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イケメン村……?
しおりを挟む疲れてたんだと思う。
『イケメン村で癒しの時間!
さあ貴女も、うつくしい男たちに、かしずかれてみませんか?
極上の癒しへ、貴女をいざないます』
あやしさ満開の煽り文句が、ちいさなスマホの画面で踊っている。
ひとり暮らしの部屋の、ひとりきりのベッドを、液晶画面から零れる光だけがぼんやり照らした。
時計は午前2時を回った頃だ。
眠れなかった。
いつものことだ。
12月の真夜中の冷気が頬を撫でる。
身体は疲れ果てているのに、頭だけが冴えて眠れない。
仕方なくスマホを開いたら飛び込んできたのが『イケメン村で癒しの時間』
あやしい。
めちゃくちゃ、あやしい。
口コミの評価は、オール☆5だった。
たまらなく、あやしい。
旅館と温泉の評価は☆3.2なのに、顔面の評価が☆5なのだ。
――顔面の評価って何?
突っ込む気持ちとは裏腹に、目は食い入るようにレビューを見つめる。
『すごい』
『一生に一度は拝むべき』
『だまされたと思って行ってみて! 楽園だから!』
最っ高にあやしい!!
なのに
『おひとり様、大歓迎!』
これでもかと大きく書かれた言葉に背を押されたように、ふらふら旅館の予約ボタンをタップしてしまった。
…………何をしてるんだろう。
私はしょんぼり、肩を落とす。
結芽という名をもらったのに、私の人生は夢から程遠かった。
小学校の時は、自分は頭がいいと思っていた。
ちょっとできる女だと自負していた。
それを鼻にかけたからか、煙たがられ、いじめられた。
素敵な幼少期の記憶は、思い出せない。
子どもの頃はよかった、なんて言う人が羨ましいくらい、私の子どもの頃の記憶はさみしい。
唯一の輝きは、ライトノベルに出逢ったことだ。
当時はまだオンライン小説がそこまで興隆していなくて、スマホもなくお金もなかったから、図書館で甘い恋愛小説を読んでは、とろけるようなしあわせに浸った。
酷いことを言われても、無視されても、小説のなかでは私は主人公と一緒にとびきりのイケメンに癒してもらえた。
最高だった。
今の私の恋愛小説大すきは、このころにつくられたように思う。
2次元に浸りきるだけじゃなくて、いちおうリアルの世界も充実させようと、頑張ってはみたのだ。
いじめられる世界を変えたくて、中学受験をさせてもらったのに、志望中学に入れないどころか、すべり止めにさえ落ちた。
高校受験も志望校には入れず、すべり止めにさえ落ち、何とか拾ってくれた高校に入学した。
大学受験も志望校には入れず、すべり止めにさえ落ち、何とか拾ってくれた大学に入学した。
就職も志望した会社には入れず、すべり止めにさえ落ち、何とか拾ってくれた会社に入社した。
希望が高すぎるのかな、といつも思う。
期待が高すぎるから、目の前のことに満足できなくて、擦り切れてしまうのかな。
ぼんやりしていたら、あっという間にアラサーになった。
アラサーになったと思ったら、アラフォーが音をたてて忍び寄る。
小学生の頃は、もうちょっと時の流れがゆっくりだったと思うのに、社会人になったら爆速で時が過ぎる。
お正月が来た、と思ったら、あっという間に夏が来て、夏が来たと思ったら、あっという間にお正月が来る。
「え、もう1年経ったの!?」
を繰り返していたらアラサー、もうすぐアラフォー!
仕事は充実しているかと言えば、そうでもなかった。
自分が会社や社会の役に立っているかと聞かれると、首を傾げてしまう。
私のしている仕事は、誰にでもできる仕事だけれど、誰かがしてくれないと困る仕事だった。
つまり、私でなくてもいい。
なら私生活は充実しているかと言えば、乙女ゲームやオンライン小説では大変充実しているが、リアルな私生活はおひとり様を謳歌する羽目になった。
恋愛も、あんまりしたことない。
かっこいいな、素敵だな、と思う人には、いつも相応しい人が他にいて、私は見ているだけだった。
ぼーっと見ていたら、周りは子どもを産んだりしていて、ほんとうにびっくりだ。
何のご縁もないまま生きて、何のご縁もないまま死ぬんだろうと思ってた。
まあそれでも、オンライン小説がある。
日々更新され、日々投稿される、夢のように甘いお話を読むのが、私の最高の喜びだった。
いつもなら2次元で満足しているのに、イケメン村の旅館の予約ボタンをぽちっとしてしまったのは、疲れてたんだと思う。
年末で人がごった返す駅に、ちょっと大きめの鞄を持った私がいるなんて、びっくりだ。
茫然とする私のなかで、欲望が叫ぶ。
だって、アラサーなんだよ。
もうすぐアラフォーだよ。
きっとすぐアラフィフだよ。
『おひとり様歓迎のイケメン村で、癒されたいよ――――――!!!』
………………こうして皆、詐欺に引っ掛かるのかな。
寒い気持ちになりながら、財布を握り締める。
老後の貯蓄が必要なのだ、無駄遣いはできない。
お金を求められたら『ありません!』で切り抜けるしかない。
『宿代と食事代以外は払わないぞ!!』
拳を握り締めながら、ダウンコートを着込んだ私は満員の新幹線に乗り込んだ。
応援ありがとうございます!
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