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第19章 それでも俺は挑戦する

第148話 思わぬ来襲

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 風呂場、半露天のベンチ近くの空間がゆらりと歪んだ。
 移動魔法で移動可能な人間はごく限られる。しかもそのほとんどは魔法を使わなくてもここまで来ることが可能だ。
 つまりこれはやっぱり…… 陛下だった。

「やあ、しばらくだね」

 おいおい、今はここは敵地だろう。そう思うが元々陛下はこういう人物だ。少なくとも俺の前では。
 しかし来たからにはやはり聞いておこう。

「ロッサーナ殿下達はどうしたんですか?」

「安全な場所にいるよ。ただちょっと遠いかな。あの3人の魔法をもってしても戻ってくるのは不可能だと思うよ」

 やはり陛下の仕業だった訳か。他には出来ないと思っていたけれど。
 
「島のように闇魔法では脱出できない場所ですか? 単に遠いから戻るのが困難という意味ですか? 空間的に闇魔法では突破できない場所ですか?」

「その辺は秘密だね。アシュノール君なら僕以上に動けるだろうからさ。話すわけにはいかないな」

 やはり駄目か。まあそうだろう。

「さて、最近は無能の癖に自覚もなければ覚悟もない部下に囲まれていてね。本当に疲れるよ。つい数日前だって数だけ揃えて戦いに行って、兵を半分以下に減らして帰ってきたしね。あんなの横方向に一斉展開すれば簡単に破れるだろうに」

 確かにそうすれば俺の空間操作魔法による障壁が間に合わなくなるだろう。ただその辺は同じ魔法を持つ陛下ではないと思いつかないと思う。
 とりあえず陛下がこちらに勝つ気ではなく幸いだった。元々この戦いはそういう戦いなのだろうけれど。

「そんな訳で疲れる事が多くてね。今日は愚痴を言うついでに疲れをとりにきたのさ。バルマンのリゾートでクレモナ商会の会頭が言っていたよ。この温泉設備があれば通常の3倍で疲れがとれるとさ。此処にはあのバルマンリゾート並みかそれ以上の施設があるようだからね」

 陛下は服を脱いで清拭魔法をかけると半露天の方の浴槽に入る。

「お願いですから此処の事をそっちの部隊に教えないで下さいよ」

「それは約束しよう。僕としてもここで休めなくなるのは嫌だからね」

 おいおい。
 でもまあ陛下がそう言うのならここは大丈夫なのだろう。その辺は信用していい筈。
 それにしてもだ。

「元々はロッサーナ殿下をここに逃がす予定だったんですよね。何故それを変更したんですか」

「アシュノール君が僕と闘った後、不在になった僕の代わりに妹《ロッサーナ》を即位させて体制を変化させるという未来が一瞬視えたのでね。失敗要因は省かせてもらったんだよ。トップを挿げ替えて改革を強力に進めるだけではこの国は真には変われない。それは僕がかつて経験した事だからね」

 なるほど。それでも俺は聞いてみる。

「体制を変えて立憲君主制にするというのは駄目ですか」

「やるとすれば僕が即位した時だったね。でもあの頃はそういった知識はスティヴァレには無かった。今は無理かな。領主全般の力を削ぐ方法が無い。
 それに僕にもそうするつもりが無いしね」

 そうするつもりが無い、か。

「何故ですか」

「まあその話は今はいいじゃないか。まずこの温泉を堪能しよう」

 陛下はそう言って、首までお湯に浸かる。

「最近は疲れる事が多くて困るよ。アシュノール君もそうじゃないのかな」

「誰のせいでしょうね」

「お互い様、ってところだろう。お互い目指す場所が少し違うしさ」

 まあその通りだな。

「ところでそのアシュノール君の横にあるお盆に入っているもの、僕も同じものを貰っていいかな。ちょっと小腹が空いたんだ」

 敵の癖に図々しい奴だ。でもまあ許してやろう。俺はキッチンから自在袋、お盆、タンブラーを取り寄せる。

「出来れば僕は牛乳より酒がいいな。それもワインが」

「そこまで用意する義理は無いな。それに酒類は俺管理じゃない」

 本来はテディ管理。だが妊婦は飲むなという事でナディアさん管理に移行した。
 なお他の食糧と違いサラとなっていないのは俺が反対したからだ。以前の事故を再び繰り返すわけにはいかない。

「なら仕方ない。自分で用意するか」

 陛下は高そうなワインの瓶を取り出す。
  
「何ならこれ、アシュノール君もやるかい」

「俺はアルコールが苦手なんで」

「そうかい残念だ。スティヴァレのワインは他国と比べてもかなり美味しいと思うのだけれどね」

 何だかなと思いつつ、自在袋からあんパンとクリームパン、あとついでにハムチーズサンドも出してお盆に載せる。
 ハムチーズサンドを出したのは単に俺が食べたかったからだ。

「こっちでお盆にセットした。グラスの代わりにタンブラーで我慢してくれ」

「がぶ飲みするからタンブラーの方がいいかな。ありがとう」

 陛下は風呂に入ったまま空間操作魔法でお盆と中身を自分の横へ取り寄せる。ワインの栓を風魔法で開け、タンブラーにワインをがっぽり注いだ時だった。

 椅子湯の処の空間が揺れると同時にふっと誰か現れる。身構える隙すらなく全裸の誰かが出現して椅子湯にそのままドボンと浸かる。
 出てきてすぐ誰かはわかった。テディでもミランダでもフィオナでもナディアさんでもない。
 ジュリアだ。何故なんだ。

「珍しい客がいた。でも問題ない」

 おい待てジュリア、本当に問題ないのか。

「アシュノール君だけではなく、僕がいても問題ないのかい?」

 流石の陛下もそう聞いてしまう状態だ。しかしジュリアは平然と答える。

「ここは混浴、更に言うとイケメンは目の保養」

 おい待て! 何だよそりゃ!

「あと私もパンとワイン所望」

 お前なあ…… まあ言われたとおり、陛下に用意したものと同じセットを用意する。

「タンブラーだけこっちに転送してくれないかい」

 はいはい、仰せの通りに……
 何だかなと思いつつ言われた通り、陛下のところへタンブラーを転送する。
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