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おまけのお話

チチェの恋 下

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「ルル」

 涼やかな、辺りを祓う声がした。

 ひめのちいさなかんばせが、ぱあっと輝いて、それだけでもう、俺には欠片も
望みがないんだなって、解る。

 そのたび、しょんぼり、肩が落ちる。


 いや、ひめと、えっちなことができるとか、そんな不遜なこと思ってない
けど!!

 もしかしてもしかしたら、両想いになれちゃったりして! みたいな、わくわくと、望み全く皆無なしょんぼりと、違うだろ?


 ひめが俺にくれるのは、いつも、しょんぼりだ。

 でもそれ以上のよろこびを、ひめは俺に与えてくれる。



 ひめが、たすけてくれなかったら。

 俺は、死んでる。

 弟のエォナは、歪んだ闇に墜ちてた。



 村の皆は、それを噛み締めて、生きてる。

 ひめが背負ってくれた命を、ぜんぶ肩代わりしたくてたまらない気持ちで。
 ひめになら、命をぜんぶ捧げる気持ちで。
 ひめにもらった命を、生きてる。



 ちょっと涙目でひめを見つめてしまった俺に、レトゥリアーレは静かに
微笑んだ。

「いつも美味しい野菜を、ありがとう」

 やわらかな笑みには、『ひめは私のものなんだぞ、ひひひひひ』みたいな優越も傲慢も、何もなくて。

 ただ、ひめを愛する者同士の、やわらかな理解と、あきらめが滲む。


『ルルを愛さないなんて、できないから。
 ほんとは愛して欲しくないけど、我慢する』

 透きとおる蒼の瞳で告げてくれるレトゥリアーレは、やさしいと思う。


 ほんとうは、ひめを囲い込みたいだろうに。
 閉じ込めて、ひとりだけのひめになって欲しいだろうに。

 俺やエォナ、キュトや、ひめを愛する皆が、ひめに逢うことをゆるしてくれる。



 だから、あきらめられるのかなあ。

 いや、ほんとは全然、あきらめられないけど!


 できるのは、あきらめた振りだけ。


 だって、自分を生かしてくれた、村の皆を、弟を救ってくれた、憧れのひめを、
すきにならないなんて、できる?


 でもひめは、レトゥリアーレの隣で、とてもしあわせそうだから。

 俺は、そのさいわいが、ずっと、ずっと、ひめが儚くなる時まで続くことを
祈る。


 たぶん、ひめは生まれ変わっても、レトゥリアーレがすきで。
 俺の入る余地は、過去にも、来世にも、どこにもない。

 噛み締めるたび、しょんぼりするけど。

 ひめが、レトゥリアーレの腕のなかで、これ以上なく、しあわせそうに
笑ってくれるから。



 …………俺の心は、潰れても、いいと思う。





「にいちゃ」

 エォナが、手を握ってくれる。

 栗色の瞳には、俺と同じ想いと、俺と同じ涙が滲んでいて。
 おそろいの弟を、抱きしめる。


「……エォナと闘うよりは、ずっといい」

 ささやいたら、ちいさなエォナの手が、俺の背を抱きしめてくれる。


「にいちゃは、世界一、しあわせになるんだよ。
 僕が、ぜったい、しあわせにするから!」

 ちいさな胸を叩いてくれるエォナに、とろけて笑う。


「エォナがしあわせになってくれたら。
 俺は世界一、しあわせだよ」

 最愛の弟を、抱きしめる。


 真っ赤になったエォナは、ぎゅうぎゅう、俺の手を握る。


「僕が、にいちゃを、しあわせにするから。
 僕、いそいで、おっきくなるから。
 もうちょっとだけ、待っててね」

 真摯な栗色の瞳に金の光が走る。
 さらさらのエォナの髪を撫でた俺は、ふわふわ笑う。


「エォナがちっちゃくても、エォナがしあわせなら。
 俺はいつだって、世界一、しあわせだよ」

「ちょっと違う!」

 ふくれるエォナは、とびきり可愛い。
 兄の欲目を抜いても、食べちゃいたいくらい、可愛い。


 によによしてたら、ひめが笑う。


「エォナ、がんばれ」

 ふくれたエォナは、ちょっと涙目で、ちいさな拳を握った。


「僕の恋路がいつも厳し過ぎる件について!」

「めええ」

『がんばれ』

 魔山羊の皆に励まされたエォナが、涙を拭って笑う。


「がんばる!
 世界一かっこよくなってやるんだから!
 見てろよ、にいちゃ!」


 胸を張るエォナは、目のなかに常に入れたいくらい可愛い。


 ふわふわの栗色の髪をなでなでして、ちいさなエォナを抱きしめて、思う。




 俺の初恋は、実らないけど。


 ずっと、ずっと、ひめを、大すきだけど。


 俺だけの誰かは、きっと、どこかにいるのかもしれない。



 俺だけの誰かに、巡り逢えなかったとしても。

 エォナがしあわせになってくれたら。

 俺は、世界一、しあわせだ。




 胸を張って言える家族がいて。

 エォナが、いてくれて。

 真っ暗な絶望にエォナが落ちなくて。

 ほんとうに、よかった。





「俺、エォナがいたら、いつだってしあわせかも」

 ふわふわの髪に顔をうずめて、笑う。

 ちいさなエォナが真っ赤になって、ちいさな両手で抱きしめてくれる。



「ぼ、僕も、にいちゃがいたら、し、しあわせだよ……!」


 きらきら金の光を振り撒くエォナは、眩しい。




 エォナはきっと、選ばれし勇者で。
 俺はその、おまけの兄だ。

 げーむとかいうのでは、弟を庇って死んだ、とか、8文字で終わらせられる、
もぶとかいうのにさえなれない存在なんだと思う。



 でも、ひめは、そんな俺をたすけてくれて。

 ひめが、俺に笑ってくれる。



 エォナが、歪んだ闇に落ちなくて。

 俺と手を繋いで、笑ってくれる。



 俺は、死なずに、この世界に生きていて。

 繋がった命を。

 皆で、笑えることを。

 エォナと、手を繋げることを。



 たまらなく、しあわせだと思うんだ。











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