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第3話 崩れゆく計画 Side:ディアベル
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「ディアベル様、大変だわ! 聞いてちょうだい!」
朝の静寂を引き裂くように、恋人であるセリエが私室の扉を叩き破る勢いで飛び込んできた。
紫の髪が乱れ、胸元を押さえながら息を切らしている。普段ならその姿も愉悦の対象だが、今はそれどころではなさそうだ。
「おい、セリエ……何をそんなに騒いで――」
「ルインのヤツ、あの帝国自由騎士……ジョイア・バルバロッサに匿われているかもしれないわ!」
「……は?」
その名を聞いた瞬間、背中に嫌な汗が伝った。
「どういうことだ。ルインは……死んだはずだろう」
「本当に死んだの? あなた、落としただけじゃないの?」
「落としただけって……間違いなく死んだ!」
思わず声を荒げる。
あの夜、確かにあの女はバルコニーから落ちた。
あの高さなら助かるはずがない。
……助かるはずがないのに。
セリエは苛立ったようにハイヒールを鳴らす。
「その目で死体は確認したの? ディアベル様」
「……そ、それは」
確認するまでもないと思っていたから目視はしていない。
あのバルコニーはかなりの高所だぞ。
ただの骨折や軽傷で済む高さではない。
なのに、地面には血の跡も、遺体の痕跡もなかった。
確かに、後日あの女の死体が見つからないことは気になっていた。騎士団がとっくに回収したのかと思っていたが――そうではなかったのか。
「使者から連絡が入ったのよ。念のためでルインの死体を探しに、オルテンシア邸へ調査へ向かわせたのだけど確認できずですって」
「くそっ……! 生きている……可能性があるというわけか」
「ええ。あの晩に警備にあたっていた帝国自由騎士ジョイアが疑わしかったから……バルバロッサ邸へ使者を向かわせたわ。けれど、ジョイアが言葉を濁したって。あの騎士、怪しいわ!」
「よりによってあの自由奔放のジョイア……!」
「もし生きているなら……あなた、あの子に何をしたかバレるわよ?」
「分かっている!」
感情が暴れ、机を拳で殴りつけた。
コルサ家の威信を守るためにも、あの女には消えてもらう必要があった。
政敵を黙らせ、元老院での発言力を強めるためにも……余計な汚点は許されなかった。
しかし、ルインが生きているとなれば話は別だ。
意識が戻れば……いや、既に無傷で動き回っているのなら必ず余計なことを喋る。
「このままではマズい……私の計画がすべて水の泡じゃないか……!」
焦燥が胸を刺す。
ならば、先に動くしかない。
「セリエ。私は今から元老院に“失踪届”を提出する」
「失踪……届? どういうこと?」
「なぁに、元老院議員の権限さ。生きている可能性があるのなら“婚約破棄後、姿をくらました侯爵令嬢”として処理する。帝国中に噂が広まれば、ルインはますます表に出づらくなるだろう」
セリエの紫の瞳が大きく開く。
「まあ……さすがディアベル様ね。頭が回るわ」
「当然だ。あの女に出し抜かれるわけにはいかない」
こうして、形式だけ整えればいい。
後は追っ手を放ち、ジョイアから奪い返すだけだ。いや、ルインそのものを暗殺してもいい。
――翌日、元老院に失踪届を提出すると、噂は瞬く間に帝国全土に広がった。
『オルテンシア侯爵家の娘、失踪』
『元婚約者が行方知らずに』
『精神的に不安定だったとの話も』
どれも私が流した情報がもとだ。
だが、世論とは恐ろしいもので、火をつければ勝手に広がる。
そんな中――怒声と共に、ひとりの男が私の執務室へ乱入してきた。
「ディアベル・コルサッ!!」
白髪で片目を覆った眼帯、鋭い緑の瞳。
トトカルチョ侯爵――ドルチェ・オルテンシア。やはり、我が家に突撃してきたか。ルインの父君。
「……これはこれは、トトカルチョ侯爵。驚かせないでいただきたい」
「貴様、ルインに何をした!!」
鼓膜が振動するほどの怒鳴り声。
さすが代々侯爵家にして錬金術師の家系、威圧感が桁違いだ。
「彼女は婚約破棄の翌日から失踪している。こちらも心を痛めているのですぞ」
「嘘をつけ!! 娘はそんな無謀をする子ではない!」
「信じる信じないは、あなたの自由だ。だが……ひとつ心当たりがある」
「何だと?」
私はわざとらしく渋い顔をした。
「“ディーヴァ辺境伯ジョイア・バルバロッサ”が、何やら怪しい動きをしているようだ」
「ジョイア……? あの自由騎士が……?」
トトカルチョ侯爵の眉がひくついた。
「ええ。騎士団の報告によれば、最近は自由行動が多いとか。娘御を保護している可能性もありますな」
(これでいい……これでルインを炙り出せる)
心の中でほくそ笑む。
トトカルチョ侯爵ほどの男が動けば、隠れているルインもジョイアも必ず反応する。
セリエも横でニヤリと笑った。
「ディアベル様、これであの子の居場所も――」
その瞬間。
執務室の扉が、静かに開いた。
まるで、この場の空気を一瞬で凍らせるような威圧感が流れ込んでくる。
「――貴殿が、ディアベル・コルサか」
低く重たい声。
立っていたのは“エレジア帝国将軍”オルディネ・バルバロッサだった。な、なぜ!
赤髪の――ジョイアによく似た容姿だ。しかしその存在感は、息を呑むほど圧倒的だった。
「しょ、将軍閣下……!?」
思わず声が裏返る。
オルディネ将軍はゆっくりと近づき、机に影を落とした。
「議員。お前の周囲で……若い女性が次々と“失踪”しているという報告があってな」
「な……!」
心臓が掴まれたように跳ねる。
「少々、話を聞かせてもらおう。“ルイン・オルテンシア嬢の件”も含めてだ」
額から冷たい汗が一筋落ちた。
(な、何故ここに将軍まで……!? おかしい……そんなハズがない……! 将軍は遠征でしばらく凱旋はないと耳にしたぞ……!)
セリエも真っ青になっていた。
オルディネ将軍の深紅の瞳が、逃げ場を塞ぐように私を見つめた。
「……さて、議員。詳しく聞こうか」
喉がひゅっと鳴り、声にならない叫びが漏れた。
ジョイア……ヤツの仕業か!?
いつの間にこのような手回しを……!
朝の静寂を引き裂くように、恋人であるセリエが私室の扉を叩き破る勢いで飛び込んできた。
紫の髪が乱れ、胸元を押さえながら息を切らしている。普段ならその姿も愉悦の対象だが、今はそれどころではなさそうだ。
「おい、セリエ……何をそんなに騒いで――」
「ルインのヤツ、あの帝国自由騎士……ジョイア・バルバロッサに匿われているかもしれないわ!」
「……は?」
その名を聞いた瞬間、背中に嫌な汗が伝った。
「どういうことだ。ルインは……死んだはずだろう」
「本当に死んだの? あなた、落としただけじゃないの?」
「落としただけって……間違いなく死んだ!」
思わず声を荒げる。
あの夜、確かにあの女はバルコニーから落ちた。
あの高さなら助かるはずがない。
……助かるはずがないのに。
セリエは苛立ったようにハイヒールを鳴らす。
「その目で死体は確認したの? ディアベル様」
「……そ、それは」
確認するまでもないと思っていたから目視はしていない。
あのバルコニーはかなりの高所だぞ。
ただの骨折や軽傷で済む高さではない。
なのに、地面には血の跡も、遺体の痕跡もなかった。
確かに、後日あの女の死体が見つからないことは気になっていた。騎士団がとっくに回収したのかと思っていたが――そうではなかったのか。
「使者から連絡が入ったのよ。念のためでルインの死体を探しに、オルテンシア邸へ調査へ向かわせたのだけど確認できずですって」
「くそっ……! 生きている……可能性があるというわけか」
「ええ。あの晩に警備にあたっていた帝国自由騎士ジョイアが疑わしかったから……バルバロッサ邸へ使者を向かわせたわ。けれど、ジョイアが言葉を濁したって。あの騎士、怪しいわ!」
「よりによってあの自由奔放のジョイア……!」
「もし生きているなら……あなた、あの子に何をしたかバレるわよ?」
「分かっている!」
感情が暴れ、机を拳で殴りつけた。
コルサ家の威信を守るためにも、あの女には消えてもらう必要があった。
政敵を黙らせ、元老院での発言力を強めるためにも……余計な汚点は許されなかった。
しかし、ルインが生きているとなれば話は別だ。
意識が戻れば……いや、既に無傷で動き回っているのなら必ず余計なことを喋る。
「このままではマズい……私の計画がすべて水の泡じゃないか……!」
焦燥が胸を刺す。
ならば、先に動くしかない。
「セリエ。私は今から元老院に“失踪届”を提出する」
「失踪……届? どういうこと?」
「なぁに、元老院議員の権限さ。生きている可能性があるのなら“婚約破棄後、姿をくらました侯爵令嬢”として処理する。帝国中に噂が広まれば、ルインはますます表に出づらくなるだろう」
セリエの紫の瞳が大きく開く。
「まあ……さすがディアベル様ね。頭が回るわ」
「当然だ。あの女に出し抜かれるわけにはいかない」
こうして、形式だけ整えればいい。
後は追っ手を放ち、ジョイアから奪い返すだけだ。いや、ルインそのものを暗殺してもいい。
――翌日、元老院に失踪届を提出すると、噂は瞬く間に帝国全土に広がった。
『オルテンシア侯爵家の娘、失踪』
『元婚約者が行方知らずに』
『精神的に不安定だったとの話も』
どれも私が流した情報がもとだ。
だが、世論とは恐ろしいもので、火をつければ勝手に広がる。
そんな中――怒声と共に、ひとりの男が私の執務室へ乱入してきた。
「ディアベル・コルサッ!!」
白髪で片目を覆った眼帯、鋭い緑の瞳。
トトカルチョ侯爵――ドルチェ・オルテンシア。やはり、我が家に突撃してきたか。ルインの父君。
「……これはこれは、トトカルチョ侯爵。驚かせないでいただきたい」
「貴様、ルインに何をした!!」
鼓膜が振動するほどの怒鳴り声。
さすが代々侯爵家にして錬金術師の家系、威圧感が桁違いだ。
「彼女は婚約破棄の翌日から失踪している。こちらも心を痛めているのですぞ」
「嘘をつけ!! 娘はそんな無謀をする子ではない!」
「信じる信じないは、あなたの自由だ。だが……ひとつ心当たりがある」
「何だと?」
私はわざとらしく渋い顔をした。
「“ディーヴァ辺境伯ジョイア・バルバロッサ”が、何やら怪しい動きをしているようだ」
「ジョイア……? あの自由騎士が……?」
トトカルチョ侯爵の眉がひくついた。
「ええ。騎士団の報告によれば、最近は自由行動が多いとか。娘御を保護している可能性もありますな」
(これでいい……これでルインを炙り出せる)
心の中でほくそ笑む。
トトカルチョ侯爵ほどの男が動けば、隠れているルインもジョイアも必ず反応する。
セリエも横でニヤリと笑った。
「ディアベル様、これであの子の居場所も――」
その瞬間。
執務室の扉が、静かに開いた。
まるで、この場の空気を一瞬で凍らせるような威圧感が流れ込んでくる。
「――貴殿が、ディアベル・コルサか」
低く重たい声。
立っていたのは“エレジア帝国将軍”オルディネ・バルバロッサだった。な、なぜ!
赤髪の――ジョイアによく似た容姿だ。しかしその存在感は、息を呑むほど圧倒的だった。
「しょ、将軍閣下……!?」
思わず声が裏返る。
オルディネ将軍はゆっくりと近づき、机に影を落とした。
「議員。お前の周囲で……若い女性が次々と“失踪”しているという報告があってな」
「な……!」
心臓が掴まれたように跳ねる。
「少々、話を聞かせてもらおう。“ルイン・オルテンシア嬢の件”も含めてだ」
額から冷たい汗が一筋落ちた。
(な、何故ここに将軍まで……!? おかしい……そんなハズがない……! 将軍は遠征でしばらく凱旋はないと耳にしたぞ……!)
セリエも真っ青になっていた。
オルディネ将軍の深紅の瞳が、逃げ場を塞ぐように私を見つめた。
「……さて、議員。詳しく聞こうか」
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