U C LAでつかまえて

H・カザーン

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メリー・クリスマスを君に 2

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 だ、誰だ、こいつ!?
 てっきりオレたちだけかと思い込んでたから、他に誰かいたのに仰天させられた。
 い、一体誰だよこの男は? え? いやいや、も……もしかしたらだけど、父親? って可能性もなきにしもあらずなんだ。
 でも、ちょっと若過ぎるだろ。それになんていうかさ、トラウザースのポケットに手を入れて、壁にもたれる仕草がずいぶん気取ってやがるんだ。普通さ、父親が娘の前でこんな風にかっこつける必要があるんだろうか? だってうちの親父なんか、家の中じゃいつもこれ以上ないくらいリラックスしきってるからね。そりゃ、オレは娘じゃなくて息子だけど。あ、いちおう家にはそれほど不細工でもない姉ちゃんもいるんだが。

 その男はポケットから左手を出し、クッキーをひとかけかじると、満足げににっこりして彼女に手を軽く上げた。あれは、おそらくこの子が今焼いたばかりのクッキーに違いない。そいつはこっちを見て、クリスマス・ツリーを離れたところからチェックなんかしてるけど、オレのことは無視っていうか、まるで目に入ってない感じ。
 しかも、しかもだ。運の悪いことに、この時のオレはあたふたしてたせいで、足が何かに躓いてしまった。うげっ。
 小さなドライバーが一本、転がっていった。オレはあわてて拾い上げる。床に傷はつけてない。
 やっちゃった感で、その場の空気がもうパリッパリッに凍りついた。
 悲惨だ。なんでかわかんないけど、みじめ。
 気まずい雰囲気がますます深まりかけたところで、ふいに外の夕闇が夜に変わった。
 窓から見えるホテル・アーガイルにライトが灯されたんだ。緑がかったグレイのタワービルの明かりは、宝石をちりばめたようにきらめいていた。
 それからコーヒーを飲み終えた悪魔、じゃなくてその男は、女の子の肩に……、
 肩に手を置いて……、ぇええ!! ……彼女の髪をひと筋すくった。
 う……あ……ぁああ!
 だってそりゃあ小学生の女の子かなんかになら、自然な行為だよ。でもさ、この子はさぁ、どうみたって十七、八だろう? ありえねえよ、たとえ父親でもそんなこと! ……も、もしかしたら偶然に指がからまったのかもしれない、ってこともあるけど。いや、今のはわざとだ。ぜぇったいわざとだろ。
 うわあぁぁぁあ!!
 ああもう何ていうか……、オレの頭ん中で警鐘がガンガン鳴り響く。
 そりゃあわかんなくもないよ、少しウェーブのかかったなめらかな金髪に触ってみたいってのは。痛いほどわかる。けどさ、どう見たって、オレを意識して故意にやってるじゃん! 絶対意図的だ。ああもう、母親はどこなんだよぉ、母親は!?
「じゃ」
 男はコートとアタッシュケースを手に取り、オレが工具やなんかを片付け始めるところまで見届けて、玄関へ降りていった。
 そうだよ、オレも帰るよ! もう終わったからな。帰るしかねぇだろ!
 それにしてもこの人、こんな夕方から――仕事?――だよね? に出かけるなんて、「じゃ」って、一体こいつは何者なんだ!? オデットを白鳥に変えて捕らえてるロットバルト? それともまさか、この家をこの子に与えて、本宅は別にあるとか……? なにぃ、そんなの許されると思ってんのか、てめえぇ!?
 いや……っていうか、彼女の立場から見たらそんなこと余計なお世話だろうけど。部外者はもちろんオレのほうだし。そーだよ、オレには関係ないことなんだ……。だって他人だから。
 女の子は男を見送ると、またリビングへの階段を上がってきた。
「あ、これで終わりかな。土が乾いてないかどうか毎日チェックしてやって」
 その刹那だよ、オレの腹の虫が、すさまじい音を立てて鳴りやがったのは。
 ぎゅるるるぅぅうっ……て。
 なんでだよぉ!? き、聞こえなかったよね、この子に? 神さまお願い、聞こえなかったことにして! 
 オレは、急いでツールボックスをひっつかむ。
「じゃあね。また来年もミスター・ジングルズをよろしくお願いします」
 階段をいっきに駆け降りる。一方の彼女はというと……、一瞬キッチンへ消えた、と思ったら、なぜか慌てて玄関までオレを追いかけてきた。
「あ、あのね、クッキー好き?」
 オレの目の前に差し出されたレース模様入りの白い紙袋はまだあたたかくて、それは中身が焼きたてだからってだけじゃなく、彼女の温かい心でもある――とオレには感じられた。
「え、ほんとに……いいの?」
 恐る恐る手を伸ばす。
「うん、よかったら」
「あ、ありがとう」
 とても……とても嬉しい。
 ドアを閉じる前に彼女は大きな瞳をキラキラさせて、微笑みながら手を振ってくれた。幸せそうな、でも決して押しつけがましくない笑顔で。
 ああ……!
 感動で、オレ言葉が出ない。
 包みを宝物のように抱えて、エレベーターホールに向かった。
 十枚くらい? も入ってる。こんなにたくさん。ああ、素直に喜べたらいいのに……。あんな素敵な女の子に手作りクッキーもらって、嬉しくないわけがない。でも、でもさ……ああもう、あの男さえ見なかったら、この上なく幸せな、天にも昇る気分だったんだよ! すべてが最高だったのに!
 ちょっぴり複雑な気持ちを、オレは認めないわけにはいかなかった。

 道に止めたピックアップ・トラックを発進させる頃には、さっきの男は姿を消してて、もう会うことはなかった。父親じゃなかったら犯罪者だよね……マジで。
 オレはクッキーを一枚そうっと取り出し、端っこのほうをひとかけだけ口にする。その瞬間、口の中に喜びが広がっていった。それはもう、嫌なことをすべて忘れてしまうくらいの。
 シナモンがアクセント程度に少しだけ入っていて、アーモンドやレーズンの香りとバターの芳醇な味わいが、じわあっとしみてきた。砕いたバタースカッチ・キャンディーもはいってるかな。ナッツいっぱいの、ほんとクリスマスにふさわしいゴージャスなクッキーだ。これって普通のオートミール・クッキーとは違う。なんかすっごい特別なレシピだよね。
「高校生かな?」
 蜂蜜色のブロンドヘアが印象的だった。幼い顔立ちの割には、着ているセーターから見える首すじがとても大人っぽいんだけど……。もうさ、学校中で最も魅力的な少女だとは思う。いや、どこの学校行ってるのか知らないけどさ。

「あ、これってつまり……そゆこと?」
 誰かを一目で気に入っちゃうて、こういうこと……なんだよね?
 ピックアップ・トラックをサンセット・ブルバードに左折させながら、自分しかいないのに、オレは思わず声に出していた。
「おい待て、落ち着けキャメロン。彼女のこと、まだよく知らないんだぜ」
 だって名前も連絡先も教えてもらってないのに、どうやってコンタクトをとりゃあいいんだよ。つか、家だけは知ってるけど。だけどあの子ん家(ち)の近所をうろつくなんてことしたら……、そんなことしたらストーカーじゃねえかよ、オレ。そんなに心が病んでないし、暇じゃねーし。授業もサボったことない真面目な学生なんだからね、これでも。
 サンセット通りは賑わっていた。
 平日なのに、あいかわらずめかし込んだ人たちでいっぱいのサンセット・ストリップに、寮のルームメイトが貸してくれたシボレーのピックアップ・トラックは全然お似合いじゃない。そういうのはひしひしと身にしみてくる、誰かに言われるまでもなく。
 なんてったらいいか、ここウエスト・ハリウッドあたりの最も華やかなサンセット・ブルバードが、不思議に物悲しく見えるんだ。ウイスキー・ア・ゴー・ゴーも、シャトー・マーモント・ホテルも、ザ・ラフ・ファクトリーなんかのコメディクラブも……。有名な建物が虚ろに流れていくのが、クッキーの暖かさと対照的で……。ランボルギーニやフェラーリとかの超高級スポーツカーが、やたらとエンジンをふかしながら通りを走り抜けていく週末の夜じゃなくてまだよかったと思う。別に渋滞もしてなくて、寮まで十五分ぐらいで着けるからよかったってわけじゃないよ。なんかそういう派手な車がおしゃれな街並みを走ってるのを今見たら、よけい寂しくなっちゃうだろ。
 ああもう、素直にクッキーもらったの喜べ、オレ!
 男らしくねーぞ、キャメロン!
 おっとっと、寮に帰る前に、ガソリンスタンドに寄らなきゃ。
 ルームメイトにトラックを借りたお礼は、いつもガソリンをフルタンクにして返すってことに決めてあるんだ。危うく忘れるとこだったぜ……って、あ、見つけた。
 オレは右折するために、ウィンカーを点滅させた。
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