壁とツリー双方に気をつけて……と。
 くるっと向きを変えたとこでオレとその子の目が合う。
 ――うああ……ぁぁぁ……! き、綺麗な子。
 ドアを支えててくれたのは、見事なハニーブロンドの女の子だった。
 いるんだ、ほんとに。こういう美少女って。
 高校生ぐらい? かな。蜂蜜色に輝く金髪が肩に波打って、背中へと流れてく。コットンセーターは、冬が訪れて色付いた木の葉を思わせる色。うん、十二月初めのこの時期にとてもよく似合ってた。しばらく思考停止しちゃったオレは、ほんの一瞬しかその子の顔が目に入ってない。でもちらっと見ただけでも、飛び抜けて綺麗なのはすぐにわかった。
「詳しいのね」
「え?」
 何が? って表情でほけぇーっとしてたオレに、
「クリス・ボーティ」
 そう言ってサファイアン・ブルーの瞳を輝かせる女の子。
 あっ自分のほうだったっけ、話しかけたのは。そう、この曲を歌ってる人の名前ね。え、当たってた?
 大きな木を抱えてたせいで、ろくに顔も見ないで声をかけてしまったけど、もし見てたら、気軽に話しかけたりなんて多分できなかったかも。
 あのさ、ほんとはさ、歌手の名前なんかじゃなくてもっと他のことが聞きたかったよ。わかるだろ? この女の子の名前。そっちのほうがだんぜん興味ある。でもそんな勇気なんてない。っていうかツリーの配達人が、いきなり「ハーイ、オレ、キャメロン。君は?」とか相手の名前なんか聞いたらおかしいよね、普通。
 あ、届け先に書いてあったのは、どう見ても女性名じゃなかったし。
 ――それにしてもなんて綺麗な……。
 ちょうど今オレが読んでるフランスの小説、コレットの「青い麦」に出てくるヴァンカみたいだ、とオレは思った。ほらあの、年上の女性に夢中だった主人公の少年フィルが、終盤近くまでその魅力に気づかなかった無垢な少女だよ。青い瞳で海を見つめる女の子。
 おっと、そんなこと考えてる場合じゃない。
「まあね」
 いちおうオレもトランペット奏者だからさ。
 クリス・ボーティの曲はすぐわかる。こんな風に彼らしいアレンジの演奏だから、たとえ彼の作曲したオリジナル・ナンバーじゃなくてもわかりやすい。でも今流れてるのはちょっと特別で、トランペット・プレイヤーのクリスが歌っている。それってすごい珍しいことなんだ。
「どこに置こうか?」
 そう、仕事だよ仕事。オレはツリーの配達に来たんだ。そう尋ねたら腕がふわりと揺れ、抱えていた木の先端が小さくスイングした。みずみずしいノルマン・ファーの枝先が室内の空気で温められて、香りが流れ出す。
「こっちにお願い」
 白い大理石のタイルの玄関ホールから十段階段を上がったところに、すげえ天井の高いリビングルームが広がっていた。そこから反対向きに折り返してもう半分階段を上がると、書斎がある。
 つまりさ……オレにはあんまりうまく説明できないけど、入り口は三階で、階段を挟んで片側に三階と四階が、もう片方に三・五階と四・五階があるんだよ。両側にメザニン(中の階)があるみたいな? そのおかげでリビングから、三階にある玄関ホールも四階にある書斎も両方同時に見えるし、ロフトみたいな書斎から屋根が吹き抜けになっているため、天井がこんなに高いんだ。
「わあ……ぉ!」
 オレは思わず驚嘆の声をあげていた。
 上階の大きな窓から、サンセット・プラザに建つホテル・アーガイルの、たたずまいが一望できた。アールデコ調で、塔の上に冠みたいな展望塔が重なっている優雅な建物。現在の正式名はサンセット・タワー・ホテルっていうんだけど、みんな今でもハリウッドの黄金時代におなじみだったアーガイルの名で呼んでいる。ウエスト・ハリウッドにあるこの子の家からは、そんな丘の上のリッチな建物が眺められる仕様になってるわけ。
「ここに置くのは、暖炉の火から近すぎる? あ、もちろん本物の薪なんか燃やさないけど」
 リビングの角を、彼女は指差す。この暖炉は、ほんとに燃やしてもいい設計になってはいた。でも環境に優しいのが奨励されるご時世なんで、今はフェイクなログがけっこうリアルに燃えていた。そうは言っても年に数回ぐらいは、実際に薪を燃やしたいことだってあるけどね、誰にでも。
「う……んっと、法律で定められてるのは少なくとも三フィート(九十二センチ)以上。うん、ここは五フィートあるから大丈夫だよ」
 早速ツリーを大きな鉢に植え付ける。そう注文は、根っこのついたツリーだったから。
 ピピッピピッピピッピピッ!
 オーブンの呼ぶ音が軽快に鳴ったんで、彼女は急いで奥のキッチンへ向かい、焼き菓子? を取り出し始めたみたい。甘い砂糖とバターの香りが、オレのとこまで流れてきた。終わるのを待ってオレは、キッチンから顔をのぞかせた彼女に声をかける。
「一日一回は水をあげてね」
 彼女は水さしに水を汲んできた。水さしっていうか、ウォータリング・カンね。
「とにかく、ツリーが乾かなければ火事にもならないし、また植え直せるから」
 クリスマス後のツリー回収のチラシを渡す。たとえこの家は上階の書斎の外に屋上テラスがあるとはいっても、本来寒い地方にあるべき植物はLAの夏を越せないため、業者の回収、植え直しの値段も込みになっている。
 「ほら」とオレは一本の枝を曲げてみせる。新鮮で、すぐに跳ね返してくる勢いがあった。垂直に立ってるかどうかチェックして、最後にもう一度ツリー全体の枝の形を整える。
 部屋にはクリスマスの歌が流れ、彼女は手作り菓子の準備、そしてオレはツリーをセッティング……。
 クリス・ボーティの素朴に優しく包み込むような歌い方は、まるで疲れた恋人に「もう何も気にやむことはない、これからは僕がついているから、だから僕のそばでしばらくやすらいでいいよ」ってささやいてるみたいだ。ああ、なんて癒されるんだろ。
 だが、まさにその瞬間だった。
 オレの心を切り裂いて、キッチンの右手奥にあるダイニングルームから、雷鳴とともに悪魔が、もとい、スーツに身を包んだ男が出てきたのは。カップを手にコーヒーを飲みながら……。
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