悪役令嬢は推しを愛でるのに忙しいので婚約破棄して構いません!~『推し活工房』を作って聖遺物を販売中!

水月

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18 悪役令嬢、聖域にて朗読会を聞く

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 芸術祭当日。王立学園は、百花繚乱の装いと歓声に包まれていた。  
 私たちの、推し活工房ブースは、開場と同時に、まるで蜂蜜に群がる蜂のような熱狂に飲み込まれた。

「見て! 目の前で肖像画が息づいていくわ!」

 ユーフィのライブペイントに、少女たちがうっとりと瞳を潤ませる。

「この魔法陣を刻めば、推しの輝きは永遠になるんだ」

 リオンのデモンストレーションに、魔術師志望の少年たちが身を乗り出す。
 ソフィアが企画した『今年の推し大賞』の投票箱は、もはや溢れんばかりの情熱でパンパンだ。

 私は成功を確信していた。
 身分や性別を超えて、みんなが自分の『尊い』を共有している!

 私は、ブースの奥に設けた小さな一角へ向かった。
 
 そこは、今回のイベントの密かな目玉でもある『推しへの手紙朗読会』の会場。

 柔らかな灯りに包まれた密やかな空間で、五人の生徒が円を描いて座っている。
 私は進行役として、優しく声をかけた。 

「ここは、誰にも邪魔されない心の聖域です。どうぞ、貴方の『光』について語ってください」

 最初に口を開いたのは、震える手で便箋を持つ女子生徒。

「私の推しは、ハイネ・グレイ様……。彼が見つける本の中に、私の世界がありました」

 次に続いたのは、意外にも真剣な眼差しの男子生徒だった。

「俺の推しは、レイナルド卿です。彼の背中を見て、俺は初めて、誇りを持って剣を振るいたいと思った」

 分かるわ。
 あの背中、最高に格好いいわよね。
 同意のサインとして、握手を求めたいくらいだわ!  

 誰かが想いを語るたび、部屋の中には温かな共鳴が広がる。
 宮廷魔術師、音楽家、学者。
 誰かを想い、誰かを目指すことで、彼らの瞳には新しい命の火が灯っていた。 

「推しがいるって、こんなに幸せなことなんですね」

 その言葉に、私は深く頷いた。



 琥珀色の夕闇の中、彼が私を見つめる眼差しは、鋭い監視の光を完全に捨て去っていた。

「これからは、単なる監察官ではなく、協力者として……貴女の隣で支えさせてください」

 差し出された手。
 それは、私がかつて、幾度となくスマホの画面越しに観測し、そのすべてを称賛してきた、まさにあの推しの手だった。
 数え切れないほどタップし、拡大し、網膜に焼き付けてきた、あの美しい指の節、浮き出た血管、そして剣を握る男の証である掌の硬さ。
 それが今、フル3D……つまり生身の質量を持って、私の目の前にある。

 迷わず重ねた私の手は、微かに震えていたと思う。
 けれど、触れた瞬間に伝わってきたのは、武骨な指先の硬さと、想像を絶するほどの、独占的な熱だった。

 ……ああ、だめ。
 これは、聖遺物では伝わらない熱量だわ。
 全人類、見て。
 推しと私の手が、今、物理的に重なってる。
 つまり、これが歴史の転換点。
 ユーフィ、今すぐシャッタースピード1/8000で描き留めて……!

 心の中のオタクが、幸福な悲鳴を上げながら白旗を振る。

「こちらこそ……よろしくお願いします、レイナルド卿」

 握り合ったその手の温もりは、もはや信仰の対象ではなく、共に未来を歩むための確かな『契約』のように思えた。

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