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18 悪役令嬢、聖域にて朗読会を聞く
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芸術祭当日。王立学園は、百花繚乱の装いと歓声に包まれていた。
私たちの、推し活工房ブースは、開場と同時に、まるで蜂蜜に群がる蜂のような熱狂に飲み込まれた。
「見て! 目の前で肖像画が息づいていくわ!」
ユーフィのライブペイントに、少女たちがうっとりと瞳を潤ませる。
「この魔法陣を刻めば、推しの輝きは永遠になるんだ」
リオンのデモンストレーションに、魔術師志望の少年たちが身を乗り出す。
ソフィアが企画した『今年の推し大賞』の投票箱は、もはや溢れんばかりの情熱でパンパンだ。
私は成功を確信していた。
身分や性別を超えて、みんなが自分の『尊い』を共有している!
私は、ブースの奥に設けた小さな一角へ向かった。
そこは、今回のイベントの密かな目玉でもある『推しへの手紙朗読会』の会場。
柔らかな灯りに包まれた密やかな空間で、五人の生徒が円を描いて座っている。
私は進行役として、優しく声をかけた。
「ここは、誰にも邪魔されない心の聖域です。どうぞ、貴方の『光』について語ってください」
最初に口を開いたのは、震える手で便箋を持つ女子生徒。
「私の推しは、ハイネ・グレイ様……。彼が見つける本の中に、私の世界がありました」
次に続いたのは、意外にも真剣な眼差しの男子生徒だった。
「俺の推しは、レイナルド卿です。彼の背中を見て、俺は初めて、誇りを持って剣を振るいたいと思った」
分かるわ。
あの背中、最高に格好いいわよね。
同意のサインとして、握手を求めたいくらいだわ!
誰かが想いを語るたび、部屋の中には温かな共鳴が広がる。
宮廷魔術師、音楽家、学者。
誰かを想い、誰かを目指すことで、彼らの瞳には新しい命の火が灯っていた。
「推しがいるって、こんなに幸せなことなんですね」
その言葉に、私は深く頷いた。
★
琥珀色の夕闇の中、彼が私を見つめる眼差しは、鋭い監視の光を完全に捨て去っていた。
「これからは、単なる監察官ではなく、協力者として……貴女の隣で支えさせてください」
差し出された手。
それは、私がかつて、幾度となくスマホの画面越しに観測し、そのすべてを称賛してきた、まさにあの推しの手だった。
数え切れないほどタップし、拡大し、網膜に焼き付けてきた、あの美しい指の節、浮き出た血管、そして剣を握る男の証である掌の硬さ。
それが今、フル3D……つまり生身の質量を持って、私の目の前にある。
迷わず重ねた私の手は、微かに震えていたと思う。
けれど、触れた瞬間に伝わってきたのは、武骨な指先の硬さと、想像を絶するほどの、独占的な熱だった。
……ああ、だめ。
これは、聖遺物では伝わらない熱量だわ。
全人類、見て。
推しと私の手が、今、物理的に重なってる。
つまり、これが歴史の転換点。
ユーフィ、今すぐシャッタースピード1/8000で描き留めて……!
心の中のオタクが、幸福な悲鳴を上げながら白旗を振る。
「こちらこそ……よろしくお願いします、レイナルド卿」
握り合ったその手の温もりは、もはや信仰の対象ではなく、共に未来を歩むための確かな『契約』のように思えた。
私たちの、推し活工房ブースは、開場と同時に、まるで蜂蜜に群がる蜂のような熱狂に飲み込まれた。
「見て! 目の前で肖像画が息づいていくわ!」
ユーフィのライブペイントに、少女たちがうっとりと瞳を潤ませる。
「この魔法陣を刻めば、推しの輝きは永遠になるんだ」
リオンのデモンストレーションに、魔術師志望の少年たちが身を乗り出す。
ソフィアが企画した『今年の推し大賞』の投票箱は、もはや溢れんばかりの情熱でパンパンだ。
私は成功を確信していた。
身分や性別を超えて、みんなが自分の『尊い』を共有している!
私は、ブースの奥に設けた小さな一角へ向かった。
そこは、今回のイベントの密かな目玉でもある『推しへの手紙朗読会』の会場。
柔らかな灯りに包まれた密やかな空間で、五人の生徒が円を描いて座っている。
私は進行役として、優しく声をかけた。
「ここは、誰にも邪魔されない心の聖域です。どうぞ、貴方の『光』について語ってください」
最初に口を開いたのは、震える手で便箋を持つ女子生徒。
「私の推しは、ハイネ・グレイ様……。彼が見つける本の中に、私の世界がありました」
次に続いたのは、意外にも真剣な眼差しの男子生徒だった。
「俺の推しは、レイナルド卿です。彼の背中を見て、俺は初めて、誇りを持って剣を振るいたいと思った」
分かるわ。
あの背中、最高に格好いいわよね。
同意のサインとして、握手を求めたいくらいだわ!
誰かが想いを語るたび、部屋の中には温かな共鳴が広がる。
宮廷魔術師、音楽家、学者。
誰かを想い、誰かを目指すことで、彼らの瞳には新しい命の火が灯っていた。
「推しがいるって、こんなに幸せなことなんですね」
その言葉に、私は深く頷いた。
★
琥珀色の夕闇の中、彼が私を見つめる眼差しは、鋭い監視の光を完全に捨て去っていた。
「これからは、単なる監察官ではなく、協力者として……貴女の隣で支えさせてください」
差し出された手。
それは、私がかつて、幾度となくスマホの画面越しに観測し、そのすべてを称賛してきた、まさにあの推しの手だった。
数え切れないほどタップし、拡大し、網膜に焼き付けてきた、あの美しい指の節、浮き出た血管、そして剣を握る男の証である掌の硬さ。
それが今、フル3D……つまり生身の質量を持って、私の目の前にある。
迷わず重ねた私の手は、微かに震えていたと思う。
けれど、触れた瞬間に伝わってきたのは、武骨な指先の硬さと、想像を絶するほどの、独占的な熱だった。
……ああ、だめ。
これは、聖遺物では伝わらない熱量だわ。
全人類、見て。
推しと私の手が、今、物理的に重なってる。
つまり、これが歴史の転換点。
ユーフィ、今すぐシャッタースピード1/8000で描き留めて……!
心の中のオタクが、幸福な悲鳴を上げながら白旗を振る。
「こちらこそ……よろしくお願いします、レイナルド卿」
握り合ったその手の温もりは、もはや信仰の対象ではなく、共に未来を歩むための確かな『契約』のように思えた。
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